ちゃんと知ろうとしたらそこは迷宮だった 8話
『魚自慢』での昼食は、膳が出されてからは全員が「美味しい」と言って笑顔でいた。
雑談も食に関することで、だらだらとスマートフォンを見るようなこともしていないので女将も調理をしていた主人も終始ニコニコしている。
ただし、主人の場合は『つりもぐ』話をしたかったようだが。
「ごちそうさまでした」
「お魚、美味しかったです」
明理たちの言葉に女将がデザートチケットと印刷された紙をマダラネコに渡す。
「ここじゃ甘味は扱っていないから、嬉しいお客さんへの特別チケット」
そう言って彼女はちょっと不器用なウィンクをする。
「秋葉原を楽しんでくださいね」
女将に見送られて、ツアーの一行は再び電気街へと向かう。
ただ、明理は店の人がなんとなくシンゴを気にかけているような気がした。
店の奥の壁側に座ったので、店内の様子はそれなりに分かる。
何よりも客であるはずの人たちも、たまに自分たちの方を見ていた。単にこれは、ガイドであるマダラネコの服装が気になっただけかもしれないのだが。
「では腹ごなしに次のお店へ行きがてら、ここら辺を紹介しま~す」
途中で女将さんがくれた割引チケットの店もあるという。
これにより、ようやっと明理は秋葉原の街を見ることができた。
今まではマダラネコを見失わないようにするので精一杯だったのである。
店先に並ぶ部品やら道具。
超特価と書かれていても、その商品が明理には何なのか見当がつかない。
(確かに宝探しだわ)
自分にとって未知の物体が並ぶ場所で、とても良いものを見つけ出すなどギャンブル以外の何者でも無い気がしてくる。
豆電球の工作キットと書かれた箱などを見てみると、自分でも作れるのではないかと考えてしまうのが怖い。
「たぶん買っても作らないだろうなぁ」
そんな事を考えていると、ゲンさんが「ホリーさん」と言って近づいてきた。
「マダラネコさんが移動するそうです」
言われて明理は自分が思った以上に工作キットを眺めていたのだと気がつく。
「すみません」
慌てて駆け寄るとマダラネコは「大丈夫ですよ」と笑った。
「ディープな秋葉原の世界にようこそ。モノ作りの扉を開けようとする方、いらっしゃいませ」
それは背後で何かファンファーレが鳴っていそうな明るい声だった。
明理がモノ作りに目覚めるのかどうかという頃、秋葉原駅の改札口を一人の老婦人が通った。
彼女は人の多さに驚きつつ、一人で来たことを後悔していた。
「見つけられるかしら」
今は亡き夫、井湖田寅蔵が関わったというツアー。その参加者たちが今日この秋葉原にいるという。
十年ほど前に大病するまで仕事人間だった夫。
しかし病をきっかけに仕事を調節して家にいる時間を増やしてくれた。
だが、自分が趣味やら付き合いで外出している事が多く、一緒にいる時間が思ったよりも取れないままとなってしまった。
悔やんでも悔やみきれない。そう思ったとき、ツアーの話を小耳にはさんだ。
夫が世話になった人たちを招待したらしい。
亡くなった後に開催されるツアーというのはどういうことなのか。
だから自分の知らない夫の事が聞けるのではないかと秋葉原へ向かったのである。
ちなみに家族には何も言わずに来た。自分が初めて秋葉原へ行くなど止められるのが分かっているからだ。
そんな彼女を井湖田家のお手伝いさんが追いかけてきた。