ちゃんと知ろうとしたらそこは迷宮だった 4話
自作PCの解説などはこちらの感覚が主体です。
メイド服のガイドは明理たちに「マダラネコとお呼びください」と自己紹介をした。
「本名はこちらです」
そう言って三人の女性に旅行会社の社員証を見せた。
「私自身は今回のテーマが自作パソコンということで委託ガイドなんです」
多少なりとも解説を必要とするときは、ちょっとでも詳しい人を派遣するという事だった。
実際、彼女もまた自作のパソコンを持っているという。
「ここではマダラネコでお願いします」
これはガイド側の個人情報を守るためと、猫耳メイドとして非日常を演じてくれというスポンサーからの依頼とのこと。
それを聞いて八重子が「祖父たちがご迷惑をおかけしました!!」と思わず頭を下げる。
「大丈夫です。今回の衣装は可愛いし、これでもノリノリなんです」
露出が高くなく、ツアーにとって意味がある。そして貸し衣装代も負担するといわれて上司が二つ返事で請け負ったという。
「内部事情については秘密にしてくださいね」
ガイドのマダラネコ嬢に拝まれて、明理たちは思わず笑ってしまった。
「では受付をしますので、ツアーチケットを見せてください」
そう言われて八重子がバッグから名刺サイズの紙をを二枚出した。
明理が覗き込ん見てみると、名刺そのもので名前も旅行会社の社長のものだった。
「やっちん、これは?」
「このガイドさんの所属する旅行会社の社長の名刺」
八重子の祖父はこの二枚を封筒に入れて送ってきたのである。
しかしガイド側は名刺を受け取ると、裏側の部分をスマートフォンでパシャリと撮影をする。二枚目も同じ様に行う。
そして二枚の名刺を二人に返した。
明理が初めて見るそれには、社長の顔写真もあったが裏には和歌が書かれていた。
「知るも知らぬも 逢坂の関?」
何ゆえ百人一首の下の句なのかと思い、友人の方の名刺を見てみると、“むべ山風を 嵐といふらむ”と、同じように下の句だった。
「やっちんは何か聞いている?」
小声で友人に尋ねると、相手は「おじいちゃんは聞いて笑っていたから、おじいちゃんの案ではないみたい」と苦笑いしている。
その流れで受付けを終了したもう一人のツアー客である女性に尋ねてみると、「これです」と言って名刺の裏を見せてもらえた。
書かれていたのは“世を宇治山と 人は言ふなり”
百人一首の選択基準が分からないと明理は首を傾げる。
「それでは皆さんも非日常を体験してもらいますので、このワッペンにハンドルネームか今回の愛称を書き込んでください」
厚紙で作られた可愛い錆猫のバッチ。着色が色鉛筆で暖かな印象だった。
「可愛い~」
そう言いながら彼女たちは白抜きされた部分に『名前』を書き込む。
明理は小学生のときのあだ名である〈ホリー〉
八重子はハンドルネームとして使っている〈モモ〉
三人目の女性は〈ゲンさん〉
力強い名だと明理が思っていると、八重子が今日のツアーガイドに質問をしていた。
「マダラネコさん、今回のツアーはこれで全員ですか?」
「いいえ、もう一人参加の予定なのですが遅いですね」
そんな話をしているとリュックサックを背負った小学校高学年くらいの男の子が近づいてきた。
「『蜘蛛ノ巣将棋同好会・秋葉原ツアー』の方たちですか!」
彼は手にツアーのしおりを持っている。
「僕はおばちゃんの付き添いです」
そういって彼が後ろをふり返ると、少し離れたところから派手な服装でサングラスをしている女性がやってくる。
「シンゴ、お姉ちゃんといいなさい」
女性は自分が注目されていることに気が付きサングラスを外すと、「お騒がせいたしました」とにこやかに謝罪した。
「私よりも甥のほうが今回のツアーを楽しみにしていまして、煩くさせないつもりですのでよろしくお願いします」
このとき、ガイドの方が急にその場から離れて、スマートフォンを取り出して電話を始める。
「あっ、社長。お客様が付き添いだというお子さんを連れてきたのですが、如何しましょうか」
彼女は相手の話をしばらく聞いた後、分かりましたといって通話を切った。
「社長から“他のお客様が了承したら参加しても良いという話を聞いている”と言われました。皆さんはどうしますか?」
どうしますかといきなり言われても、明理たちは特に気にしていない。
「いきなり行方不明とかにならなければ、私は特に気にしません」
“ゲンさん”が了承を口にしたので、明理と八重子もそれに同意。
これによって男の子の飛び入り参加が決定となった。
「ではまず、自作パソコンとはなにかという説明を簡単にします」
集合場所に使わせてもらった家電量販店にはイベント用のスペースがあり、全員そこで最初の説明を受けることとなった。
「もしかして家電量販店の協賛?」
旅行代理店側の力なのかと思わないことも無いが、それにしても優遇されている気がする。
「これは絶対にお祖父ちゃんたちだけの計画じゃないね」
孫娘もさすがに祖父たちだけ企画したツアーに、これだけの協力者が居るとは考えてはいなかった。
たとえイベントスペースの使用が可能だとしても。
しかしツアーは始まったので、大人しく椅子に座って聞くことにする。
「まずは自作パソコンについてなのですが、実際に作って使用している人たちの目的は色々です」
それだけパソコンそのものが、色々な人の趣味や実益に対応できる様になっているから。
その為、何を重要視するかは作る側にかかっているので、実は非常に説明しにくいと正直に言った。
「でも、これだけは言えます。そのパソコンを自分で作り使用している人は、確実にパソコンの不調に関してある程度自分で対応できます」
つまりメーカー側の修理を待たなくても、部品を交換すればその日にでもネットサーフィンや仕事にかかれるのである。
ただし致命的な不具合で全て取り替えるという事態も無いわけではない。
今流行りのクラウドサービスを使えば、有料ではあるが従来はパソコンに保管していたデーターは守れる。
しかしそれはメーカー製のパソコンでも同じ話だったりする。
「ちなみにメーカー製も自分で作るのもピンと来ないときは、BTOパソコンと呼ばれる受注生産型のパソコンや自作パソコン部品を扱っているショップで作られているパソコンを購入して、何かあったら自分で部品を交換したりすると言う手段もあります」
しかしそれでも基本的な知識は必要なので、このツアーで情報収集をしてください。
店員さんのアドバイスの方が的確です。
マダラネコ・ガイドの説明を、明理はしおりのメモの部分に大雑把に記入をする。
このとき飛び入り参加の小学生“シンゴ”が手を挙げる。
「マダラネコ先生、選択肢が多いときの優先順位は?」
目的が様々だと言っているのにそれでも優先順位といわれて、先生役はどう答えたものかと考えてしまう。
このとき手を挙げて口を開いたのはゲンさんだった。
「私個人の考えですが、まず考えなくてはならないのは『重さ』です」
自作パソコンは不具合が発生したら自分で再び中の様子を見て、必要ならば修理をしなくてはならない。
この時に動かせない重さでは、修理も難しいだろうというのが彼女の意見だった。