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せつなのこえ  作者: 亜月雪羅
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5月12日(水) でこちょっぷ




5月12日(水)



彼の電話番号が記されたポスターの切れ端を、しばらく私はそのまま持っているだけだった。電話をする約束を忘れたわけではない。


ほぼ初対面に近い関係。そんな彼と、いったいどこに何をしに出掛ければ良いというのだ。そもそも、なんで?私と?


迷っているうちにゴールデンウィークに入ってしまい、時々彼のことを思い浮かべはしたが、結局いつものように本を読んで過ごしていたら、あっという間に学校が再開された。


さすがにまずいと思った。口だけの女だとは思われたくはない。


そんなことを考えていたとき、ホームルームで、中間テストの日程と出題範囲が発表された。これだと思った。


幸いゴールデンウィーク明け初日に、校内で彼に会うことはなかった。そして、その日の夜に私は親の目を盗んで、自宅の固定電話から彼に電話した。




彼に電話した翌週水曜日の午後、私は図書館の前で彼を待っていた。約束した時刻より、十分ほど早い時間だった。


彼に電話をしたとき、私は一緒にテスト勉強をしようと提案した。水曜日から授業も午前で終わるため、その日はどうかと合わせて聞いた。


さすがに、放課後制服のまま一緒に図書館に行くのは気が引けたため、一度帰って着替えてから出られる、という目論見もあった。

彼はそれで了承してくれた。


私が到着してから数分で、彼も自転車に乗ってやってきた。そういえば、住んでいる場所を聞かなかったことに今更ながらに思い至った。もしかしたらこの場所が、ものすごく遠い可能性もあったではないか。


私は徒歩。家から数分で着く、馴染みの図書館であったため、何も考えずそこにしてしまった。


駐輪場に自転車を止め、私のところに来た彼が何か言うより先に、「家の場所聞かなかった。遠かったらごめん」と私は言った。


七部袖のグレーのサーマルシャツの上に、真っ白なTシャツ。下は黒いチノパン。靴が黄色のキャンバススニーカーで、良いアクセントになっていた。けっこうおしゃれ。


ちなみに私はと言うと……お世辞にもおしゃれとは言えない。寝巻だと言われれば、それで納得してしまうだろう格好。


海外の有名なバンドのロゴがプリントされた黒いロンTに、ジーパン。日差しが強かったため、くたびれてくたくたになった白いキャップを被ってきた。恥ずかしい。


「そんなことないよ」

私の心の声に言ったわけではないのは分かっていたが、タイミング的に彼の言葉に私は少しビクッとしてしまった。それも恥ずかしい。


彼は住んでいる場所を教えてくれた。ここから自転車で十分ほどの場所。確かにそんなに遠くはない。


「待った?」


「ううん、五分くらい前に来たとこ」


「とりあえず、中入ろっか」


……なんだこの普通の会話。初めてじゃないだろうか?

保健室事件のときは会話にすらならなかった感じだったし、その次廊下で会ったときは彼の様子が少しおかしかった。


確かそのことを電話したとき聞いたんだった。そのとき彼はこう言っていた。


「いや、おれ……女の子と話すの得意じゃなくて……廊下で会ったときはちょっと緊張してた」


「保健室のときは……どうせ転校するならキャラ変えてこうかな、とか思って……そしたら失敗した」


ということだった。


彼は転校する前は、他県にも名が知られているような名門の学校に通っていて、勉強漬けの毎日を送っていた。


友達、ましてや女の子と遊んでいるような時間はなかったのだそうだ。それで女の子に免疫がない。


電話をしていたときも、その緊張は伝わってきた。実を言うと、ほとんど私が喋っていた。


今日もふつうに会話しているようではあるが、若干声が上擦っている気がする。でも、初めて会ったときよりは、全然こっちの方が良い。


ただ言わせてもらえるなら、私だってちょっと緊張している。年上の男の人と、学校以外で会うなんて初めてのことだったからだ。


私たちは並んで図書館へ入った。ロビーを通り、奥にある階段へ向かう。


この図書館は三階建ての建物で、一階が公民館と体育館、二階と三階がそれぞれ図書館という作りだった。


二階は主に児童書のフロアだったので、私たちは三階の一般図書のフロアまで階段を上った。


三階に着くと正面に受付があり、若い女性司書がカウンターの向こう側に座っていた。


私たちは、私の案内でテーブルが並んでいる奥へと進んだ。利用者はあまりいないようだった。何人か本を探していたり、椅子に座って本を読んでいたりするぐらい。


フロアの奥には、テーブルが五つ並んで置いてあり、一番窓際のテーブル席にだけ、一人小学生ぐらいの男の子が座っていた。


私と彼は、一番端のテーブル席に向かい合わせに座った。それで彼がどうする?という視線を向けてきたため、私はリュックサックから教科書とノート出して並べた。


「私は数学をやる。テスト初日だから」


「……うん。じゃあおれも適当にやろうかな」


「わかった」


彼もリュックサックから、おそらく参考書を取り出して広げ始めた。前の学校で使っていた物だろうか。使い古されている物だった。


それからしばらくお互い無言で勉強をしていた。

分からない問題にあたり、大きく息を吸い込み、吐き出すと同時にふと顔を上げると、いつの間にか周りのテーブルにもちらほら勉強しているらしき人たちが増えていた。


彼の方を見ると、目が合った。


「なんかわからないところあった?」


「え?」


「教えてあげようか?」


そうだった。彼は名門学校の生徒だったのだ。しかも私より一年先輩。彼なら簡単に解けるだろう。


「お願いしますセンパイ」と、私は少しおどけて言ってみた。


「え?」彼は、きょとんとした顔で私のことを見ていたが、数秒してから慌てたように目をそらし俯いた。照れたのかもしれない。


それを見て、私も恥ずかしくなり、照れ隠しに彼のおでに「えいっ」とチョップした。


「いてっ」と彼は言い、その後どちらからともなく微笑み合った。




そのときの彼の笑顔は今でも覚えている。本人はちゃんと笑っているつもりだったのだろうが、どこか少し引きつったような感じがあり、絶妙にブサイクだった。




その後、私は彼に勉強を見てもらい、そのおかげか、中間テストは今までで一番良い点数が取れた。






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