4月19日(月) 肩ぱんち
4月19日(月)
彼との出会いは唐突で、決して良い印象は抱かなかった。むしろ、私にとっては最悪だった。
身体測定が行われた日、私は学校を休んでしまったため、その日の放課後保健室に呼び出された。
他に誰かがいるとは聞いていなかったが、一通り計測が済み椅子に座ってボーッとしていると、私の隣に誰かが座った気配を感じた。そちらを見ると、見たことのない男子生徒だった。
私と目が合うと、開口一番彼はこう言った。
「体重いくつだった?」
はじめ彼が何を言っているのかわからなかった。それなので、私に話しかけているのではないのかもしれないと思い辺りを見回したが、他には誰もいなかった。
私の身体測定を行ってくれていた養護教諭は何か忘れ物をしたようで、ちょっと待っててねと言い残し、さっき保健室を出て行ったからだ。
「体重いくつだった?」
彼は先ほどと同じ質問をした。
さすがに私に話しかけているんだろうなということはわかったが、やっぱり何を言っているのか、質問の意味がわからなかった。初対面の、しかも女子にする質問とは思えなかったからだ。
数秒の沈黙の後、とりあえず「はあ?」と、語尾が天井を突き抜けるくらい上げて返した。ものすごい怪訝な表情もセットで。
すると彼は、「おれさ、自分の体重をさらっと言える女の人しか信用しないんだよね」と言った。
「はあ」
今度は語尾が地面に数メートル埋まるくらい下げて返した。
なに?
なんなのこいつ。
失礼なやつ。
自分の主義を勝手に持ち出して。
あー、イラつく。
私はそう思ったが、口には出さず、「44キロ」と答えた。
どうせ答えないんだろ?と挑発されているようで悔しかったからだ。
ただし、中学二年の女子平均より軽くなるように、2キロさばを読んだ。そこは見栄だ。
それに対し彼は「ふーん」と、私の体を上から下に、そして下から上に戻り、それをもう二往復した。そして、本当に44キロ?という疑いの目で見てきた。もう我慢ならなかった。
「なに?ほんとは46キロだけど?なんなのあんた?頭おかしいよ?女の子の、しかも初対面だよね?体重聞くとか普通じゃないよ?あんたもてないでしょ?何年?一年?」とまくし立てた。
全校生徒の顔を知っているわけではないが、それほど生徒数の多い学校ではない。一度も見たことのない顔であったため、今年入った新入生だと当たりを付けて言ったのだが、予想外に「三年だけど」と返ってきたことに、「はあ?!」と、その日三度目のその2文字は、前方に大砲を撃ち出す結果となった。
私は彼が学年が上だということを知り、幼い顔のくせして騙したな卑怯者!と、私が勝手に勘違いしていただけなのに、行きどころのない苛立ちを発散するため、パンチを繰り出そうとした。
右手で拳をつくり、彼の肩めがけて振り下ろそうとした瞬間に、養護教諭が戻ってきたため、私の右手はゆっくりと前髪を右側に流すことになった。
彼を見つけた養護教諭は、「もう来てたのね」と言い、「うす」と彼は返した。
何が「うす」だ、だっさ。なんにでも反抗したくなる年頃なのだ、彼に関しては。そして私のことは放置。そんなに私って存在感ない感じ?
養護教諭は保健室の奥――パーティションで仕切られただけの空間だが――に向かっていき、そこで作業を始めたようだ。何か大きな物を移動する音が聞こえはじめた。そしてパーティション越しに彼に話しかける。
「大変だったでしょ?」「三年生なのにねぇ」「まぁ親の都合じゃしょうがないわよね」なんて言葉が聞こえ、それに対し彼は「まあそうですね」「別にそんなことないですよ」などと無難な返答をしていた。
ああ彼は転校生だったんだ、と察した。だからって許されることじゃないけれど。
「準備出来たからこっちへ来て」と養護教諭の声が聞こえ、彼が私に向かって「じゃっ」と片手を上げた。その軽い感じに、先ほど行き場を無くした私の右手が、再び怒りのオーラを宿すこととなった。
方向転換しようと彼が私から半身になったところで、目の前にあった彼の右肩に思いっきりパンチを繰り出してやった。
「いてっ!」っと彼は言い、その向こう側から、怪訝な表情を浮かべた養護教諭がパーティションの隙間から顔を覗かせた。
そこでやっと私のことが視界に入ったのだろう、「ごめんなさい。あなたはもう大丈夫だから帰っていいわよ」と言われた。
私は「はい」と短く返事をして、そのまま歩き出した。彼は右肩を反対の手で押さえ、唖然とした表情で私のことを見ていたが、特に何も言わなかった。一言謝罪の言葉があっても良さそうなものだが。まぁ別に無くてもいいけれど。
背中にしばらく視線を感じていたが、結局あの養護教諭は何を忘れて取りに行っていたんだろう?なんて考えながら、私は振り返らずに真っ直ぐ保健室を後にした。
保健室から出て行った後、さっき私が「はあ?!」と大声を出したとき、そのときの彼の顔を思い浮かべた。
私の大声に耳が痛かったのだろう。顔のあらゆるパーツが、中心に集まるようなしかめっ面で、いま思い出しても笑える。絶対、忘れない。
それが、私と彼の最悪の出会い、そしてそこからの三ヶ月間の始まりだった。