N―十三新星アテル
「あちらにございます」
ナルダの指し示した場所を見て、灰掛は唖然とした。
城門を出たスグそこに、無造作に竜頭が捨てら……、もとい、戦利品のように並べて転がされていたのである。
ヨロイトカゲのように合金めいた鱗のある鋼鱗竜類。死して開いた口腔には肉食獣の鋭牙が突き出し、力なく垂れ下がった舌がいまだ粘膜の体を保っている。縦長スリット状の瞳孔が今にも動き出しそうで、一般市民ならば頭部のみとあっても近づく者はいないのだろう。
しかし、それにしても奇妙だ。
竜体のパーツは莫大なエネルギーを創り出す動力源である。人工では成し得ないエネルギーの超濃密高圧縮素材か、無から無限にエネルギーを放出させる人智を超越した産物か。それらは畏怖の念も込めて、宝珠と呼ばれている。
特に竜眼は使い勝手が良く、動力の方向性も把握しやすいため、低級者から特異者まで使用術者の幅が広い。
つまり非常に価値のあるもので、使うもよし、売るもよし、生薬にして煎じるもよし、討伐証明として身に着けるもよし、と八方に秀でている代物なのだ。用のない者はこの世にいないと断言できる、間違いない。
それがこの状態である。
灰掛が考えるに、この新星から出ていく輩がいないのでは?という結論に至った。緊急発令がでると、招致されども、帰還できない仕様となる。もし対処できなければ、諸悪の根源と共に大人しく封じられてろということだ。害悪がもれ出て被害が甚大となるより幾分もマシだから。
というわけで、目眩を誘う光景なのである。
隣にいる丙寅も、灰掛と同様に瞠目している。驚かないはずがない。
「この竜どもは、八ヶ月前に第一陣が討伐したものです。四区分より、幼竜二体、飛竜一体ですね」
ナルダの言葉に加え、鴉が坊に補足する。
「竜族は加齢により身体と能力を伸ばしていく生物だ。ざっくりと分けて四区分。おおよそ百歳までが幼竜。百歳を超えると成竜または飛竜と呼ばれ、八百歳を超えると長命竜だ。そして、最後が王竜。王の名を冠する由は、圏域内の他竜の能力を支配する点にある。いくら諸竜を各個撃破しようとも、王竜が死竜諸共の能力を持ち合わせているということだ。俺たちは難局に立っている、気を引き締めよう」
鴉に坊が頷いた。
それを見て、ナルダは話に一段落着いたのだろうと、報告を続ける。
「現在、前線基地として使用しているのは、アデールより東方の街コルホールです。そちらにも竜頭がありますので、後ほどご覧になってください。さて、そのコルホールから通信が届いているのですが、王竜の術式を認めようとも、王竜自体の姿を捉えた者がいないようなのです。通常、王竜ともなると全長は百メートルを優に超えていきます。現存する七王竜を参考にすると、最も小さな王竜で全長は一六五メートル。姿が見えないなどあり得ましょうか?」
困惑しているナルダに、当てずっぽうでも答えられる者はいなかった。
王竜と戦ってはいるが、本体に出くわしていないとは誰も想定していない由々しき事態だ。
「可能性としてはいくつかあるが、どれも……、どれも現実的ではないな」
可能性があるなら言ってくれと言わんばかり、四人の視線が鴉に集う。
鴉はその中でも坊に視線を送り返した。
「あくまで俺個人の考える可能性だが、三点ほど。一点目は変化。竜族は己の形姿を変えると、戻れなくなる制約に囚われるので、この線はないと判断していいだろう。二点目は消姿。変化と違い、姿を変えず、見えなくなるよう可視光を偏光する術式だ。これの難点 は術を敷いている間、無動を維持し他の術式を描けないこと。つまりこの線もなしだ。そして三点目。その実、王竜ではなく、長命竜の複合体が存在している場合。この線も薄いだろうが」
「ねえねえ、そういうのじゃなくって、小さい王竜がいる可能性はないの?」
坊の初心者丸出しの疑問に、すぐ答えたのはナルダだ。
「それはあり得ません。私たち人と違い、奴らに王の擁立などありませんから。そもそも王竜とは私たち人間が勝手につけた名称。我々の王とは異なり、王竜は長年生きた身体と蓄えた経験により、手近の竜の術式を己がモノとしただけなのです。一朝一夕の賜物ではなく、あなたの表現は冒涜に他なりません。末席の王竜の全長は一六五メートルと言いましたが、この大きさは、三十倍すれば、そのまま生きた年月となります。それでも、この王竜は他の六体に比べて、幾分も小さな方なのですよ」
王竜の姿が見えない問題は、現地に行って実際に見てみない事には議論の余地もない。
それにナルダが感情的になり始めたので、灰掛は一旦話を打ち切って、移動の手配を頼んだ。
「実は、富嶽の皆々様の為に、八頭立ての馬車を用意いたしておりまして!」
ナルダに意気込まれたことを丁重にお断りし、視界の端に既に用意されていた幌馬車を借りることにした。
「ごめんなさい。少し、時間いい?」
幌馬車に向かう一行から外れ、坊はひとり竜頭の元へ駆けた。幼竜でも坊の頭を一噛みでもぎ取れる程の大きさだ。やはり恐れもあるのか、最後の距離は及び腰で詰めていた。そして竜頭の手前で膝を折り、手を合わせている。
灰掛は丙寅を見上げて首を傾げた。丙寅も「殺しに来た側なのに」とぼやきながら肩をすくめる。
鴉が無言で坊に続き、傍らに膝を着いた。坊の様子を冷静な眼で見守るだけで、祈ってはいないようだ。
「う~ん、和人って振れ幅広いんだね」
「丸ごと同意だな」
丙寅はハハッと面白味もなく笑った。笑うしかなかった。