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絶対服従令  作者: ララ
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名もなき少年

「本当になんにも教えてねえんだな。おい鴉、お前、よくこんなんで連れて行くなんて言えたもんだ」


 丙寅の顔は引きつっている。坊は任務の内容どころか、富嶽すらまともに知らされずここにいたのだ。これでは処刑刀についても、その身に託された多くの願いをも知る由はないのだろう。


「ハハハッ。笑っちまうぜ。どうするよ灰掛、時間もねえ」


 乾いた笑いに促され、灰掛から重苦しいため息が漏れる。


「はあ、仕方ない。最低限を伝えるしかないね」


 灰掛は要点をかいつまんで語り出した。




 富嶽は対魔戦闘員の養育所なんだ。そして、ある程度育てば討伐に派遣される。二人一組、バディを最小単位として隊を組み、依頼をこなす。

 富嶽に寄こされる依頼は、全て危急難度(ききゅうなんど)が上位。今回の依頼は絶滅戦。それも、(ホシ)は純正生物最強と謳われるあの竜族だ。

 奴らが最強と言われる所以(ゆえん)は……

 ――え?なんで絶滅させるのかって?それは面白い質問だね。ククク。いやいや、ごめんね。アハハハ!きみって変わった子だねえ!




 灰掛は笑いが止まらなくなった。腹を抱え、転がりそうな勢いで笑い続けている。


「おいおい、放っておいたら人間が喰われるだろう?喰うか喰われるかなら、喰うに決まってんだろうが。しっかりしてくれよ、これが箱入りってやつか。ハハ……」


 丙寅は灰掛から坊が和人であることを聞かされていた。

 ()の民族はお人好しで、世界情勢に(うと)く、みながしあわせになれるよう願うのだという。

 彼らの言うみんな、とは人の形をとるとらないに関わらない。己らに害を被る被らないも問わない。丙寅のこれまで聞いた中で、最も寒気が走った思想だ。


 前任の処刑刀もまた、和人だった。そしてその優しさ故に自壊してしまった。産声を上げたばかりのような純真な心では、耐えきれなかったのだ。

 処刑刀とは仲間を処す刃を握る者。こちらがいくら身命を賭して外敵から守ろうとも、内側から壊れては、助けようもない。


「もう時間だが最後に一つ。なあチビ、お前、名前はなんだよ?」


 丙寅の問いに、三人は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になった。

 坊は「ええっとね」と言いづらそうに答える。


「坊だよ。よろしくね」


 予想の範囲内だ。鴉がそう呼んでいたので、丙寅はもちろん察していた。

 しかし、その呼び名は丙寅の過去の不和を刺激する。


「俺もそう呼ばれていた。同じだな」


「いやー、きみは、その、う~ん」


 灰掛も丙寅と同様に、その呼び名には思うところがあるようだ。


 鴉も和人で、和人は幼い男児を坊と呼ぶことがある。ところが、鴉は幼いから坊と呼ばれていた訳ではない。彼は坊は坊でも、木偶の坊とからかわれていたのだ。

 通常、富嶽は十四を超える子どもたちが招集を受ける。鴉はそれよりも、かなり幼いころから富嶽にいたようだ。富嶽で生まれた者ではないかとの噂もある。

 そんな鴉は、富嶽中の人間から不気味がられていた。あまりにも整い過ぎた端整な顔立ちからは、表情が完全に欠落していたのである。

 あるはずのものがないのは、なにも顔だけではなかった。昔の彼は食べるという行為ができず、咀嚼のいらない流動食を口まで運んでもらっていたのだ。寝るという行為ができず、限界が来ればその場で倒れて入眠していた。いまだに視線を合わせるにも一苦労。他人から見れば、彼は人の姿をした何かであった。


「転移番号N―十三新星アテルへのセッティングが完了いたしました。何もなければ、三十秒後に起動いたします。それまでお身体を楽にしてお待ちくださいませ」


 機械的な音声が転移起動を合図する。

 転移装置と言っても、金属塊の影はない。青い宝珠が四隅に(はま)る方形の石畳があるだけで、しかもその上に立っていれば後は勝手に事が運ぶ。


 丙寅は先行きを危うんで、空を見上げた。




〇 〇 〇 〇




 白光が石畳より噴き出し、その方形の中から(あで)やかな色彩の四人組が現れた。

 (たま)の残光が、無数の宝石をちりばめたようにキラキラと瞬いて薄れていく。流星のごとく刹那的であり、かつ立ち昇る炎がごとく鮮明に人目を引き付けた。

 最初は何度目の招致だろうかと何気なく見ていた通行人たちは、その神々しさに圧倒される。真昼よりまぶしい輝きの奥に立つ、麗しの極彩色。ただの黒一色の子どもですら、いや、その子どもに最も視線が集っている。形容する言葉の見当たらない、自然と祈りたくなるような形姿である。


 出迎えるよう待機していたナルダも、聞きしにも勝る美麗な彼らの姿に衝撃を受けていた。

 新星アテルはまだ人の入植が始まったばかり。始まりの場所こと、アデールは石材を使った正六角形の城郭都市。人の姿も、麻や亜麻生地に()せた染色を施された衣を(まと)うだけだ。セピア色の世界に、突如として現れた吉兆の虹。


 隊長格の大男は、国色大華の紅花ひらくように凛と華やかに咲き誇っている。堂々たる巨躯に、人々をひれ伏させる王たる眼差しを放つ。そのくせ、甘いマスクで女性たちを心酔させているのだから、(しゃく)(さわ)る。天は一個人に何もかもを与えすぎなのだ。

 彼らの着目すべきは、なにも絹衣や美貌だけではなかった。ナルダはその真価を表するに相応(ふさわ)しい装具にも目をやった。

 紺衣に身を包む青年は、(あら)わになる耳に黄金に輝くイヤーカフを付けている。白衣に身を包む少女は、胸元で折り込む小さな手指に黄金の輪をはめている。

 最新鋭の通信器具に異次元武器保管庫。


 一人ひとりの金の賭け方が、これまでの戦闘員とは桁違いだ。

 彼らは対魔戦闘員の中でも、ずば抜けて任務遂行率が高い。例の最高峰機関――富嶽より派遣された御一行様だ。


「ようこそ、お()でくださりました。わたくし、新星自衛自治統括省N―十三アテル圏域担当職員、ナルダと申します。早速ですが、アデール城へご案内いたします。詳しい内容は、城で城主よりご報告させていただきます」


 ナルダは深々と頭を下げた。和式の挨拶である。


「それには及ばない。現状の報告と、始末した竜を見せてくれ」


 答えたのは、黒衣の子どもから零れる男の声。なんとこの御一行、部隊長は子どもの方で、その上女神の仮面をもつそのお方は男だったのだ。

 隊長殿は返事も待たずに、歩を進める。


「は、絶滅戦は先行隊の活躍により一体を残すのみとなっております。しかし最後の竜は王竜にございますので、難儀しておりまして。あ、あの、どちらに竜頭があるかご存じなので?」


 迷いのない足取りに、ナルダはついつい不必要な声掛けをしてしまう。

 隊長殿はアデール中心部に建つ教会を横目に、城門へ直行している。それで合っているので、案内役として前に出る行為は、出過ぎた非礼と叱責を受ける恐れも出てくる。


「この街の規模だと、中に収めるには無理がある。そう思っただけだ。ナルダ、案内を頼む」


 ナルダは格下の一職員にも物腰柔らかなその応対に心底感動した。喧嘩早い兵科のヤツらに、爪の垢を煎じて飲ませて欲しい。そして、あの蛮族たちに、知性と理性の苗を植え付けて欲しい。


「承知いたしました!」


 張り切った声を上げ、ナルダは誠心誠意、彼らに尽くすことを心に決めた。


 

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