ちゃんと知ろうとしたらそこは迷宮だった 6話
二番目の店に向かう途中で、彼女は別の店が道路沿いに置いているTVを見て立ち止まった。
画面に映っているのは株価。
彼女は二月ほど前に、とあるゲームのチャットルームでの会話を思い出した。
この時チャットルームには他に誰もおらず、彼女はハンドルネーム『北前』に呼ばれた形だった。
>アナタに頼みたいことが出来た
北前の言葉に彼女はイヤな予感がした。
>今度入院する
>ここに来るのはこれが最後になる
>だからここでたくさんの話をしたチャット仲間として依頼したい
絶対にロクでも無いことだと彼女は考えた。
昔、北前の失敗を引き継いだとき、彼女は相手の正体を知った。
それは時代の寵児とか産業界の雄と新聞やら雑誌などで紹介されていた実業家、井湖田寅蔵その人だったのである。
ただし、この時の彼は自分のしでかした失敗に非常に打ちひしがれていた。
そんな状態で会ったので、彼女には(普通のオジサン)という印象だった。
>昨日、小さな友人に私の宝を託した
>彼なら先に進むことが出来るだろう
内容が深刻になり、断りにくい雰囲気。
>そこで顔合わせと場合によっては味方になって欲しい
>私の友人たちが協力してくれるというので、アナタに迷惑はかけないようにする
本当か?とツッコミを入れたかったが、相手もまた色々と考えた末の決断なのだと彼女は考える。
正直言えば、北前(井湖田)の家族が怒鳴り込んできたら面倒だなという気持ちもあるが。
彼女はキーボードを叩く。
>わかりました。あなたの計画を教えてください。
すると彼は途端に怒濤の如く発言をし始める。
顔色の分からないチャットでは、元気に喋っているようにしか見えないくらいに。
そして一ヶ月後に井湖田寅蔵が亡くなったというニュースが新聞に載った数日後、彼女の元に一通の手紙が届く。
中に入っていたのは『蜘蛛の巣将棋同好会・秋葉原ツアー』という手作りの冊子と井湖田寅蔵の肉筆の手紙。
「秋葉原、行くことになったよ」
彼女は机の上の自作パソコンやに大小様々な水晶に話しかける。
「ゲンさん、こっちですよ」
考え事をしていた彼女を呼ぶ声。
八重子がコースを外れて別の方へ行こうとしている“ゲンさん”を呼んだのである。
「あっ、ありがとうございます」
彼女は礼を言って皆の所へ向かう。
すぐ側にいた明理はというと、スマートフォンを見ながら困惑していた。
しかし、スマートフォンの画面が一瞬奇妙に歪んだのは、目の錯覚か怪電波でも飛んでいた影響だろうと自分を納得させて再びバッグに仕舞う。
先に店の自作パソコンコーナーに到着していたセリリヤとシンゴは、やはりパソコンケースで色々喋っていた。
「そういえばさぁ、さっき隣の店で『陶磁N』(とうじん)のグッズが売られていたよね」
八重子の言葉にシンゴと話をしていたはずのセリリヤの方が反応した。
「モモさん、陶磁Nをやっているの!」
すると八重子も喜びのあまりテンションが高くなる。
「最近、実業家の遺言とかいう一件で急に有名になったけど、その前からやっています」
こういうときはプレイしていないツアーメンバーがいきなり聞き役となる。
陶磁N-TOUJIN-とは、井湖田寅蔵がプレイしていたという事で最近特に有名になってプレイヤーを増やしたのだが、基本的には農耕をしたり家畜を飼育したりする農場ゲームである。
ただし、そのゲームのキャラクターの中に三頭身で表現されるゴーレムが居るのだが、それを日本各地の焼き物の産地で表現されていた。
ゆえにプレイヤーは気に入った色合いや形のゴーレムと暮らすのである。
ちなみに九谷焼系のゴーレムだと、全身に呪文が施されているかのようなきらびやかさに満ちていた。
「セリリヤさんのゴーレムはどこのですか?」
「私は笠間焼。あそこだけは三種類の中からランダムで決定されるから」
すると八重子もまた自分のは「信楽焼」だと言う。
「えっ、信楽焼だとタヌキイベントのとき大変じゃなかった?」
「少し大変でしたが、そこは“愛”でクリアしました」
他のメンバーには何がなんだが分からないが、楽しそうであることは十分わかった。
そんな女性陣の様子に、シンゴがマダラネコに「騒がせてごめんなさい」と謝る。
「セリリヤお姉ちゃん、自分の周りに同じゲームをやっている人がいないからテンションが爆上がりしています」
するとマダラネコがちょっと苦笑いをしながら、彼女たちに近づく。
「皆さん、ゲームの話はお昼の食事のときにお願いします」
ツアーの途中ということを思い出し、いったん集まっていた彼女たちは自作パソコンコーナーに散らばる。
一度目のお店のときよりも、八重子は店員に部品の説明を聞く度胸が付いたようで気になったことを質問をしてみる。
明理はというとマザーボードには三つの規格があり、『ATX』、『microATX』、『Mini-ITX』のどれを使うかで、パソコンケースの大きさにも影響が出るということを理解した。
ただ、この場合はどちらを優先するかという問いでもある。
マザーボードと他の部品を優先するのならケースはそれが入るだけの大きさを必要とするし、ケースを優先するのなら中身はそれに入りきるもので構成させないとならない。
運良くこの店には、中身が分かる自作パソコンの見本品が置かれていた。
何本ものコードが“電源”から伸びていて、これをマザーボードやHDD、他の部品に繋ぐのだと店員は説明をする。
(これって、自作パソコンの本を読めば分かるものなの?)
明理がふと電源コーナーの方を見てみると、ワット数の表示が違う箱が幾つかあった。
前の店にも同じ箱があったが、このときは価格だけ見ていた。
しかし今思うのは、自作パソコンをやっている人はワット数をどう選んでいるのかということ。
そんなことを考えていると、近くにいたシンゴのリュックサックの中身が動いたような気がした。
「えっ?」
一瞬のことなので、荷物の中身が動いたのだろうと彼女は気を取り直す。
シンゴはというとリュックサックを今度はお腹に抱えるように持つ。
「電源はですね、マザーボードなどの構成が固まってから店員さんに相談して“電源容量計算”をしてもらった方が安全ですよ」
マダラネコはにっこりと笑って明理の疑問に答えたのだった。