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先ずは隗より始めよ ~殭屍の交わりは一見に如かず~

作者: しいたけ

先輩は工業高校卒

挿絵(By みてみん)



 ―――彼等の在るところに屍臭有り


 

「見付かりませんねぇ……」


「ニャニャ! またしても外れかにゃ~……」



 重箱の隅を突くが如く、片っ端から事務所の書類を引っかき回す若き女性と二足歩行の猫。昼間のオフィスに似つかわしくない死体が床に多々転がっているが、彼等は意に介さず目的を続ける。


 女性は目星い書類が見付かると、するりと額に貼られた呪符を捲り上げ、指でなぞりながら両の眼でしかと文面を確認した。

 


 ―――額に貼られし呪符『火の用心』



 最早生きているとは思えない肌の色をしているが、彼女は元気に動いている。額に書かれた『火の用心』は彼女のお気に入りであり、スペアは常に欠かさない。



「嗚呼……細かい文字を見ると眼が…………」


「有ったかにゃ!?」



 同じく生きているとは思えない素肌の色をした猫が、目頭を押さえた女性から書類を引ったくる。薄気味悪い紫色の肉球で器用に書類を二、三捲ると、ポイと後ろへと投げ捨てため息をついた。



「外れにゃ……ココじゃ無かったにゃ~」



 鼻息で額に貼られた『おてもと』をピラピラと靡かせ、腰のポーチからガサゴソと褐色瓶を一つ取り出した。



爛爛(ランラン)


「はいはい……っと」



 赤いポリタンクの蓋を開け一蹴りするとポリタンクが倒れ、中から橙色のガソリンが床一面に流れていく。瞬く間にオフィスにはガソリン臭で溢れかえり、二人の屍臭を掻き消した。



「あー……臭い!」


「この匂いの良さが分からないにゃんて、爛爛もまだまだにゃ~」


「うぇ……」



 猫は褐色瓶の蓋を開け、その辺にあった乾いたタオルをデスクに置き透明な液体を振りかけた。



「……先輩それは?」


「ん? 聞くかニャ!? 聞くかニャァ!?」



 『先輩』と呼ばれた猫は嬉しそうに褐色瓶を見せつけ、御満悦な顔で説明を始めた。



「これは過酸化水素水ニャ~! これをタオルにかけて置いとけば、タオルと反応してそのうち自然発火するにゃ♪ そしたらガソリンの蒸気に引火してドカンにゃ~!」



「……そんな危ない物何処から…………」


「近くの化学工場から失敬してきたにゃ~♪」


「…………泥棒?」


「小さきを忍ばざる時、大謀もまた乱れるものにゃ。細かいことは気にしないにゃ~♪」



 褐色瓶をポーチにしまい、そそくさと退散する二人。外に停めてあった軽トラックに乗り込みアクセル全開でその場から走り去る。


 やがて起きた大爆発の轟音と弾け飛ぶ窓ガラスを見て、先輩は肉球の拍手でお祝いをした。






  ――F県 某所――


 小さな荒ら家にお湯が沸いた事を告げるヤカンの音が鳴り響く。



「にゃにゃ~、お湯が沸いたにゃ~♪」



 先輩はカップうどんにお湯を注ぎ、残ったお湯をポットへと入れる。タイマーをセットし蓋代わりのかき揚げを上に乗せ、その間におしぼりで体を丁寧に拭き始めた。



「爛爛もお手入れはマメにするにゃ。じゃないとすぐに臭くなってやな感じになるにゃ!」


「……あんまり自分の体、見たくないんですよねぇ…………」



 ハンモックで読書に勤しんでいた女性──爛爛はゆっくりと起き上がり鏡を見る。見慣れたとは言えやはり死んだ自分の肉体は気分は良い物では無い。


 鏡の前に座り両手でゆっくりと首を外す。額の『火の用心』を捲り、そしてじっくりと胴体側の断面を眺めては香水を振りかけた。


「…………」



 首を戻し今度は羽織っていたコートを脱ぐ。上着を捲ると鏡にはかつて味わった大小様々な傷痕と、胸部の銃創が映し出されていた。


 ゆっくりと傷痕を撫で、爛爛はかつての忌々しく脳から離れない記憶に顔をしかめた。


「いつも不思議にゃんだが、爛爛の首って一体どうなってるにゃ?」


「えー……別に普通ですよ? ちょっと首を外した後は力を入れてないと血が出ますけど」


 首を外し首の筋肉に力を入れる爛爛。


  ──コチョコチョ……


「!?」


 先輩がコッソリ爛爛の脇腹をくすぐった。


 プルプルと体が震え、首からはジワジワと血が流れ始める。慌てて首を戻し先輩を一発どつく爛爛。



「何するんですか!?」


「それはコッチのセリフにゃ!!」


 衝撃で飛び出た目玉を慌てて戻し、先輩は額の箸袋のシワを伸ばした。そして新聞を眺めニヤニヤと笑った。


「昨日のビル爆発が新聞に載ってるにゃ~♪」


「お巡りさーん、犯人がココに居ますよー?」


「にゃにゃ!? 爛爛も共犯者にゃ!!」


「……えっ、えぇぇ……?」


「きっと奴等も今頃大慌てにゃ♪」


「悪い顔してますねぇ……」




 その夜、二人は闇に紛れ別の事務所へと忍び込んだ。


「ないにゃ~、ないにゃ~」


「外れですかねぇ?」


 書類をひっくり返し、くまなく探すもお目当ての物は見付からず二人はまたもやため息をついた。



「何を探してる……」


「誰!?」

「見付かったにゃ!?」


 二人が振り向くと、そこには天上に頭が着きそうな程の巨大な躰の額に『本日の主役』と書かれたタスキを着けた大男が居た……。


「何だにゃ、ただのアホかにゃ……」

「プーッ! なにそれ(笑)」



  ──ブオンッ!!


「!!」

「危ないっ!」


  ──ベゴォォッ!!!!


 大男が繰り出した拳は事務所のデスクを容易く潰し、二人はこの殭屍(キョンシー)が明らかな敵意を持っていることを認識した。


「奴等の回し者かにゃ!?」

「でしょーね!」


「許さん……!!」


 大男は腕をグルグルと回し、丸太ほどもあるその腕でラリアットを繰り出す!


「ひえっ……!」

「にゃにゃあ!?」


 まるで竹をしならせたかのように風を切る音が鳴り、勢いで当たった棚が激しく崩れ、書類が散乱した。


「あ、そっちはまだ見てないのに……」

「そんな事より逃げるにゃ!」


 ポーチからまたしても怪しげな褐色瓶を取り出し、蓋を開ける先輩。爛爛は嫌な予感がして少しだけ距離を取った。


殭屍(キョンシー)同士はその独特の腐臭で相手を認識して何処までも追跡出来るにゃ! だから──」


 先輩が勢い良く褐色瓶を投げ付け、瓶は床に当たり、割れて中から透明な液体が流れ出た。


「うわ! くっさ! 先輩コレなんですか!?」


「聞くかにゃ!? 聞くかにゃ~!?」


「どうせろくなもんじゃないんでしょ?」


 鼻を摘まみ、臭いに耐える爛爛。大男は初めて嗅ぐ魚が腐ったかのような激臭に耐えかね、狼狽えている。


「トリメチルアミンにゃ! 臭いからなるべく触りたくないにゃ!」


「じゃあ何で持ってるんですか…………」


「近所の化学工場から…………」


「…………(笑)」


 大男が狼狽えている隙に、二人は逃げ出し、それに気付いた大男が追おうとするも、床に撒かれた透明な液体が躰に着くことを恐れた大男は、それ以上の追跡を諦め、逃げる様にその場から立ち去った。


「先輩……まだ臭いです」


「帰ったらお風呂にゃ……」


 軽トラックの中は腐った魚のような臭いが充満し、二人は窓を全開に開けて隠れ家へと戻った。


 そして念入りに躰を洗い、その日は魚の夢を見て眠った──



 次の日、二人は怪しげな港の倉庫へと侵入していた。


 倉庫の裏の壁に強烈な酸をかけ、脆くなったところをハンマーで破壊し中へとお邪魔したのだ。


「にゃにゃ、王水は金すら溶かすにゃ。こんなボロ倉庫、一撃にゃ~♡」


「はいはい、近所の化学工場様のですよね」


「原料はそうだけど、作ったのは自分にゃ!」


 二人は倉庫にあった古いデスクに目を付けた。

 デスクの引き出しにはカギが掛かっていたが、爛爛は構うこと無くバールでこじ開け、中身を拝借した。


「…………当たり」


「にゃ! ついに見つけたかにゃ!?」


 爛爛が手にしたファイル。それには人身売買に関わる契約書と身元一覧。それに取引先一覧が書かれていた。


「どこだ……どこだ……!」


 売られた人間の身元先をペラペラとめくっていく爛爛。そして、そこには長年探していた人物の名前が表記されていた。


「あった! 先輩! 弟の名前がありました!!」


「良かったにゃ! それで、弟さんは何処に売られたにゃ!?」


「それは──」


  ──バガァァァァン!!!!


「──!!」

「ニャァッ!?」


 突如近くの壁が弾け飛び、爛爛と先輩は吹き飛ばされ、ファイルも床へと転がり落ちた。


 弾け飛んだ壁の穴からは、丸太よりも太い腕が生えており、壁を壊してその全身が露わになると、額の『本日の主役』の埃を払い、床に落ちたファイルを拾い上げた。


「か、返して!!」


 吹き飛ばされもんどり打っていた爛爛が思わず手を伸ばす。大男がポケットからライターを取り出し、躊躇いなくファイルに火を付けると、爛爛は悲鳴に似た叫びを放ち、大男に向かって走り出した。


「──爛爛!!」


「弟を返せぇぇ!!」


 大男の蹴りが爛爛を下から掬い上げるように浮かし、そのまま天井に激突。肺の空気が全て押し出されるかのような衝撃に、爛爛の首が外れ、それらがベタベタと地面に落ちた。


「よくも爛爛を──!!」


 先輩はポーチから白い布袋を取り出した。それは口の部分が輪ゴムで縛られており、中には何やら詰まっているように、パンパンに膨れていた。


 布袋を大男に向かって投げ付けると、大男の手前で布袋は弾け、中から飛び出した白い粉が、大量に大男の全身に降り注いだ。


「同じ境遇の身として説得の余地を考えたが、我々の為に貴様はこの場で始末するにゃ!!」


 先輩はポーチから褐色瓶を取り出した。


「HCl……塩酸にゃ!」


 大男は意に介さず、先輩に向かって突進! しかし持ち前の身のこなしで素早くそれを躱すと、褐色瓶の蓋を開け、中の淡い黄色の液体を大男にかけた。


「グォォォォ!!」


 大男の体から白いモヤが発生し、大男は悶え始めた。


「さっきの粉は石灰……そして塩酸。当然中和反応が起きるにゃ!!」


 中和反応に伴う中和熱で、全身に大火傷を負った大男は、そのまま倉庫から逃げ出し、海へとダイブした。


「爛爛! 生きてるかにゃ!?」


「……もう死んでるけど、まだ生きてます……よ」


「動けるかにゃ!?」


「痛いけど動けます……。なんで痛みを消す呪詛を付加してくれなかったんですか?」


「にゃにゃ!? 無茶言うなにゃ! 教会の禁忌に触れただけでもこの有様なのに、その禁忌にケチを付けるなんてバチ当たりも甚だしいにゃ!!」


「で、その教会は禁忌とやらで殭屍を量産しておりますが……ついでに人身売買も……」


「……ぐうの音も出ないにゃ」


 二人は命辛々倉庫を脱出した。そして行方不明になっている弟が人身売買を生業とする教会に攫われ、何処かへと売られた事を知った爛爛は、弟を買った人物を探すため、先輩と今日も何処かの闇事務所をくまなく探し回るのであった──

読んで頂きましてありがとうございました!

(*´д`*)

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― 新着の感想 ―
[一言]  殺伐としているはずなのに、何故こんなにも緊張に欠けるのでしょうか……。  近所の化学工場……。泥棒猫にはご注意を!  面白かったです!ありがとうございました!
[一言] 遂に例のイラストが日の目を見ることに……!(感涙) 爛爛と先輩が可愛いです!w その内過去編も読みたいなあw
[良い点] 社会派! 死んだ人が生者を守るために 生者を探す為に活動中する なんとも切ない話ですね ふたりの掛け合いが救いです [一言] こっち方面も可ですか! まったくビックリですね
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