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 「さすがにこれは私も気持ち悪いですわ。本当に食べ物ですの?」

 「……やり過ぎましたか。飴細工なのですが……」

 「職人の腕は認めますわ。しかし、その職人を評価したくありません」


 リシェンヌとモーリスは苦笑を浮かべ合う。

 

 今回の贈り物は飴細工だった。

 色や質感まで本物そっくりの、甲虫の形をした飴細工だ。

 今にも動き出しそうで、ロレッタと違い虫嫌いではないリシェンヌであっても口に入れたくない。

 細かな部分まで再現されており、本当に技術のある菓子職人が作った物だろうが、悪趣味すぎて評価を下げてしまうほどの出来栄えだ。

 辛うじて豪奢な菓子箱に入っているおかげでお菓子だと判断できるが、それがなければ悲鳴を上げて叩き潰しているところだろう。

 

 「あら、お姉さま?」


 二人が残念過ぎる贈り物に笑い合っていると、不意に声がかかった。

 声の方を見ると、背後にメイドと護衛を連れたロレッタが立っていた。


 「ごめんなさい。お姉さまの声が聞こえた気がして見に来たの。婚約者のモーリス様とご一緒だったのですね」


 ロレッタはリシェンヌに話しかけているにも関わらず、モーリスをまっすぐに見つめて、やけに可愛らしい笑みを浮かべた。


 婚約者同士が会っている場に他の者が訪れるのは失礼にあたる。親族であっても前触れをし、了承を得てから訪れるのがマナーだ。

 護衛やメイドですら呼ばれない限りは離れて見守っている。


 しかし、ロレッタはそれを破り、しかも悪びれた様子すらなかった。

 先ほどの言葉通りなら、偶然通りかかったということにしたいのだろう。


 しかし、今日の今の時間、リシェンヌの元にモーリスが来ていることは公爵家の全員が知っていたはずだった。

 なにより放置気味だとはいえ、ロレッタの背後に控えているメイドと護衛にとってはリシェンヌは主の一人である。動向を把握していないはずがなかった。ロレッタが近寄ろうとした時点で忠告をしたはずだ。

 わざとなのは間違いない。

 

 「これはこれは、ロレッタ嬢、ごきげんよう。しかし、名を呼ぶのはやめていただきたい。私は爵位を持っています。名を呼ぶことは婚約者のみに許されることです。どうか、バダンテール男爵と呼んでいただきたい」

 「あら、失礼しました。でも、義兄になられる方ですもの、許していただきたいわ」


 モーリスは突然の訪問に冷たく言い放ったが、それでもロレッタは笑顔で上から目線で返す。

 ロレッタは貴族のルールよりも自分のわがままが優先されると思っている。しかもモーリスは男爵、ロレッタは公爵令嬢なので優先されないといけないと考えていた。


 実際の貴族の序列としては、親がたとえ公爵であっても令嬢の内は爵位はないものと見なされる。

 彼女のように名前を呼ぶことを許せなどと言うことは、許されるはずもなかった。

 きっと親の爵位を自分も利用できるとでも思っているのだろう。男爵は公爵令嬢に従うべきだとでも思っているに違いない。

 自分以上の教育を受けているはずなのに正しい貴族のマナーを学んでいないのかと、リシェンヌは呆れた。


 「お断りです。私はリシェンヌ嬢の婚約者なので」


 モーリスの眼鏡の奥の目がさらに冷たいものとなった。

 口元に不敵な笑みを浮かべ、モーリスがさらに言葉を重ねようと口を開こうとした時。


 「ロレッタ!お前、何をしているんだ!」

 「お父様!!」


 誰かが呼びに行ったのだろう。そこで両親が慌てて近付いてきた。


 「……公爵ご夫妻。貴方たちまで先触れもなしに婚約者同士の語らいの場に押し掛けるとは」


 両親であっても何の先触れもなく近付いてくるのは、もちろん、マナー違反だ。

 マナー違反にマナー違反を重ねられ、モーリスは呆れたようにため息を漏らした。


 「バダンテール男爵。申し訳ない。ロレッタがこちらに向かったと連絡があったものでね」

 「ロレッタ。テラスにお茶の準備をしてあるわ、行きましょう」


 父親は威厳をもってモーリスに言い、母親はロレッタに猫なで声でこの場を離れることを促した。

 しかし、ロレッタは動こうとはしなかった。


 「お姉さまは良いわね。こんな素敵な婚約者が会いに来てくださって。贈り物もたくさん。私なんて婚約者にも満足にお会いできないし、贈り物だって、ほとんどしてもらえないわ!」


 ロレッタは悲し気な表情を作った後、モーリスに媚びるような仕草をしてみせた。

 リシェンヌにはそれがひどく醜く見えた。


 「可哀そうなロレッタ。でもね、第三王子も公務がお忙しいのよ。結婚すればいつでもお会いできるようになるのだから、もう少しだけ我慢してね」

 「そうだぞ。結婚まであっという間だ。それまでの辛抱だ」


 モーリスに対して悲し気な仕草を見せているのに、反応したのは両親だ。


 「でも、私、疲れましたの。モーリス様のように、素敵で気遣ってくれる婚約者が#欲しいわ__・__#!」


 この瞬間、リシェンヌにはモーリスの目が光ったように見えた。


 「……なるほど。ロレッタ嬢は私が欲しいのですか?」

 「ええ!そうです!モーリス様のような方が婚約者なら素敵だと思いますわ!!いいでしょう?」


 モーリスに対して高らかに言ってのけた後、ロレッタはリシェンヌの方に顔を向けた。

 

 「お姉さま!いいでしょう?譲ってくださらない?お姉さまは王子様と結婚すればいいのですわ!」


 欲望をむき出しにした目でリシェンヌを見つめてくる。狂気すら孕んでいる目で見られ、リシェンヌは何も言えなくなってしまった。


 「ねえ、お父様、お母様。かまわないでしょう?お姉さまの婚約者はまた元に戻るだけですわ!」


 良い訳がないでしょう……と、リシェンヌが思うものの、両親はそうは思わなかったらしい。

 軽く頷くと、ニッコリと微笑んだのだ。


 「そ、そうだな。元々は長女であるリシェンヌと第三王子が結婚し、この公爵家を継ぐ予定だったのだ。元の形に戻るだけだしな」

 「そうね、家は長子が継ぐのが一番だものね……」


 少し迷いはあるものの、それでもロレッタの言葉に同意したのだった。


 「お父様!お母様!嬉しいわ!!」


 ロレッタは歓喜に震える。この場の主人公であるとでも言うように、大げさな身振りで喜びを表現してみせる。

 その愛らしさに、両親は目を細めて表情を緩めた。


 ……ただ、リシェンヌとモーリスは、冷めきった視線を向けていた。

 目の前で繰り広げられる安っぽい芝居のような光景に呆れていた。


 周囲に漂う何とも言えぬ気持ちの悪い空気に、頭が痛くなりそうだった。


 何をバカなことを言っているのだろう?

 リシェンヌと第三王子の婚約破棄は、第三王子側の思惑もあり成立したのだ。

 それを再び婚約を破棄して結びなおすなど、できるはずがない。下手をすれば処罰の対象にすらなりかねない。

 子供でも理解できそうなことなのに、なにをこの者たちは勝手なことを言っているのだろう?

 リシェンヌは家族であるはずの者たちが、理解できない。


 しばらく無言でその光景を見つめた後、ふと、リシェンヌはモーリスを見た。

 また妹に奪われるのかと、心配げな視線を向ける。


 その視線に気づいたのか、モーリスが見つめ返す。

 そして、リシェンヌに優しい笑みを返した後で、軽くウインクをして見せた。

 その表情だけでリシェンヌは胸にわだかまっている嫌な思いが溶けて、温かくなっていくのを感じた。


 そしてモーリスは、すっと片手をあげた。

 

 「御用でしょうか?」


 離れて様子を見ていた、モーリスの護衛が駆け寄ってきた。

 

 「予定が早まった。準備はできているか?」

 「はい!いつでも実行可能です」


 一礼してから、モーリスの護衛は足早にその場を離れていった。


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