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せつなのこえ  作者: 亜月雪羅
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5月29日(土) 肩ぱんち あげいん




5月29日(土)




交換ノートを渡した翌日、私は登校途中に図書館に寄った。返却期限が迫っていた本が数冊あったからだ。


正面入口横に設けられている返却口へ入れ、なんとなく秘密のポスト――私は勝手にそう呼んでいた――へ向かった。


ノートが入っていることなんて全く期待していなかったが、中を覗くとノートが入っていたのでひどく驚いた。

別のノートかもしれない、と思って取り出してみたが、確かに昨日私が彼に渡したノートで間違いなかった。


ページをめくってみる。

お世辞にも上手とは言えない字であったが、しっかりと、ちゃんと、ページいっぱいに書いてくれていた。


あの後すぐに読んで、それで書いて、ここに入れてくれたんだ!


内容はお弁当のお礼とその感想についてと、私の下着を見てしまったことへの謝罪がそのほとんどだったが、最後に一文だけ、「今度は、一緒に食べたい」と書いてあった。


そこからほぼ毎日ノートは交換され、金曜日に一回彼に電話をし、土曜日である本日、隣町の比較的広い敷地の公園へ出掛けることとなった。もちろんお弁当を持って。


午前十時に図書館で待ち合わせをし、そこからバスに乗って行った。

もうすぐ梅雨入りとなりそうな時期で、ちらほら雨の日も出てきていたが、その日はそんな心配も必要ないくらいの晴天だった。


彼は前に図書館で勉強をしたときと似たような格好だった。上がTシャツ一枚だけになっていたところと、黒いキャップを被っていたところだけ前と違っていた。ちなみに彼のキャップは、くたびれてはいなかった。そんなキャップを被っているのなんて、どうせ私くらいだ。


しかし私も馬鹿で恥知らずではない。今日に限ってはしっかり考えてコーディネートした。薄手の白いブラウスにベージュのショートパンツ。靴は白と黒の二足のスニーカーしか持っていなかったので、無難に白いスニーカーにした。あとは姉から小ぶりの麦わら帽子を勝手に拝借し被ってきた。あとで何か言われたら謝ればいい。


出る前に玄関にある姿見に自分の姿を映してみたが、私的には悪くないコーディネートに思えた。というか、意外とそれなりに見える服を持っていたことに、自分のことながら驚いた。


公園前のバス停で降り、時間を確認すると、十時半を少し過ぎた頃だった。お昼ご飯にはまだ早い。とりあえず公園内を歩いてみることにした。


まず右手側にはサッカーコート二面分くらいの広い原っぱ、左手側にはアスレチックがあった。どちらも小さい子供たちが、歓声を上げながら走り回っていた。


原っぱとアスレチックの間にある小道を進むと、大きな池とその中央に噴水があるのが目に入った。噴水は定期的に水を吹き上げ、時々強く吹く風に乗って飛沫が顔にかかるのを感じた。


池の周りにはベンチが数基あり、その倍くらいの数の鳩が地面をつつきながら歩いていた。何か落ちているものでも食べているのだろうか。

私たちが近づくと、揃って少し離れたところに飛んでいった。


特に会話という会話はない。

けれど、何か話さなきゃ……とか、気まずいなぁ……という思いはなかった。

むしろ沈黙が心地良かった。


さらに道沿いに歩いていると、私たちの足下に、一個のバスケットボールが転がってきた。

彼が拾い上げると、ボールが転がってきた方向からは、高校生らしき男の人が大きく手を振りながら走ってきた。その距離が数メートルというところまで近づいたとき、彼は両手を勢い良く胸の前から突き出して放った。


チェストパス。

ボールはほぼ真っ直ぐ、高校生らしき人の胸まで飛んでいった。


しっかりボールをキャッチした男の人は、笑顔で片手を上げ「ありがとう」と言い、ドリブルしながら、今来た方へと戻っていった。


「センパイ、バスケやってたんですか?」私は聞いた。


「あ、うん。転校する前まではね」と、ちょっと寂しそうに言った。


それで私は察した。

彼の転校は親の都合だ。彼が望んでのことではない。


バスケ、やってたかったんだろうな。


ましてや彼は三年生。引退間近だったはず。


「少し見ていきません?」私は努めて明るく言った。


「え?」


「まだお昼までは時間あるし、ほら行ってみましょ」


私は彼の手を取り、強引に引っ張っていく。掴んだ彼の手からは、緊張が伝わってきた。衝動的に手を掴んでしまったのだが、だからといって今更離せない。緊張しているのは私だって同じ。顔が熱い。きっと赤くなっているはず。


私は振り返えらず、少し早足に進んでいく。そのスピードに彼も付いてきた。

おそらく三十秒にも満たなかったと思うが、私には十分にも二十分にも感じる道のりだった。


バスケットゴールが一つだけ立っている半面のコートが見えてくる。少し離れたところに緩やかなスロープと、数段の階段があるのを見つけ、「あそこに座ろう」と促した。


二人で並んで座り、バスケットコートを眺める。


高校生と思しき六人が、三人ずつに別れてゲームをしていた。六人の中には、もちろんさっき彼がボールをパスした人もいたが、一人だけ女の人も混じってプレイしていた。髪型が、私と同じショートボブだった。


「私もやってたんですよ」

ふいに私は言った。


「え?何が?」


「バスケ。中学入学してから入ったんですけど……センスなくて……すぐやめちゃいましたけどね」


彼は何も言わなかった。私から話し始めたくせに、それ以上は聞かないでという雰囲気を醸し出していたんだろう。彼はそれを汲み取ってくれた。

自分のことを話すのは、あまり得意ではないし好きではない。


しばらく二人で眺めていた。それほど上手いようには見えなかったが、みんな一様に楽しそうだった。


ほどなくしてバスケットコートには誰もいなくなった。

近くに立っていたモニュメント時計を見たら、そろそろ十二時になろうかという時刻だった。


「バスケ、今度一緒にやりましょう?」

彼の方を向いて言った。


「いいね」と、彼は微笑んだ。



それから私たちは先ほど通った噴水のあるところで戻り、空いているベンチに座ってお弁当を食べた。


おにぎり。ウインナー。卵焼き。ポテトサラダ。きんぴらごぼう。


彼はどれもこれも美味しい美味しいと食べてくれた。あまりにも言うので、私は恥ずかしくなり彼の肩をコツンとパンチした。


そんなに強くやったつもりはなかったが、彼は大袈裟に「いてっ」と言い、お弁当の中身を少しこぼした。


「ごめん」と、本当に申し訳なさそうな顔を向けてきた彼の顔を見て、私はなぜか吹き出して笑ってしまった。


彼が困ったような顔をしていたが、私の笑いは止まらなかった。


そんなことをしていたら、私たちの回りにはいつの間にか鳩がたくさん集まってきていた。さっき落としたお弁当のおかずを食べているのだ。


一匹の鳩が私の足に触れ、「きゃっ」と咄嗟に足を浮かせたら、鳩たちは一斉に驚いて数メートル飛んでいった。


しかし、すぐにまた戻ってくる。


私もお弁当の中身を地面にこぼしていた。


さすがに鳩の多さに少し怯え、私はベンチの上に体育座りをする格好になった、


彼の方を見たら、今度は彼の方が笑っていた。それを見て、つられて一緒に笑った。




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