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男子やめました  作者: 是々非々
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二月の勘違い

 バレンタインという日を私はここまで意識したことがあったろうか。

 いや、もちろん鼻息を荒くしたことはあったけど、こういう方向で落ち着かないのは初めてかもしれない。私は何回目か分からないため息をついた。


「殺生だ……」


 道端で紙袋を睨む私は冷たい風にきゅっと目を閉じた。私は今仁のやつのために作ったチョコを渡すべく、単身奴の家に……乗り込む手前でまごついている。なぜか。それは今まさに私の視線の先を見ればわかることだ。

 私がブロック塀の角から青山家の門前を覗けば、何人かのうら若い少女たちがやって来ているのだった。私が彼の家に向かう途中、やけに前の女の子たちと道が被るなあと呑気に考えていると、なんと彼女たちはそのまま仁の家のインターホンを押していたのだ。私は慌てて曲がり角に身を潜めた。

 よくよく見れば彼女たちは剣道部の女子部員だった。仁の部活を覗きに行った時に見たことがある面々だ。なるほど、彼女たちも仁にチョコを渡しに来たらしい。いや、おかしくないか?仁はれっきとしたお手付きなのだが。いやまあ、義理チョコとかは渡すもんか。部活とかだと、渡さないと雰囲気が悪くなるだとか、複雑な事情があるんだろう。

 不可解なことにむむむと唸って思い出した。今日は土曜日、そして昨日は学校の創立記念日で休み、明日は当然休みなのだ。

 間延びするよね、月曜に渡すのも。先生たちも難色を示すだろうし、今日渡すほか無かったみたいだ。


「……でもさぁ」


 なんかタイミングが被ったら渡しづらくなってきた。彼女たちが渡すのを待ってから改めて出直そうかな。今日はしばらく居座る予定だったし。

 そう思っていると、門が開かれ中から仁と、バッグを持った幸さんが出てきた。幸さんはどうやら出かけるらしい。そのまま軽やかな足取りでどこかに歩き去って行った。

 ――と、同時に。なんと剣道女子たちはそのまま青山家に足を踏み入れた。なおのこと私が入りづらい気がする。自分から生温かい目線に飛び込むなんて勇気はなかった。


「げえええ……どうしよ。完全にタイミング失っちゃった。どうして中に入っちゃうかなあ」


 一体何を話すというのか、私には皆目見当もつかないことだった。ちゃちゃっと渡すものを渡してしまえば終わりだというのに。

 仁は何をしているというのか。お前の彼女は道の隅っこで二月の風を必死にしのいでいるというのに!


「まあいっかぁ……ついでだし先に義理でも配っとくかなあ」


 私は仁用とは違う紙袋を持ち上げた。中には仲の良いやつに贈る義理チョコが詰まっている。まあ谷口とかそのあたりに渡す用なのだが。谷口、勝山、照井……終わった。贈る相手は谷口に預けとけば行き渡るようなメンツでしかない。私案外男友達が少ないな?これでも男子だったのだけど。私は週明けにでも十円チョコを買っていってやろうかと一瞬考え、冷たい風によってすぐさま考えるのを止めた。


 そんなことを気にしても仕方がない。さっさと配りにいかないと、私が風邪をひいてしまうし、義理チョコを渡さないといけない義務感は、本命チョコを渡すときに邪魔になる。今谷口のやつは暇だろうか?私はそれを気にして連絡を入れると、やつはすぐに既読を付けて「時間はあるが、急にどうした?」と聞いてきた。


『今日の日付を見てなおそれが言えるのか』


 谷口はチャットを開いたままのようで、すぐに既読を付けてきた。手間が無くて助かる。


『つ、つまりはチョコレート?てっきり志龍は青山といるのかと思っていた』


『なんか剣道女子たちに先を越された。家に入っていったし、しばらく取り込んでそうだから先に義理でもと思って』


『あいつ……休みまでチョコをもらえるなんて。なんてハーレム野郎なんだ』


『義理に何言ってんだよ』


『義理でもチョコはチョコだろうがよ!泣』


「……ふむ?」


 義理でもチョコはチョコ、谷口のやつも結構悲壮感のあることを言うものだけど、私は少し引っかかった。


 義理、義理チョコ……。果たして本当に義理だろうか?

 仁は変だ変だとその自分流の趣味をからかわれるやつだが、根は良いやつだ。剣道でも実績を残しているからか、密かにモテているやつでもある。モテていなければ、体育祭であんなに情熱的な告白なんて受けるもんか。

 なるほど、谷口よ。ハーレムか。ハーレム野郎か。

 私は今燃えている。急いであることを確かめないといけないのだ。


『ちょい気が変わった。また明日になるかもしれない』


『えっ、なんで急に』


『火急の用』


 私はふんと鼻を鳴らし、先ほどまでの逃げ腰とは違う堂々とした歩みで青山家の門……を少し過ぎた。ぴょんぴょこ飛び跳ねて塀の向こうの様子を窺うと、ちょうど窓からは見えない部分の塀に足をかけ、華麗に庭へと降り立った。頭の中では最近アニメ化された冒険もののライトノベル作品の主題歌が流れている。

 尻に異様な衝撃は受けたが、もはや無傷と言っていいほど私は痛みを感じなかった。


「――仁は渡さないぞ女豹どもめ!」


 私の中では、去年の夏に打ち立てた剣道部女子たちへの肉食系女子という評価が再燃していた。

 バレンタインなどという立派な名目ができる時に隙を見せれば、たちまち彼女たちは日ごろから鍛えたその牙を剥き、意中の男をモノにしてしまうだろう!私はそれを防がねばならないのだ。

 ――いや、自分でもそれはないと思うけど。仁の中で乗り換える選択肢が出てくるのも嫌である。ただでさえ疎遠な時期があったのだし、油断はしてはいけないのだ。


「……とはいっても、これからどうしようかな」


 私は窓も何もない外壁に背を預けながら、青山家の内装を思い出していた。

 このまま縁側の方に行っても良いが、あそこは横開きの戸を引けばすぐにばれてしまう。絶妙に私が中の様子を覗き込める小窓が理想的だ。


「ともすれば、ダイニングか……」


 台所も併置されているダイニングの所まで行けば、排気口から盗み聞きもできるかもしれない。私はそそくさと縁側の反対側へと移動した。

 箒や使い古されたトングや一斗缶など、なぜこんなものがあるのかといった障害物を乗り越えて目的地にたどり着くと、どうやら狙いは当たったらしく、聞き取りづらいものの話し声が聞こえてきた。

 私は窓から頭が飛び出ないように注意しつつ、話し声に耳を澄ませた。


「――から、わ――は」


「――いや――だが」


「んん?」


 どうにも言い合っているような雰囲気だ。およそバレンタインチョコを渡すような雰囲気ではない。

 不審に思い、私は一層耳を澄ませて集中した。


「――青山は結局どっちがいいのよ!」


「選べないな……本当にどっちかしかダメなのか?」


「ダメだって言ったじゃないの。いくら青山でも限界はあるんだから。体何個あっても足りないよ」


「そうそう。ご利用は計画的にってね」


 三人の女の子と、仁のそんな会話が聞こえてきた。私は内容を繰り返す。


「……選べない、どっちも、体が何個あっても……」


 つまり仁は今なにかを選り取り見取りで、しかも女の子たちは選べって言って、ゴリヨウハケイカクテキニ……。


「――アウトォーーーっ!!!」


「わああっ!?え、なに!?」


 私は気づけば叫びだし、窓におでこをくっつけて中にいる女豹ににらみを利かせた。先ほどまで昼ドラのような択一を仁に迫っていた女たちは、私の登場に心底驚いたようだ。目を丸くしてこちらを見ている。


「仁!見損なったぞ!なんだ、お前はモテるからって選り取り見取りか!私というものがありながら!」


 つま先立ちになりながら仁に目を向けると、彼は珍しくきょとんとした顔を浮かべてこちらを見ていた。


「……空か。いつ来たんだ?」


「しらばっくれるな!何人も女の子侍らせといて!」


 素っ頓狂な返しをする仁に、私は頭に血が上るのを感じた。髪が逆立つような気さえしてきて、私は一層視線を強くした。


 しばらく睨みあっていると、三人の女豹のうちの一人が「あぁ!」と合点がいったとばかりに手を打って、仁に「彼女さん?多分私たちがいる理由勘違いしてるわよ」と言った。


「なるほど、まあ、普段来ないからな」


 そう言って仁が私に突き付けたのは、開催期間の一部が被っている二つの剣道の大会のポスターだった。


 ーーー


「……どうか、私のことを埋めてくれませんか……」


 確かめてはいないものの、確実に向けられている可哀そうな子を見る視線から目を逸らしながら、私は今正座をしている。

 目に飛び込んでくるのは畳の目だ。一つ一つ数えながら、じんわりとリビングに広がる生温かい空気に頬が火照る思いをさせられている。


 くすくすと笑いながら、三人の剣道女子のうちの一人が口を開いた。


「志龍さん、ごめんね?私たちも紛らわしい日に紛らわしいことしちゃって」


「良いんです……私がバカだったんです」


「あぁあぁ、だいぶダメージが。まあ、私でもこうなるけどさ」


 唯一二年生だという先輩も苦笑いだった。私のことは去年の大会で知っていたらしく、フランクに私のフォローをしてくれた。

 冷静になった今なら分かる。ドン引きだろう。なんで泥棒まがいの侵入をした挙句、勘違いだったと知られなくてはならないんだ。

 私は昨日の深夜までファンタジージャンルのネット小説を読み込んでいた自分を恥じた。残念ながら、私は転生してはいない。勢いで動くと恥ずかしい思いに遭うのだ。


「まあ、青山の出る大会も決まったし帰ろっか。彼女さんにも迷惑だろうし」


 二年の先輩の一声で剣道女子たちは帰って行った。先輩の名は白鳥というらしい。安心半分、申し訳なさ半分で仁と三人を見送った。


「……まあ、なんだ。悪かったな、紛らわしくて」


「――いや、いいよ。私が早とちりなだけだったし……。いやほんとに……」


 玄関からリビングに戻った私たちは、それぞれこたつに足を突っ込みながら言葉を交わした。

 この上なくもごもごとした口調だった。主に私がだが。


「そうだ、忘れないうちにこれ渡しとくね」


「ん?それは」


「チョコに決まってるでしょ」


 気合を入れた一品だ。仁は中身を見てフッと微笑んで、「ありがとう」と言ってきた。


「そりゃ、当たり前だし……。どういたしまして」


 思ったより普通に、自然に渡せたが……。

 思っていたよりずっと頬が熱いものだった。おかしいなあ、ついでに日頃の感謝なども伝えておきたかったのに、なんだかこれ以上言葉はいらないような雰囲気になってきた。

 ならもういいのかもしれない。今日言えなかった分、日頃から言えばよいのだ。


 ――私にはそれ以上に、急いで伝えないといけないことがあるのである。


「――ところでさぁ……仁」


「ん?どうしたんだ?」


「…………あのさ」


「うん」


 恥ずかしいが、言うしかない。

 私は目いっぱい顔を逸らしつつ、渾身の赤面顔になってやっと言葉を紡ぐことができた。


「――さっき塀から落ちて尻もちをついたお尻が痛いです……どうしたらいいですか?」


「……」


 この後の私の人生最大級の辱めは割愛する。

 もう二度と、勢いでなど行動するものか。私は固く決意した。

お久しぶりです。

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[良い点] かっ、かわいい……っ
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