鈴音様
俺がまだ小さかった頃、おばあちゃんのには口癖があった。
それは、
「夜遅くまで外にいると鈴の音がなって、“鈴音様に攫われるよ”」
とのことだった。
当時の俺はそれを真に受け、暗くなる前に家に帰っていた。
…が、数十年経つとそんな事も忘れ、社会人になった今は夜の10時をこえるなど日常茶飯事だった。
何故突然そんなことを思い出したかというと、
─チリーン─
夏頃、街の人は“音”で涼む人も多いため、外に風鈴を出している家が多々あった。
「そういえば、ばあちゃんあんなこと言ってたな〜」
と冒頭の言葉に繋がり、今日もいつも通りの10時過ぎに帰っている。
「っあ〜!!……しっかし、今日も疲れたな〜。
…さっき課長からお高い酒を貰いましたし、帰ったら一杯やるかぁ〜!」
背伸びをグーッとしながら、そんなことを口にする。
その時、
─シャラ〜ン……シャラ〜ン……─
っと透き通った神楽鈴のような音が微かに聞こえた。
あまりにも場違いだったその音は、俺の背筋を冷やすには十分だった。
微かにしか聞こえなかったし、真に受けている訳では無い……が、直感で“やばい”ってのを感じた。
いつもの歩幅とは変わって、大きく、速く歩く。
…が、一向に鈴の音は消えない。
それどころか、近づいているのか、さっきまでは聞こえていなかった錫杖の音も聞こえる。
─シャラ〜ン、ジャラン…シャラ〜ン、ジャラン…─
その音が聞こえる度に心臓がバクバク鳴る。
「ハァ…………ハァ…………」
どんどん息が荒くなり、心做か家がいつもより遠く感じる。
その時、思い出す。
「“鈴音様に目をつけられたら終わりだよ。
…ただ一つだけ見逃してもらえるとしたら、自分の周りに塩水を円になるように撒いて、その円の中で手を合わせて願えば、助かるかもねぇ”」
思い出した後の動きは早かった。
俺は、自分のカバンから水を探す。
「あー、くそっ!塩はあるのに水がねぇ…。あっ、課長からもらった酒、…あ〜背に腹は代えられねぇ!!」
俺は酒に塩を混ぜて円になるよう撒き、ひたすら懇願した。
─シャラ〜ン、ジャラン…シャラ〜ン、ジャラン…シャラ〜ン…ジャラン─
─シャラ〜ンジャランシャラ〜ンジャランシャラ〜ンジャラン─
─シャランジャランシャランジャランシャランジャラン─
………………………………
すると、どれだけ経っただろう。音が消えた。
「(終わった……のか………?)」
そう思い、恐る恐る目を開く。
するとそこには何事もなかったかのようないつもの……にしては静かな景色があった。
「よ、よかった……助かった!」
その後、俺はすぐに家に帰り、速攻寝た。
それはもうぐっすりと。
───
『すいませ〜ん。大丈夫ですか〜?』
「………」
俺は帰り途中、道端で手を合わせている人に気づき声をかけた。
普通ならスルーするが、道のど真ん中で邪魔だった。
『あの〜……起きてくださ〜い』
「…………」
何度話しかけても返事がない。
よく見てみるとその男の周りには、酒だか分からないが少し塩臭いものが円になって撒かれていた。
『酒に塩?…相当酔っていたのか?』
俺は取り敢えず邪魔にならぬよう、周りにあるものを道の端に片付けていた。
すると、あるものが聞こえなかった。
それは横で寝ている男の寝息だった。
普通寝ているなら寝息が聞こえるものだ。
恐る恐る呼吸を確認してみると、
『息を……してない』
すぐ救急車……っと思いスマホをとった俺は、遠いとこで微かに聞こえること音に気づいた。
シャラ〜ン……




