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男子やめました  作者: 是々非々
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兵糧が必要だ

 仁と私が喧嘩をしてより、もう数週間が経つ。

 なんとなく疎遠になった私たちを見てクラス中がうっすらと困惑し、楓が「ケンカなんてカップルっぽいことして!」と私をいじり、私がそっぽを向き、仁の正座の時間は増えた。

 隣の席だというのにお互い見向きもしない私たちは、お互いの動向も知らないままに冬休みを迎えてしまった。


 そして私は今、冬休みの宿題という“長期休暇”ということに教師陣が漬け込んだ、全くもって狂信的ともいえる量の宿題を片付けながら、何度目かもわからないため息をついた。


「……お姉ちゃん、最近ずっとそれだね。いい加減に仲直りしたら?」


「……うっせえ」


 私の部屋に少年漫画を読みに来た夏生が半目でこちらを見つめた。

 何となく私だってばつが悪く感じているし、些細なことだし謝れば済む話、と言われればそれまでなのかもしれない。

 しかし、私から謝るのは抵抗があった。

 結構頑張って私はこうも変わったわけじゃない。十人いれば十五人くらいが「見果てぬ努力と決心だ!」なんて喝采すること請け合いなのだ。私は彼のさらりとした態度を受け、胸を不快にじりつかせた。


 ……もしかして、私は褒めて欲しいのだろうか。

 いや、いや、そんなことはない。私は彼の不当な評価に当然に怒っているのだ。だからこのため息は、あいつへの呆れた気持ちを表明するためのものなのである。


「あーもう!ふざっけんなー!」


「……はあ、私、部屋戻るわ」


 夏生はいくつか漫画の単行本を見繕うと、それを抱えて部屋から出ていった。「早いとこ何とかしないと、取られても知んないよ」なんて捨て台詞を吐きながら。

 私はドアからそっぽを向いて「知るもんか!」と怒りを振りまいた。


 ーーー


 仁と顔を合わせない時間が伸びるに従って、夏生が言った捨て台詞の存在感はどんどん大きくなった気がした。

 ――別に結構ってついつい付けちゃう言葉じゃないか?

 ――あの時もう少し彼を問い詰めていたら……。

 ――仁ってモテるよな。冬休みってデートシーズンじゃないか……?


「だぁー!もう!ちがーう!」


 何が違うのかとかは私にも分からないけれど、とりあえず自分を鼓舞する為に叫んだ。もうすぐ新しい年を迎える夜空が、私の叫び声を溶かして消した。


「空〜、どうしたの?」


 階下から母さんの伺うような声が聞こえ、私は慌てて「なんでもない!」と取り繕った。母さんは少し間をおいて「そう」とだけ言うと、年末特番の番組を観にリビングに戻っていったようだった。

 私はなんだかそんな気分になれず、今はこうして何をするでもなくベッドの上に転がっている。

 何もしないでボーッとするうちに、ひときわ大きな除夜の鐘の音が耳に木霊した気がした。低くどこか間抜けな鐘の音と同時に、枕元に放り投げていたスマホも音を鳴らした。

 画面を見れば、次々に送られてくる「あけましておめでとう」というメッセージが踊っていた。私は一先ず考えることをやめ、来たメッセージに一つ一つ返信した。


 ……何となく、何となくだが気になって、更新されない仁とのチャットを睨んでいたのだが、気づけば朝になっていた。

 私は何とも煮え切らない気持ちのまま元旦を迎えたのだった。


 靄のかかった気分のままに私は新年を祝い、お年玉を受け取り、父さんの仕事の都合で帰省できない田舎のばあちゃんと電話で話をした。


「空、相手の男の子とは上手いことやってんのか?」


「――ああ、うん。やってるよ」


 途中、こんな風に嘘をついて誤魔化したけど、おおむね穏やかに私の正月の挨拶は終わった。


「それじゃあ、初詣にでも行こうか」


 餅も食べ終わった我が家で、新年のお決まりが話に上った。私たちは防寒用のコートを着込み、せっかくだから振袖とかでも良かったのに、なんて言う軽口を言い合いながら近所の神社に向かった。

 父さんは歩きたくないし車で行きたいと主張していたが、正月の神社というのは帰省シーズンの下り線よりも混む。志龍家の女性陣は正月太りを防ぐべく、健脚に力を込めた。


「――ぁ」


 神社に着くと、ふと声が出てしまった。

 鳥居をくぐってすぐの所にあるお守り売場の行列を避け、なんとか家族みんなではぐれることなく参拝列につけた私たちだったが、本殿にて既に参拝を済ませてまばらに歩く雑踏の中に、私は目ざとくも知り合いを見つけてしまった。

 寒さに鈍いのか、薄い秋物みたいなジャンパーを身に着けた仁がいた。傍らには勝山に菊池、谷口といった面々が並んでいた。

 私は何となくばつが悪くなり、近くの夏生を盾にして視線を遮った。


「……ぐぅ」


 ハッキリ言おう。私はやんごとなき寂寥感を覚えた。年末年始、かつて私はリア充どもを射殺さんとする鋭い目つきのままに、おそらく同志だろうFPSプレイヤーたちに銃弾を叩きつけていた。しかしそれは、世の恋人たちがこれ幸いとデートに行きやすいからこそ生まれる悲劇なのだ。

 そしてその恋人当事者になってからはどうだ。

 ――やっぱり、彼と一緒に来たかったなぁ。


「……はぁ」


 触れ合いが足りない。他愛ない話がしたい。

 私がこのケンカという大勝負に勝つためには、ケンカしている相手との語らいという兵糧が必要だ。


「……ソラ、列進んでるわよ」


「はっ、ごめん」


 私はようやく進み始めた参拝列の先の本殿にて、彼との仲がうまく直りますようにと願いを込め、財布にあった一番大きな硬貨を放り投げた。

 その後かったおみくじには「恋人:素直になりなさい」と書かれており、私はポケットにそれをしまった。

 結果は大吉であった。

大久しぶりでございます。

ちまちま書いておりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れさまです! マイペースでいいので、いつも楽しみにしてます!
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