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絶対服従令  作者: ララ
1/9

富嶽

「連れてくって冗談じゃねえ!相手を考えろ!誰がどうやって守るってんだ」

「その子はまだ富嶽(ふがく)に着いたばかりじゃないか。酋長(しゅうちょう)からどうやって承認を得たと言うんだい?」


 男たちが転移装置を前にして言い争っている。


 勢いのある方は二メートルを越える大男。紅椿のごとき鮮やかな色の長髪を、鬼のように膨らませて怒鳴りつけている。名を丙寅(ひのえとら)という。


 もう一人の細身の男はあきれ顔で話していた。暮れゆく宵の空を思わせる濃紺の髪を一つに(くく)り、細長い束を腰まで垂らしている。名は灰掛(はいかけ)ニシト。


 紅と紺。色も性格も話し方も正反対の二人だ。


(ぼう)は俺が守る。問題はない」


 何の感情もなく淡々と答えた男は、まだ成長を終えていない子どもであった。丙寅の肩にも背丈が届かない。

 彼は(からす)と呼ばれている。名の通り、髪も瞳も光を通さない濡れ羽色。


(この人、こればっかだなあ)


 鴉の言った内容はあまりにも短く、あまりにも単純ではあるが、それは二人への返答だった。


 Q.誰がどう守るのか。A.俺が守る。

 Q.酋長からどうやって承認を得たのか。A.問題はない。


 という具合にだ。


(あーあ、伝わってなさげじゃん)


 大人が子どもを叱責する構図は、見ていて気分の良いものではない。例え悪因が子ども側にあったとしてもだ。


 坊は誰にも気づかれないよう、零れそうになるため息を静かに(のが)した。





 かわいそうな子。


 坊は母親から、繰り返しそう言われ続けてきた。


 男だというのに、体躯は華奢(きゃしゃ)。色素の抜けきった白髪に、青白く光る皮膚と金色の瞳。おまけに十二歳で成長が止まり、年齢と身長が噛み合っていない。島民の誰もがこの姿を見て気味悪がった。


 母親より若い人もいないような(さび)れた孤島だったので、同世代からのいじめはなかった。ただし、迫害を受けていた。二十名ほどの島民は沿岸部に集団で住み着き、漁師を生業としている。一方で坊たち親子は、山中でひっそりと暮らしていた。騒ぎを起こさず、息を潜めるように。


 そのような中、灰掛が訪ねてきたのが、ことの始まりである。


 和服を着た古風な好青年は、坊を見ても柔和な笑みを崩さなかった。

 彼は坊を見るなり、「こんにちは、ぼくは灰掛ニシトだよ」と怯えさせないよう穏やかに話しかけ、「遅くなってごめんね。迎えに来たよ」と手を差し伸べた。


 どういう意味なのかと、坊はいぶかしんだ。

 当然だ。これまでのことを考えると、いかにも不自然だ。


 しかし、母は違った。


「お願いするわ」


 そう言って、母は微笑(ほほえ)んでいた。

 それまでの日の陰るような沈んだ目が、嘘のように晴れ渡る。


 大粒のひかりを宿す黒目を見て、坊は気がついた。厄介払いにあったのだと。

 不満はなかった。分別の付く年になっていたので、仕方がないと諦めがついた。

 怒りもない。それどころか、これまで育ててくれたことに感謝している。


 最後に一言。


 そう思ったが、母はもはや坊を見ていなかった。

 坊はお別れの言葉もなく、灰掛に手を引かれていった。



 転移装置なるものを使い、たどり着いた先は、今まさに坊たちがいるこの地点であった。


 周囲は大池を囲むように趣のある遊苑が広がり、緑豊かな木々の奥には、瓦屋根の楼閣が立っている。屋根のない高舞台では、袴姿の若人たちが演舞のように美しく打ち合い、師範格の男が腕を組んで指導していた。

 正面には、立派な四脚門とそれに続く築地塀。さらに塀を取り囲み、山々が幾重(いくえ)にもぐるりと包囲している。


 心洗われる、どこか懐かしくもある、古き良き風景。


 どこを見ても、凪いだ水面のように安らぐ心地になるのだが、その中でも、坊はある一点に強く()き付けられていた。


「ご苦労。これよりは、この鴉が引き受ける」


 面前に現れた男は、坊を見下ろしていた。感情の抜け切った、笑顔の欠片もない表情である。


 それでも坊は、その人から目が離せなかった。





「ぼくも丙寅も処刑刀が死んだらどう責任取るのって聞いてるんだけどねえ。(ホシ)は大物どころか大禍だよ?もう一人守れる余裕なんてどこにあるのさ」


 聞き捨てならない言葉(キーワード)が出てきたので、坊は飛んでいた意識を集中させる。


 処刑刀とは坊のことを指しているのだろう。

 人のことを物扱いだなんて、とは思うが、この身の半生を振り返るまでもなく受け入れた。


 どこに行っても、かわいそうな子である。


「俺が守ると言っている。坊を殺させはしない」


 鴉は坊と出会って何度目だろうかという言葉を紡ぐ。


 彼は初めて会った当初から、坊を守ると言い張っていた。何度も繰り返される言葉というものは、相手ではなく己に言い聞かせているものだ。母が坊ではなく、自身を憐れと嘆いていたように。


「ねえ鴉、何で俺を連れて行きたいの?本当は死んでほしいの?」


 彼らの仲違いの原因はそこにあった。

 なぜ坊を連れ行く必要性があるのだろうか?二人はその理由と危険性を天秤にかけるべきである。


 鴉は急に話し出した坊へと振り返った。驚いたようにサッと身を(ひるがえ)すものの、その表情は無を描いている。


「お前は多くを見るべきだ。そして多くを感じ、お前自身で適切な判断を下さなければならない。死ぬな。自死を望もうとも、死ぬべきはお前ではない」


 坊は息をのんだ。その言葉にではなく、振り返った美しすぎる男の容貌にだ。


 桜の散るように儚くとも可憐な唇が話を終え、一文字を結ぶ。視線を(まじ)えると、坊はいまだに固まってしまう。まだ彼と出会って二日目なのだから許してほしい。


「なるほど。まっ、死んだら死んだで、三人責任とって自害すっか。それじゃあ、万が一のことがあれば、鴉は肉壁になれ。その間にオレと灰掛が処刑刀を助け出す。それでいいよな?」


 どこに押し問答を終わらせる要素があったのか不明だが、丙寅は坊を連れ立つことを受け入れた。


(いやいやいや、なんで新兵庇って上官が死ぬの。そもそも処刑刀ってなに?なにすればいいんだ?聞いてないけど)


「武器は持ってるの?身体能力はどこまで測った?知能指数は?実戦経験は?」


 流れが変わり、話が前へ前へと進み出す。どうやら灰掛も坊が共に行くことを了承しているようだ。


 鴉は再び二人に向かい、またしても手短に告げる。


「武器は俺と同じ刀だ。他に言うべきはない」


 つまりは知らないと。


 二人はそれではダメだと、坊に直接話しかけることにした。



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