2 転生先が犬ってあんのかよ
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2転生先が犬ってあんのかよ
俺はひたすら穴を掘る。 短い前足と短い後ろ足を必死に動かし口から大量の汗が流れるのも構わずに。 前足の爪が剥がれて激痛が神経を痺れさせ、自分の血液で濡れた土を奥歯を噛み締め痛みに耐えて必死に穴を掘る。 前足の痛みが薄れると新しい鋼の爪が伸び、掘り進む速度は爪が剥がれる前の速さに戻った。 爪が生え替わった回数はもう忘れてしまったが、剥がれる痛みには成れていない。 涙が溢れる。 なんで俺が泣きながら痛みに耐えて穴を掘っているかと言うと、気が付いたら俺の体は知らない暗闇で小さい犬っころの体、それも俺の将来を暗闇に落としてくれたあのクソタレ犬の黒いフレンチブルドッグになっていたのだ。 そして巨大なモグラに訳分からず殴られ続けた。 俺のここでの担当は穴掘り専門らしく、穴を掘らねば化物モグラにタコ殴りにされたのだ。 こことは陽の光が入ってこない闇が支配する洞窟の中。 広さは観客席も入れたサッカー場くらいあるだろう。 天井の岩肌に空いた穴から吹き出す炎に照らされた仄暗い空間だ。 鼻息が荒くなるのも構わずに穴を掘り続ける俺の目の前に文字が浮かび『鋼の爪×4』と表示された。 それで忘れていた爪が剥がれた回数を思い出した。 犬の爪が10回剥がれて鉄の爪が生えた。 鉄の爪が15回剥がれて鋼の爪に変わった。 爪が剥がれたのは29回目なのかと思いながら穴を掘り続ける。
「キーィ!」
先輩が上から声を掛けてくる。 この音程は俺の掘っている穴が目標のサイズになった知らせだと理解し掘る前足を止めて穴から出た。 人間が一人横たわりその上に土が1mはかぶる深さ。 俺が必死に掘っていたのは墓穴だ。 埋葬される人間は穴のすぐ横に倒れている銀色の甲冑を着込んだ大男。 もう死んでいる。 俺の向かいにいた先輩が死体を蹴飛ばし穴に落とすと、後ろ足で俺が掻き出し山になった土で埋め始める。
「キーー」
これは埋め戻しの音程だと理解し先輩の横に並んで後ろ足で土を蹴る。 掘るのと比べて楽な埋め戻し作業はすぐに終わり死体の堆積分盛り上がった小山になった。 周りには小山が7個あって、それらがだんだん低くなっていく。 俺の目の前の小山も低くなり床と平らになると茶色だった土が黒い艶ありに変わって空間全体を覆う大理石と同化した。 大きく深呼吸し先輩を見上げる。 埋葬した人間と同じくらいの体格を持つモグラが俺を見下ろしている。 俺はお座りの姿勢を崩さずに声を掛ける。
「バァウ」(終わりました先輩!)
「キー」
今回も殴られなくて済みそうだ。 俺の4足の爪が鋼になってから墓穴を掘り終わるまでのスピードがモグラ先輩の許容範囲に収まったのだろう。
「キーー」
もっと早く掘って欲しいらしい声音だと感じた。 周囲を見渡し俺に背を向けると寝ぐらに向かって歩き出した。 俺もそれに続く。 モグラ先輩の気持ちを理解するのに何ヶ月?いや経過時間が分からないから何年か過ぎたのかも知れないが、穴を掘る以上に大変だった。 声を掛けられてモグラ先輩の意図と違う事をすると即殴られた。 最初はどうしても声を日本語の文法で理解しようとしていたが、先輩達はイメージで会話しているのでは無いかと感じ始めてから、次第に意思疎通が出来るようになった。 日本語でも短い単語で会話が成立する方言があるのは知っていた。
「どさ」(どちらへお出かけですか?)
「ゆさ」(お風呂に入りに行きます)
その中でも津軽弁は短くて有名なのを思い出し、先輩達の短い声音の中にイメージを聞き取れるように努力した。 元々田舎の出身だった俺は微妙なイントネーションの違いを聞き取れる能力は高かったのだろう。 それもあっただろうが、ボコられるのを回避したかった思いが俺を必死にさせた。
黒い壁の中で最も暗い場所。 よくよく観察しないと黒さの違いが分からない真っ黒な壁前に先輩が立つと、モグラ一匹入れる広さで壁が奥に吸い込まれ扉になった。 モグラ先輩が入りその後を俺が続き入る。 俺の後ろに他の先輩達が列を成していて、次々壁に出来た入口を通って狭い通路を進んだ。 しばらくして少しだけ広い空間に着く。 中央に小さな泉があり周りに犬小屋の入り口大で個室空間がある。 先輩が先に泉の前に屈んで水を飲むと全身が瞬間光に包まれた。 俺も水を飲む。 先輩と同じで体が光に包まれ暖かさを感じて体の傷と疲労も消し飛んだ。 回復の泉。 RPGゲームで都合よく配置されたそれだと思う。 そして目の前に緑の棒が現れ伸びると消えた。 まるでゲームの世界の様に。 俺は奴隷の拷問に似たモグラ先輩達の暴力による教育の中で自分の置かれた状況を少しずつ理解してきた。 誰かが作ったゲームの世界にあるダンジョンの一室。 そのシステムの中に組み込まれた清掃要員のひとつの個体。 それが俺であると。 そう思わなければならない状況を幾つも積み重ねてきたのだから。 眼前に現れるステータス表示もそれだ。
名前 ▼ジョージ・B
レベル 1
種族 ▼異界の子犬
職業 ▼墓掘人
体力 ▼10/10
魔力 ▼10/10
攻撃力 ▼10/10
防御力 ▼10/10
経験値 18892
スキル 鋼の爪lv4/20 穴掘りlv3 崩壊の爪lv1
異世界転生の話は同僚だった山田が好きだったのでライトノベルやアニメなんか結構見せられ知ってはいた。 主人公が不慮の事故で死んで神様が救済してくれるとか、勇者召喚で異世界へ呼ばれチートスキルを得て魔王討伐へ向かうとか。 それは作り話でファンタジーなはずだ。 万歩譲って俺が転生者に選ばれたとすれば階段から落ちて死んだからか? 神の予定に無い不慮の事故で死んだのか? なら次の人生は苦労を知らない勝ち組人生じゃなきゃおかしいだろ! それに項目の前に逆三角形の目が描かれたマークは呪いの意味だった。 良い呪いの意味でないのはなんとなくわかってしまった。 今まで確認した中でステータスに変化があったのは、経験値と所持スキルだけで、他の欲しい値は少しも変わらない。 バットステータス最初からついてる転生って何の罰ゲームだよ! 俺はモグラに殴られっぱなしでの強制労働だぞ。 俺をここへ送り込んだ奴、俺に恨みを持つ奴を記憶の中から何度も探してみた結果。 俺に面と向かって『呪ってやる!』と言ったのは、会長の孫娘の優美だけだ。 普通の人生を送ってきたから、俺の知らない所で恨みを買ってることはあるだろうし、筋違いの妬みに思う人もいただろう。 何はともあれ今の地獄のような生活が夢であって欲しいと何度も思って眠りについたが、目が覚める世界は暗い洞窟で丸まって寝ているフレンチブルドッグの身体だった。 今の現実を受け入れるしかないのかと思うと不細工な顔のまん丸な瞳に涙が浮かんできた。 泉に映る憎たらしい涙を流して笑う犬の顔を前足でかき消す。 歪んだ水面を見ていると意識が朦朧としてきた、短い自由行動が終了したのだろう。 機械的に自分に割り当てられている部屋へ足は向かい、中に敷かれた干し草の上に横たわる。 そして睡魔に襲われて俺は眠ってしまった。
個室の犬小屋で目が覚める。 また墓掘の仕事が始まるのだ。 泉の水を一口飲んでから狭い出口に列を作って向かうモグラ先輩たちの後に続いて穴掘り作業に向かった。 どうゆう仕組みか知らないが、通路は同じに感じるのに出る先の空間は何ヶ所かに分かれている。 今回は小学校の体育館くらいの広さで俺の記憶で中位の部屋だと感じた。 床に転がった死体は3つでそれほど大きくない体格から察するに年齢は若いパーティで全員黒く焼け焦げていた。 一つに近づきその隣に穴を掘り始める。 遺体の装備を確認しながら部屋をぐるり観察してみた。 壁に両開きの扉が二つあり部屋の中央には戸愚呂を巻いた蛇の上に人影がある。 この部屋の主人だろう。 俺が掘る墓の主人となる黒焦げ死体は金属製の防具は装備していないが右手に未だ握られている片手剣は鋼製の技物らしい。 装備者が浴びた炎攻撃でも切れ味を落とす事の無い輝きを放っている。 ダンジョンの階層が浅いのかここは床が石張りに成っていないので掘るのは楽勝だ。 ミスリルの爪になった俺はスポンジケーキを崩すようにサクサク穴を掘る中じっくり思考する。 俺れら墓掘部隊が呼び出されるのは主人の討伐が退出条件の部屋で入室者が全滅した場合に遺体や装備をダンジョンが吸収しやすい様に、そして次の入室者をリセットした部屋で迎える為なのだろうと思う。 多分ダンジョン自体の生命活動で餌で釣って他の生物を呼び込み、それらが生き絶えれば養分とし吸収して自らを存続させるのかも知れない。 食虫植物の洞窟版で餌は欲深い生物が命を賭けても手に入れたい物、食べ物、お金、宝石、レア装備品、名声。 頭に浮かんだ人間の欲、今の俺にはどうでもいい物ばかり。 今の俺の欲しいものは・・・、強制労働からの解放だろうか? それ無くして、生きる道の選択肢を自分の意志で決められないだろうと思うがモグラ先輩の暴力が怖くてその先を考えられない自分に気付く。 道半ばで倒れた青年だろう遺体を鋼の剣と一緒に穴へ落とす。 後ろ足で土を掛けながら骸になる前になんとかして墓掘人の呪縛から逃れなくてはと強く自分に念じる。 土に隠れていく遺体を見ながら込み上げてくる哀れに思う感情。 それは自分自身に向けるものだった。 身体中が熱くなる。 涙で世界が滲んで見える。 感情が抑えられなくなって口から嗚咽が漏れた。 突然全身の筋肉が膨らんだ感じがして背中に皮膚が破れたような強烈な痛みが走った。 他のモグラ先輩も作業が終わり寝床へ向かう途中、眼前の空中に現れた文字には『獲得スキル 神に抗う者lv1』と書かれてあった。