ちゃんと知ろうとしたらそこは迷宮だった 3話
ツアー当日、秋葉原駅の改札口で友人は明理を待っていた。
改札口はやや混んでいたので、二人は直ぐに駅の外へ出た。
「やっちん、待った?」
前もって相談していた待ち合わせの時間には間に合っているのだが、明理はつい尋ねてしまう。
「大丈夫、集合場所の確認をしたかったから早めに来ただけ」
そう言って、八重子はバッグから冊子を一部取り出す。
「今回のツアー、これを持っていね」
渡されたそれには『蜘蛛ノ巣将棋同好会・秋葉原ツアーのしおり』と書かれている。
ホチキスで止められたコピー本をパラパラとめくったが、中身は白紙である。
「意味があるのは表紙だから、中身はツアーのメモ書きにでも使って」
ちょっと頑張って作ってみたんだよ。と言われて、友人作のシンプルなしおりの文字を再び読む。
「ねぇ、やっちん。蜘蛛ノ巣将棋って、何?」
「やっぱり気になる?」
「気になるって言うか、知らなくても良いのなら無理には聞かないけど」
すると八重子は「隠すことじゃないし、集合場所に向かいながら説明をするね」と言って歩き始める。
ツアーの集合場所は、駅からそう遠く離れていない家電量販店の前。
道路沿いは店内用のBGMや客に説明をする店員の声などが聞こえてくる。
「実は、このゲームの発端は私なのよ」
八重子の真剣な表情に明理もつられて緊張する。
「今から二十年くらい前、父方の祖父母の家に泊まったとき、畳の部屋に広げられた布団風呂敷に蜘蛛の巣の絵をクレヨンか何かで描いちゃったらしいの」
さすがに両親は平謝りし、祖父母も驚いたが、孫娘から目を離した自分たち全員に落ち度はある。
当の孫娘はというと朝露に濡れていた蜘蛛の巣を見て、「くものす、キラキラしていたから」という理由だったらしい。
「やっちん、それ覚えている?」
友人の昔のやらかしに、明理は笑って良いのか一瞬考えてしまった。
「それが覚えていないのよ」
しかし祖父母の家に行くたびに話題になるし、証拠物件が未だに大切に保管されているので嘘ではないのという。
「実はその布団風呂敷が“蜘蛛の巣将棋”の始まりなの」
それは祖父とその友人たちのお遊びが発端だったのである。
息子夫婦と孫娘が帰ってしまい寂しくなった祖父は、後日家に三人の友人達を呼んで孫娘画伯の傑作を自慢。
友人Aが「これは見事だ」と褒める。
友人Bもまた「まるで美しい山を上から見て等高線を引いたかのようだ」
すると友人Cが「この間登った山の地形に似ている。ここを登山道入り口にして、あの山はこういう道沿いで登るんだ」と、説明をし始めたのである。
いつもは無口で人の話を聞くばかりの友人Cの説明に、三人はすっかりその絵が山岳地図に見えてしまった。
こうなると何の勢いがついたのか、祖父が将棋の駒を持ってきて「ここの険しさはどんな動きで攻略したんだ?」などと言い出して、いつの間にか彼らは友人Cに解説をしてもらいながら布団風呂敷を将棋盤のようにして山頂攻略を始めてしまったのである。
これが祖父たちの言う“蜘蛛の巣将棋”だった。
「祖父たちはなんだか楽しくなったらしくって、たまに集まっては大きな紙で色々な場所の陣取りゲームをやっているって言う話」
ちなみにルールはその時々で変わる。
それでも共通させているものもあった。
『使用する駒は最大で12個。でも任意』
『飛車は川や湖をまたげる。他の駒は橋などの水辺でない場所まで移動』
『角行は平地なら何処までもいける。だけど建物があった場合は入れない』
『玉と王は使わない』
『陣取りとして中心点に宝物を置いて先に取ったものが勝ち』
宝物は折り紙の鶴でも何でも良いということだった。
逆に高価なものだと興ざめという理屈らしい。
いつの間にか二人は集合場所である家電量販店に到着する。
するとそこには一人の若い娘が『蜘蛛ノ巣将棋同好会様・御一行』と書かれた旗を持って立っていた。
彼女はメイド服姿なのだが、錆猫柄の猫耳カチューシャと上着を着ている。
かわいらしいが何処か年齢不詳っぽい印象を受けた。
そこで二人は彼女に近づき手に持っていたしおりを見せる。
するとメイド服の彼女が「ようこそ秋葉原電気街へ」と笑顔で挨拶をした。
「蜘蛛ノ巣将棋同好会様、お待ちしておりました」
すると店内にいて商品を見ていた女性が彼女たちに近づく。
「あの、受け付けはこちらですか?」
手に持っているのは八重子の作ったツアーのしおり。今回のツアーの仲間というのは間違いない。
その女性を見て明理は母親と同じくらいかなという第一印象を持った。
隣に居る八重子にツアー客は全員知っている人たちなのかと尋ねるが、「私は知らないけどお祖父ちゃんの友人の誰かの知り合いかも」という返事。
だからツアー参加者は4人なのである。
明理の分は話に出ていた祖父の友人Aが所用で参加できないということで、参加枠を八重子の祖父に譲ったということだった。
当の本人はというと腰が痛いから代わりに行ってくれと、孫娘に丸投げ。
スポンサーが祖父たちでなかったら、八重子もさすがに参加はしなかったと言う。
「布団風呂敷の縁だから、始まりの姫が参加した方が盛り上がる」
意味不明な祖父の言い分に付き合うことになった孫娘は「とにかく心の支えとして一緒にいて!」という目で明理を見ている。
この友人の様子に、明理は自分もまた運勢が乱気流に乗ったのではないかという気がしてきた。
(帰りに宝くじでも買ってみようかな)
そんな事を考えてしまったのは、八重子には内緒である。