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人狼ラブコメ  作者: wani
第一夜
8/49

料理はまごころ



雨宮(あまみや)くんのお弁当って、たしかお父さんが作ってるんだよね?」


 少しずつ秋の中間試験も近付いてきた昼休み。二人で昼食をとっていると、(みどり)九曜(くよう)に質問を投げかけてきた。

 場所は図書室から少し離れて、階段を昇った先にある自販機横の長椅子。翠が前から使っていたという、人がめったに訪れない穴場だった。


「そうだけど。百合川(ゆりかわ)に言ったことあったっけ」

「う、うん。まだ告白する前だからだいぶ前に……。図書室で話してる時、学校の購買の話題になって……。昼食もそこで買ってるの? って聞いたら、「うちは父さんが弁当作るから」って」


「あー……言われてみれば、そんな話もしたような……」


 前から感じていたことだが、告白される前の翠とのやりとりは、どれもこれもほとんど記憶の遙か彼方だ。それだけ翠のことを意識していなかったのだろうし、意識するつもりもなかった。

 それが今ではこうして二人きりで、密かに昼食を共にするようになったのだから、人生というのはわからないものだ。


「やっぱりそうだったよね。じゃあ……うん。よかった、聞いてみて」

「……? なんの話?」

「あ、ううん。×なんでもない×よ。ちょっと思い出しただけ」


 何か言いたかったことがあるようだ。

 はてさて……と、一瞬首を傾げたが、すぐに思いついた。


「……もしかして、俺の弁当作ってくれるみたいな話?」

「う!? うぅー……雨宮くん、そういうのは気付いても言わないで……」


 どうやら当たっていたらしい。

 彼女が作るお弁当。恋人としては実に嬉しい申し出である。


 ……いや、本当にそうか? 他の二人に怪しまれるのでは? 昼は必ず翠と食べると決まっているわけでもないし……。

 ここはお父さんありがとうと、心の中で感謝の言葉を述べておくべきか。いや、それより悪い子に育ってごめんなさいが先か。


「それにしても、しっかりしたお父さんなんだね。毎日お弁当作ってくれるなんて。わたしは最近すっかり購買のお世話になってるよ」

「両親のイチャコラに巻き込まれてるだけで、俺らはついでという気もするんだが……。なんにしても、悪いけど弁当は足りてるかな」

「うん。わかった」


 言った後、翠は少し考えて。


「……じゃあ、お菓子だったら作ってきてもいいかな?」

「え? ああ、えーと……」


 それは大丈夫……かな?


「作ってくれるんならもらうぞ」

「本当!? ……やったぁ。よし、がんばるぞ……」


 ぐっぐと両手に力を込めて、翠は残りのパンを頬張る。


「弁当とかお菓子とか作るんだな。百合川って料理得意なのか?」

「えっ!? ……も、×もちろんそうだよ×……? なにしろわたしは、×家庭的な女の子です×から」


 苦手なのか……。

 まあ得意だったら購買のお世話にはなってないだろう。

 それでも弁当を作ってきてくれようとしたのは、甲斐甲斐しいというべきか、無謀な挑戦というべきか。

 恋に恋して恋人したいという欲求を感じる。


「まあなんにしても、お菓子作りは料理の練習にはちょうどいいと思うぞ。俺も手伝わされたことあるけど、とにかくレシピ通りに作ればそれなりに形にはなる」

「な、成る程……参考になります」

「料理得意な女子の返事じゃないんだよなぁ」


 ——というやりとりがあって。

 翌日。


「これが……」

「チョコクッキー……の、はずでした……」


 見た目はぐしゃっと、中はドロッと。生焼けにも関わらずほのかに炭の匂いが感じられ、甘みのほとんどは苦さにかき消されている。


 掛け値なしに見事な失敗作である。

 たまに漫画とかで見かけるけど、なんで失敗したものをわざわざ持ってきちゃうんだろうね。


「や、やっぱりこれは見なかったことに……! うぅ……わたしみたいなダメ人間には、やっぱりお菓子作りなんて荷が重かったんだ……。

 雨宮くん、いつでもわたしのこと×捨てていい×からね……。絶対、わたしよりもっと雨宮くんに相応しい女の子がいるから……わたしとの関係も、×思い出から消してもらって×……」


「そ、そこまで思い詰めなくてもいいぞ!? ちょっと今回は失敗しただけだろ」


「五回です……」

「え?」

「そのクッキー、五回目だったんです……昨日の夜から何度も作って、何度も失敗して、なんとか形になったのがそれだけだったんです……」


「それは……」


 さすがにちょっと、ダメかもしれんな。


「と、とはいえだ! 最初のやつよりは上手くいったわけだろ。だったらそのうち、まともに作れるようになるって! 人間は成長する生き物だから。五回も挑戦できるだけ立派だ」


「うぅ……雨宮くんは素敵だなぁ……わたしみたいな無能で、勉強も運動もダメダメで、いいところなんて何もない、ダメ人間にも優しくしてくれる……。

 そういうところが好きなのに、ううん、好きだからこそ、わたしなんかが彼女になるなんて、やっぱりおこがましかったんだ……。ごめんね、雨宮くん。きっと今まで迷惑だったよね……」


 いやいやお菓子一つで絶望しすぎだろ。

 どこまで落ちていくつもりなんだ、このテンションは。


「ああもう、泣くなって。このくらいで別れるわけないだろ」

「……そうやって雨宮くんに気を遣わせてる自分が、もっと嫌い……」


 め、面倒くさい……!

 この女、想像以上に面倒な精神をしているぞ。


 ハンカチでぎゅぎゅっと目元を拭いて、チーンと鼻をかむ。

 それから翠は深々とお辞儀をした。


「……ご心配おかけしました。もうだいじょぶ……大丈夫……です……」


 いや、どう見ても大丈夫そうには見えない。

 なんなら今にも死にそうな顔色をしているくらいだ。


「菓子作りが上手くいかないくらいで、そこまでへこむか普通?」

「お菓子作りは……いいんです。要領悪くて、手先も器用じゃないってわかってるから……。ただ、やっぱり自分は何やっても上手くいかないんだって思ったら……」


 そう話すうちに、また翠は泣き出しそうになっていった。


「雨宮くんに告白して、受け入れてもらえた時は、嬉しかった……。自分にはきっと何か自分でも気付いてない魅力があったんだって……でも、今はやっぱり……不安ばっかりで……。

 試しにオーケーしてみたけど、つまらない女だって思われてないかとか。本当は恋人のフリして、裏でみんなと笑ってるんじゃないかとか。こんなこと絶対思っちゃいけないって……わかってるのに……」


 すいません。三股の真っ最中です。

 しかも後で別れる前提でお付き合いしています。本当にすいません。


 それは本当に申し訳ない。が。


「だから落ち着けって。被害妄想が暴走してるぞ。そもそもだな。俺に裏でお前を笑い合える仲間がいるわけないだろ?」

「……それはそう」


 いやはっきり認めるなよ。ちょっと悲しいだろ。


「魅力がないなんてこともない。映画デートの時は本当にかわいかったし! 今もよく見ると、隠れてるだけで顔はかわいいし、密かに胸もかなりでかいしな!」

「………………うん」


「……この言い方だと、なんか俺、身体目的みたいじゃないか?」

「…………うん」


 やっぱりかー。……じゃないんだよ!


「でも、わたし、身体目的だとしても雨宮くんと一緒にいられるなら……」

「待て待て待て! それは危険な発想だ。立ち止まれ! ステイ! お前は少し自暴自棄になってる! 好きな男のためならどんな形でもってのは非常に良くない。

 というか、そもそもお前は俺の——」


 言いかけて、当初の。九曜が翠の告白を受けた本来の目的を、不意に思い出した。

 そして、改めて呼吸を整え、確かめる。


「——お前は俺の、どこが好きなんだ?」

「…………え……それは……」


 わからない。と答えてくれれば、いよいよ惚れ薬——恋の呪毒による悪影響だ。

 そもそも、大して深く関わったわけでもない相手に、身体目的でもいい。というくらいに惚れ込む方が不自然なのだ。

 適切な距離を取りながら、自分の恋心の違和感に気付いてもらった方がいい。


 それでも迫ってくるのなら、今度こそ翠は人狼の筆頭候補にあがることになる。


「…………それは……」

「それは……?」


 嘘をつくか? それとも混乱し始めるか?

 偽りの恋心についてどういう反応をするのか、ここでしっかりと確かめて——


「……ま、まだ内緒……」


 ええー……。


「……俺はお前がかわいいって伝えたのに、お前は内緒なの……?」

「ご、ごめんね。まだ、その、えと、早いっていうか、好き! 好きです! ×ずっと前から好き×でした! それは本当です! ……こ、これでいい……?」


 よくねえ!

 しかも、好きになったの最近じゃねえか。微妙な嘘をつくな!


 恋の呪毒にやられてるんなら、それも当然で……いや、よく考えると、ここからどうやって人狼と人間を区別すればいいんだ?

 なんにせよ、翠が自分の恋心について、疑いをもったような様子はまるで見受けられないが……。


「……きょ、今日のところはこれくらいで。もう気持ちが限界……。

 で、でもわたし、さっき言われて、改めて思い出したから! 雨宮くんのこと、好きな理由も、離れたくない理由も。だから……!」


「……だから、またお菓子作ったら、食べてみてほしい、です……」


 長い前髪の隙間から覗く、真剣な瞳。

 その瞳に気圧されて、九曜はもう、


「お、おう。わかった……」


 そう答えることしかできなかった。

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