プロローグ
新連載!多分テンプレ的な話になるのだろうか?
なぜなのか。
この世に生を受けてから、オレは常にこの問を投げかけている。
酷い目に合うとかそういう訳ではない。というより、オレは結構恵まれている方だという自覚がある。
実家は裕福でなくとも貧乏ではなく、母は優しく、父は尊敬できるし、家族以外にも友達はそれなりにいる。
でもどうしても取れない疑問がある。
なぜオレは……
「お前の幼馴染なのか……」
「また言ってるよ……」
そう言ってその中性的な顔に苦笑いを浮かべる青年は恐ろしい程までにイケメンだった。
鍵谷宗介。
このイケメンの名前である。凡俗なヤツどもとは段違いなオーラを放つこの男、実はオレが物心つく前から家族ぐるみで付き合いのある幼馴染というやつなのだ。
年上受けしそうな甘いマスクと美声は目を引くし、実際女子にモテる。スポーツ万能、成績優秀、神に愛されているとも錯覚する程のスペックを持つコイツ。実家は剣術道場を開いていて、当然師範にも負けない腕前だ。なんでオレみたいなやつと交流があるのかマジで疑問である。
最近、月間で20通くらいラブレターを貰ってると聞いた時はコイツ殺してやろうかとすら思った。
「その話は前にも言ったろ?俺は周りに恵まれただけで、お前も俺に負けないくらい凄いヤツだって、何度も言ってるじゃないか」
「信じらんねぇ、本気で言ってるのか?あり得ないだろ」
「なんでお前はそこまで頑ななんだよ……」
対してオレこと万里小路白兎は、名前のセンスこそこいつに勝っていると自負しているが、基本的に凡人である。
顔普通。成績普通。スポーツはあんまり得意じゃない。幼少の頃に一度ソウスケに剣術で勝った事があると言われたが、そんな記憶に無い程子供の頃の話とかノーカンである。実際一縷の望みに掛けて剣道勝負を仕掛けた事もあったがボロ負けした。
なんかオレがソウスケの隣にいる事に耐えきれないとかいうヤツもいるらしく、影で弱みを握ってると噂された事もある。アホか、弱みを握ってまで惨めな気分を味わうとか高度なプレイ過ぎてひくわ。
「あーあ、いつか秘められし力とかが開花したりしねぇかな……」
「また言ってるよ、中二病は卒業したんじゃなかったのか?」
「言ってみただけだよ」
こうして通学路を歩いている間にもソウスケ目当ての視線とオレに向けられる疑念と嫉妬の視線が痛い。
ああ、神はどうしてこうも世界を不平等に創ったのか。
……面倒くさかったのかな、7日で創ったとか言ってたもんな。
「でも実際、秘められし力とかあるといいねぇ」
「世界は魔王軍との戦いで窮地に立たされ……」
「人々は希望の名のもと勇者を呼ぶ……」
「「現れたるは、このオレ、その名も……!」」
「とかいう?ハクは好きだね、そういうの」
「そらな、現実はコツコツとした努力の積み重ねだからな」
「夢くらいは見たいよね」
そう言って二人で笑い合う。まぁ、戯言である。そんな展開は現実ではあり得ないし、あり得てはいけない。
オレたち人間は幸せを噛み締めながら社会の歯車として人生を満喫し、ほんのちょっとだけ暇がある時に恩ある人達に報いるのが良いのだ。
そんな事を今更のように思いながら学校の門を二人で潜るのだった。
ーーその時、世界から音が消えた。
視界が巡る。世界が唸る。
3重の拘束を破り、境界を超えていく身体。
二重の安全装置を取り外して莫大に膨れ上がる魂。
それらは意識体の理解を超えて5重の結界を超えて壁を破る。
一瞬の出来事。それを持って、あらゆる障害を取り外した2つの魂の消失を、世界は黙認した。
気がついた場所は、戦場の只中。
血と肉が乱れ飛ぶ凄惨な地獄絵図。
そこに立ち尽くしていた二人の凡人は、迫る火球に気づきもせず……
「ソウスケッ!!」
「え」
しかし、予想された惨劇はいち早く気づいた凡人の手によって阻まれる。
辺りに蔓延する死臭に見慣れた匂いが混じった。
赤い。赤い、血の匂いの中に、赤い、赤い友の背中が目に映った。
「あああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」
痛い。痛いのに気絶はできない。痛いからこそ気絶はできない。全身を焼く炎はオレに地獄の中での苦痛を強制する。
わけがわからない。わかりたくもない。学校の門を潜ったら剣と魔法の乱れ飛ぶ戦場でした?ふざけんな、どんな駄作だ。
「ハクッ!?!」
オレが咄嗟に突き飛ばしたソウスケは数秒ぼうっとしていたが、頭が理解したのかこちらに駆け寄ってくる。アイツは頭が良いからか、直ぐに事態を把握したようだ。
「ハク、待ってろ、今助けて……」
「あ゛あ゛、ちくしょうが、こんなファンタジーは求めてねぇんだよ!?」
「意外と元気なのか!?」
「んなわけねぇだろ熱いわ!」
業火に焼かれていると、いつの間にか痛みは無くなり、熱さだけが身体を覆っていた。叫ぶ余力ができるが、それは意識だけで、見れば下半身が炭と化して崩れ落ちていた。オレの残った上半身はソウスケが肩を掴んでくれたお陰で倒れずに済んだが、炎は消えない。戦場は幻覚だったとかそんな事もない。
剣と矢と火と血が乱れる戦場の真ん中で二人、立ち尽くしている。周りはそんなオレたちの事を気にせず命のやり取りにご執心だ。クソくらえ。
痛みを超えて、熱さしか無くなった肉体は明瞭な意識を燃やし尽くす。それをどこか不自然な程落ち着いて見ていたオレは、ここにいたら不味いという至極当たり前の結論を当たり前に導き出した。
しかしオレは動けない。そして、オレが動けないとソウスケが動かない。
「ハクっ」
「ちくしょう、ちくしょう……なんで逃げねぇんだよ、お前!どうせもう助からねぇんだから、置いていけよ!!いいんだよ、もう痛みとかそういう次元はとっくに超えたんだから!」
「そんな事できるわけ無いだろ!!置いていくなんて、嘘でも言うなよ!!」
泣きながら、オレを抱きかかえてソウスケはどうにか炎を消そうと試みるが、オレはそれを一蹴して要約すると逃げろと言った。だがやはりソウスケは動かない。
こんなファンタジーは求めてない。そうだ、開始地点でリスキルされるファンタジーとかクソ過ぎる。ああ、もう右腕と頭しか動かない。
……オレは終わるのか?こんなところで?
人生の終わりはクソみたいなもんだとは思ってたが、想像の100兆倍はクソみたいな終わり方すぎて笑いも起きない。
そんな時
「勇者様」
「お迎えに上がりました、勇者様」
「勇者ソウスケ様」
「………ちっ、そういう」
白い羽衣を纏った無表情の5人の少女達がこちらに来てソウスケだけに手を伸ばす。それを見てオレは思わず舌打ちをした。
だが、ソウスケは助けが来たのだと思ったのか、希望を顔に浮かべて必死な声で言った。
___友達を助けてくれ、と。
「………?」
「理解不能」
「それは任務に含まれていません」
「は?」
不思議そうに助けを乞う手を振り払った少女たちは言う。それは自分の管轄外だと。
思わず漏れた声は、心底理解できないというソウスケの気持ちを表していた。実際理解できないし、したくもないはずだ。目の前に重症の人間が居て、気にもとめずにいる。
むしろ、重症だからこそ、もう助からない相手に関わる意味がないとでも思っているのかも知れない。
「もういい、行っちまえ」
「ハク?」
それを見て吐き捨てるように、突き放すようにオレは言う。
「連れてけよ、そいつが目的なんだろ、オレはおいてけ」
「元よりそのつもりです」
「只人に関わっている暇はないので」
「さぁ、勇者様」
「待てよ!!なんで、なんでそんな!!?」
ちくしょう、こいつ、説明されないとわからんのか。意識を保つのも辛くなってきたんだが。
「あー……アレだ、巻き込まれ転移ってヤツだろ、これ。それで先方はオレは求めてないと、そういうことだ」
「な、なんでそんな落ち着いてるんだよ!理不尽だと思わないのか!?」
「ははは、笑わかすな、オレが凡人で誰にも必要とされないのは今更の話だ。だから早くどっかいけ。最期くらい一人にさせろ」
「そんなのッ!」
どこか落ち着いた声でそう言う。もう腕は動かない。炎は、消えてる。魔力かなんかの不思議パワーで燃えてたからなのか知らんが、オレは今、首より下が炭になっている状態だ。なんで生きているかもわからない、死体である。
しかしソウスケも強情だ。あまり嘘は言いたくなかったんだが……。
「……知らなかったのか?巻き込まれて異世界転移したやつは勇者より強くなるのが定番なんだぞ。だから心配すんな、ここで死んでもオレはなんか不思議パワー、あるいは綺麗な女神様の意思で復活!華麗に最強への道を進むんだ」
「……そんなの、確証が無い」
「オレはそう信じてるからな、だから心配すんな」
___またな、だ。親友。
涙でぐちゃぐちゃな親友に軽口を吐くオレは傍から見ると道化もいいところである。白い少女達も呆れたようにオレを見ていた。
「………っ!」
「ヒデェ顔。ハーレム作ったオレに嫉妬すんなよ?」
「中二病は卒業したんだろ?」
「そうだったな、ガハハ!」
「茶番」
「でも納得できるならいいのでしょう」
白い少女達は心底下らなそうにこちらを見ていたが、やがてそれでソウスケが納得してこちらに着いてきてくれればいいと思ったのか、口出しはしなかった。
やがて少女の一人が手を差し伸べる。
涙を拭ったソウスケはその手をとって立ち上がった。
「では勇者様」
「……ああ、連れて行ってくれ、俺を召喚したやつの所に」
「勿論」
「それが任務ですので」
少女達に連れて行かれる親友の背中を見送る、下らない事にオレはそれを見て、今のところハーレムっぽいのはあっちの方なんだよなぁ、とか考えていた。
いやいや最期くらいカッコつけようぜ、オレ。
オレは親友の背に言葉を乗せた。それはある意味呪いの言葉のようでもあった。
___また会おうな、『ユウシャサマ』。
「……っ。ああ、またな、『親友』」
オレの唯一の親友の姿は、光に包まれて消えた。
「驚きですね。死体、であってます?」
「………………」
天使の様な翼を持つ以外は人間と変わりない女性が不思議な事に死体に問いかける。
残念ながら声帯が機能しなくなって久しいその死体は返答が返せない。
あれから戦場の気配も消え、血肉が辺りに四散するだけの場と化した所に、その死体はあった。
体は既に死んでいる。だが、意識だけが消えてくれないらしいその死体。
「肉体と魂が致命的にズレていますね。面白い現象ですが、お陰で死体なのに意識があるようで」
「………………」
「返答は結構です。それにしても魂のセーフティ、肉体のシール、意識体のロジック、全て意味を為していない……これでは悪魔の方がまともな生命体というものですね」
「………………」
「いいことを思いつきました。確か、黒龍の迷宮にゴミがあった筈です。なんだかんだしぶとく生きてましたが、最近精神的に死んだのでした」
「………………」
「特に理由は無いですけど、魔王の王位争奪戦にはイレギュラーくらい無いとカッコが付かないというものです。あなたがそうなるかは知りませんが、どのみちいくつかのプランのうちの一つでしかありませんし」
「………………」
「ではまた運があれば会いましょう………ハク、と言うらしき屍さん」