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男子やめました  作者: 是々非々
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お前じゃなくてなんですか

あと五週くらい読み直ししてきます。

そのあとちょっと変えるかもしれません。

 よく考えてみれば、恋人がキスをするなんて当たり前だ。私は夜ベッドの上で何度目かの思考に入る。涼しい春の夜にもかかわらず、私の悩みの熱意を示すかの如く、私の身体はぽてぽてしていた。仰向けでまくらを胸にかき抱いて、私はぼうっと仁のやつの顔を思い出した。

 この一年ですっかり見慣れ、そして慣れ親しんだやつの顔。いつも不愛想な静かな表情を浮かべつつ、学祭の後などではテンションが上がっていたのか、なんだかキザなことを言ってきた。そんなあいつの顔に自ら近付いて、その、唇を合わせるなんて!


「ぬうぅぅ……ぜったい照れる……なんだってあんな……――ハッ!」


 ――そうか、そういうことか。

 私は一つ、彼女らしい自然なキスへと近づくための策を決行することにしたのだった。


 ーーー


「――よお、仁」


「あぁ、おはよう空……空?」


 今日は朝練のあった仁に教室で合流し、すでに席に着いていた彼に向かい合うように立つ。まだ部活の朝練や寝坊で人の少ない教室は、少し私の気を大きくした。

 意識して彼に真面目な顔を向けてみせる。仁は片眉をわずかに上げて、訝しげな声を上げた。


「言いたいことがあるんだよ……その、(あのことで)」


「(どうした、そんな小声で)」


 私はやっぱり周りの耳を気にして尻すぼみに小声になると、彼に私が思いついた「自然なキス」計画の大前提を打ち明けた。


「――も、もうちょっと、普段から笑うとか照れるとかしてよ」


「は」


 耳元でこっそり言ったその言葉を、きっとみんなは聞き取れなかったに違いない。ただ目の前のこの男まで呆けたような顔になるのは納得いかなかった。


 第一、仁も仁なのだ。私は確かに彼の穏やかで岩のような落ち着いた態度は好きだし(自分で言ってて魅力的なのか疑わしくなるけれど)、仁とも少しずつ触れ合えてはきている。というか、彼の家に上がれるように頑張って距離を縮めたのだ。それでもまだまだだったらしいが。

 しかし、やっと私は昨日に気づいたのだ。そう、仁がいつも落ち着いてるおかげで私ばっかりドキドキしているということを。

たまにこっちからあ~んした時もそうだ。ニヤリと笑って私に箸を突き返してくる。二人きりの時だって、私が隣に座った仁にもたれることがあっても、仁が私の膝にダイブしてきたりなことなんてないのだ。良くて黙想である。全然良くない。結局私が照れちゃって、彼の顔なんて見れなくなるのである。きっと顔を伏せた私を見て首を傾げてるに違いない。

 この空気感は、遠足とかで自分だけ盛り上がって周りは別の物を見たがっている時のような、私だけ空気読めてないみたいな、そういう類の恥ずかしさに似ている。誰だって無理だと思う。あんな落ち着いた表情でこっちを見てくる男に対して、面と向かって唇を突き出すだなんて。


 分かってないかなあ、この様子では。私は遂に首を傾げて親指を顎につけだした彼を見て、どうして悩んでる時も涼しい顔をしているのかと唇を尖らせた。いや、まあ、こんなことにも照れてしまい、言葉足らずになった私が悪いのだけれど。


「ほ、放課後言う」


「分かった」


 私は一先ずどうやって説明するかを考えるため、時間を置くことにした。


 席に向かうと、後ろの席には楓が着いていた。


「朝からデートの約束でもしたの?」


 にんまり微笑む大人な彼女は、さっきの私の宣告に甘さが絡んでいると見たらしい。私はそんなことはないと首を横に振った。


「そんな良いものじゃないよ。不満言ってただけ」


「不満!」


 そう言うと楓は驚いたように目を丸めた。


「なにさなにさ、もしかして最近彼がつめたいとか?」


「ち、違うって」


 いたずらに目を細める彼女は、私の不満をそう重大視はしていないらしい。肘で小突かんばかりの勢いで私の方に身を乗り出した。私は大人しく席に着き、振り返って彼女と顔を突き合わせる。楓の猫目は細められ、楽しそうに揺れていた。


「……そのさ、あいつっていつも落ち着いてるじゃんか」


「そうだね。あんまり顔には出ないね」


「それが私としては……最近になって、こう、二人の時になると照れ臭いというか」


 そう言うと、楓は「へ~」と言って頬杖をついた。


「弄ばれてんの?」


「や、その……私だけ舞い上がってる見たくなって、そのね」


 私が思わずボショボショと呟いて見せれば、楓はきょとんとして小口を開けた。


「青山君の表情は分かりやすいって言ってたのに」


「いや、だって緊張してるってわかっても私のが緊張してるし!それが恥ずいんだってば」


 仁のやつは私みたいに耳まで真っ赤になどしないのだ。

 私が唇を尖らせると、楓は腕を組んで「なぁるほどねえ」と言った。


「緊張するようなこと、してたんだ?」


「なぁっ!」


 楓は更に私と距離を詰める。薄い化粧がされているのが分かるくらい顔を近づけられた私は、まさにその距離が私たちがしようとしたことを言い当てられているような気がして、思わず口を手で塞いでのけ反った。楓はにっこりと笑みを浮かべた。


「なるほどね。まだだったんだ、それ」


「………………うるさい」


 そういえば、彼女と勝山には伏せておこうと言ったのだと、私はニヤニヤする楓の顔を見ながら思い出したのだった。


 その後、楓に私の一世一代の挑戦が由佳や紬にバラされたり、皐月にニヒルな笑顔を浮かべられたり、個人メッセージで久遠さんから謎のリップクリームの紹介ページへのリンクが送られてきたりしたが、おおむねいつも通りの一日が過ぎた。

 珍しく仁が勝山や西出たちと食堂にくり出してしまったため、私は由佳たちとお昼を食べることになったのだが。勝山が私に向けて何やら親指を立ててきたあたり、男子は男子でなにか入れ知恵をしてると見て間違いないだろう。全く仁の奴め。

 勝山みたいな直感で動く奴なんかに入れ知恵された日には、仁がどうなるかなんて想像もできやしない……。私はどうか変なことになりませんようにと、ご利益はないが照井の腹に手を合わせた。

 彼のあだ名の中には「布袋」というものがあるのだ。


 布袋の守りを受けた私は放課後、少々の覚悟と共に、剣道部が着替えに使っている渡り廊下の近くにやって来た。終礼から今までは、楓が所属する軽音楽部にて彼女と一緒に、新入生のギターの上手な男の子の演奏を聞いて暇をつぶしていた。私が新入生だった時に得意なことなんて格ゲーかFPSくらいのものだったけど、すごい子もいるものである。

 ぷぅんと鼻を突く男の汗臭さと制汗剤の香りの合わさったニオイがすれば、剣道男子たちの話し声が聞こえてきた。私は迂闊にムサイ男たちが着替える姿を見ないよう、曲がり角の所で立ち止まり、仁にスマホで『きたよ』とだけメッセージを送る。しばらくすれば既読がついて、ほどなく彼が角を曲がってきた。


「すまん。待たせた」


「や、私が話あったしさ」


 二人で並んで昇降口まで来ると、遠目には違う運動部同士であろうカップルが並んで帰っていた。片方は丸刈りである。

 私はほんのりと唇を意識した。全く色ぼけた思考回路だ。


「――私がやらしいみたいじゃないか」


「何か言ったか?」


「別に」


 仁がローファーを履きながら聞いてきたので、私はつま先を鳴らしながら誤魔化した。


 さて、本題である。

 夕日がだんだん遅い時間になってきたこの頃、私は赤らんだ光を浴びる彼の顔を見上げた。いつにもまして色気がある気がする。髪が汗で濡れてるからかもしれない、疲労からかちょっとけだるそうなのも、労わればいいのか気になって目線を取られた。が、ここではもっと大事なことがあるのだ。

 住宅地の一車線の道の隅を並んで歩きつつ、私は話すことを思い返した。


「で、話なんだけど」


「おう。なんだ?」


「仁、もっと感情を表情に出して欲しいんだけど」


「…………うん?」


 思ったよりすんなり言葉が出てきたが、仁は意外そうにした。まあ、今更こんなことを言うなんて思わないだろう。なにせ仁が表情に出さないのはいつもの話なのだし。

 やや眉を上げてきょとんとしてみせた彼に、私は念押しするように言葉を続けた。


「別に、仁のことが分からないとかそんなんじゃないからな?むしろ最近は前より分かるようになった気がするし、仁も普段は分かりやすい方だとは思うんだよ」


「そ、そうか……。俺はそうは思わないけど」


「そうなんだよ、分かるんだよ。でもさ、仁って二人の時になってもいつもみたいな感じだろ?」


「……そうか?」


 仁は不服そうに目を凝らした。不服なのはこっちの方だというのに。私は「そう!」と言い返して彼の瞳を見返した。


「……きっ、キスするってなった時とか、お見舞いに来てくれた時とかも、全然照れたみたいな表情してなかったじゃんか。それでその……私だけ照れてるみたいで恥ずかしいなー……と、思ったわけなんですよね」


 言い出しておいて、途中から何言ってんだろう私は、と冷静になって来てしまい、たまらず敬語で話してしまった。しかし仁は私の聡明な推理を一笑に付した。というより、彼にしては柔らかい顔で笑った。


「俺は空といちゃつく時、照れたりなんかはもうしないぞ。空が好きだからこうする」


「え゛っ……」


 そう言って仁は私の手を握った。私の手汗は大丈夫なのだろうか……。好きだからこうする、そう前おかれて繋がれた手は、いつもより熱を帯びているように感じられた。宅地を抜ける風がやけに冷たく手を冷やす。


「ただまあ、俺が照れない範囲でしてたんだがな。空が風邪の時のあれは、流石に後で照れ臭かったし。この前のキスだって、まだ照れちゃったしな」


「そ……そうなんだ。でもさ、たまに頬赤いじゃないか。やっぱりちょっと話盛ってない?」


 私が出来心で寄りかかったりしたときなど、彼も一瞬動きを止めたりするのであるが。


「……それはだな」


「うん」


「空のせいだ」


「へ?」


 ずいっと私の目の前に彼の顔が近づいてきて、思わず歩くのを止めて後ろに一歩下がる。スクールバッグが塀に当たった。


「空は二人になって過ごすとなるといつも耳まで赤くしてるから、俺も意識してしまうんだが」


「うそだろ……」


「嘘言ってどうする」


 私は何となく耳を触ってみたが、まだ冷える指先を温めるばかりで、いつもより熱いかどうかはわからなかった。……いや、少し熱いかもしれないけれど。


「空、俺たちは恋人だから、手を繋いだり、一緒にふれあうのは当たり前だ。だから、そう緊張しなくていいぞ」


 仁はいっそう私に近づき、なんと私の腕を彼の腕に絡ませた。


「このまま帰るか」


「えっ」


 その後近所の人に遠目で見られたり、自転車で帰宅途中のこの辺りの中学校の野球部たちに「いちゃついてた」と、すれ違った後に噂されるのを耳にしたりを繰り返し、私はついに自宅まで腕を組んで帰ってしまった。こういう時に限って夏生と帰宅の時間が被る。夏生は少し驚いた様子だったが、すぐににんまりと笑顔を浮かべた。「お姉ちゃんが男の人に恋すればいいじゃん」と言い放った時のことが思い出される。


「お姉ちゃん、大胆になったね」


「……私は悪くない」


「じゃあな、空に夏生さん」


「青山さんありがとうございました~」


 体中がむずむずする感触に襲われつつも、仁を見送った私は足早に部屋に戻った。いつもは手を繋がないか、こっそりと繋ぐのに……妙に仁が積極的だった。勝山の阿呆のサムズアップが思い出される。確実にやつの仕業だ。

 そんな確信を深めつつベッドで倒れ伏す私に、ドアを開けた夏生が声をかけてきた。


「付き合いたてみたいな照れ方すんねお姉ちゃん。普段からもっと彼女らしくしないからこうなるんだよ」


「うっさい……彼女だから彼女なんだよ……」


 私はまさか私が一方的に照れていたとは思わなかっただけに、色々と計画の練り直しを決心したのだった。


 ちなみに後で布袋を調べれば、夫婦円満のご利益があるそうだ。

 ……多少、照井の評価を上げたのだった。

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[良い点] ニマニマが止まらんとです
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