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男子やめました  作者: 是々非々
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志龍空は感動する

文体が気になればすぐ改稿する悪癖があります。

設定の後付け?といいますか、描写忘れがありますので補完してます。

 ショッピングモールにて購入した衣服らが、かつての俺の愛着達から居場所を奪い、ゴミ袋に押しやった日は過ぎた。今日はその翌日である。


 今日のオレは、見た目を取るならまず間違いなく「女子高生」だった。

 昨日買ったばかりの制服は、女子がブカブカの男子制服を着ていた歪さを払底し、見事に印象を作り替えている。

 それを見て戸惑いこそすれ、オレは何だかしっくりと来ていた。まあ、スカートには慣れないが、鏡を見ればこちらが自然なのだと嫌でも認識する。この際男のプライドというやつには縮こまっていてもらうことにした。ひらひらと舞うスカートに罪悪感を感じながらも、オレは家を出た。

 平穏な日々と、男としての主張はトレードオフなのだ。両立しようものなら姉御肌の女子になること請け合いである。そして元来、オレはそういうキャラではない。


 そんなオレが登校してまずしたことは、昨日わざわざ話をしてくれた柏木さんグループへの感謝と謝罪だった。


「――昨日はごめん。そしてありがとう。わざわざ俺みたいなのに気を使わせちゃって」


「空ちゃん……」


 柏木さんは複雑そうな顔をしたが、これは本心だ。わざわざ中身が男子高校生のオレなんかに気を使って、彼女らの時間を使わせるのは申し訳ない。

 だがそこで声を上げたのは、グループの中でもどちらかと言えば俺を警戒していた南原さんだった。


「あのさ、私ら純粋に志龍くんに興味があったから話しかけたわけでさ、哀れみとかじゃないんだけど?」


 そのリスのような丸い双眸を不快そうに歪ませて彼女は言った。声色は厳しい。


「あ、え、いや、でも中身男だし」


「で?じゃあ志龍くん私らのこと見てやらしーことしたいの?それを言うなら皐月のがヤバいね。レズだし」


(つむぎ)ちゃん!?」


 日比谷さんが南原さんの方を見て仰天しているが、誰も反応しない。日比谷さんの性癖は昨日だけでも充分に理解しているので、オレもそれに倣う。


「それにしても心外だわー、私らの純粋な気持ちを、まさか哀れみって思ってるなんてさ」


「ぐっ……で、でもさぁ。思うくらいなら、やるかもしれないだろ」


 誓って言うが、オレはそういうことはしない。罪悪感で胸がいっぱいになるのだ。ヘタレと笑うなら笑うがいい。


「でももへったくれも無いよ。思うなら自由だし、皐月みたいなのがいるんだから、他にいないってわけでもないんだし。それに、わざわざとか言ってたけど面倒だなんて思ってないからね?友達が増えたってだけなんだから」


「南原さん……」


 まさか彼女がこれほど人情に溢れる人物とは、オレは全く想像していなかった。それだけに、今言われたことが心に染みる思いだ。照れくさそうにそっぽを向いてはいるが、決して突き放した態度ではないのが素直に嬉しい。


「じゃあ、俺、お言葉に甘えてもいいかな?実は勝山以外まともに話せそうなのいなくて困ってたんだよ」


 クラスメイト全員を網羅した訳じゃないが、かつて息子が健在だった頃によく話した連中は、俺を見ても「パイタッチ!」だの、「彼女じゃなくていいから付き合ってくれ」だのしか言われないのだ。いや、全ての会話がそうという訳じゃないが、前との落差にまだ慣れていないのも事実だ。

 真面目に直情脳筋の勝山が救いだ。やつにはああ見えて彼女がいるので、それも上手く働いているかもしれないが。


「あー、圭吾なら変わんないよねえ」


「うん、そうなんだよ。あいつ馬鹿だけど良い奴だからな」


 そう言うのは柳さんだ。

 何を隠そう勝山が付き合っているというのが柳さんなのだ。昨日の「確認」の時にも窺い知れた「男慣れ」は、恐らく勝山で培ったと予想される。

 今になってあいつが羨ましくなってきた。あいつ、なんつう美人捕まえてんだ。


「ま、少なくとも私らは紬と同じ気持ちだよ。志龍くん前から思ってたけど無害だからね。女子の間では“性豪の万場”と“枯木の志龍”って評判だったんだよ?」


「不名誉この上ないな」


 柏木さんから明かされたオレの二つ名は、ヤンキー漫画とかでよく聞く威圧感のあるものではなく、既に事切れたものだった。大海原もかくやという度量を目指していた姿勢がまさか枯木と評されていたとは。

 オレの男心は心の中で泣いた。えもいわれぬ男泣きである。

 とまれ、オレはせっかくできた繋がりを捨てずに過ごしていけそうだった。


「――よし、じゃあ、空ちゃんも私たちのこと、下の名前で、呼ぼう」


「――なんで?」


 そして、日比谷さんは突然である。


 曰く、「仲良くなった女の子同士なら、下で呼び合うでしょ」とのこと。「それもまた、TSの嗜み」と呟いていたのはこの際聞かなかったことにする。彼女は文学系女子を自称し、それを後押しするようにカバーの付いた文庫本を休憩時間にたしなんでいるが、その内容は推して知るべきかもしれない。


「それ、いいね。じゃあ私のことは由佳って呼んでよ」


「柏木さん!?」


 それに浮足立って便乗したのは柏木さんだった。続いて柳さんまで「あ、じゃあ私は楓で」と言って、日比谷さんの提案を加熱させる。さらには南原さんまでもが「……紬で」などと言えば、焼け石に水という趣の空気感が形成された。

 日比谷さんはニヤけながら「さっちゃん」とか言っていたが無視だ。おずおずとした態度が、むしろその発言の迫力を増している。

 俺が遠慮がちに全員をさん付けで呼べば、全員に揉みくちゃにされた。あれだけ無害だのなんだのと言われた手前、事故でも妙なところを触るわけにはいかなかったので、オレは腕を包むようにして組んで事なきを得た。

 それを見ていた万場からは「痴漢冤罪を避ける亀」と称されたが、その異名は特にウケるわけでもなく消え去った。あだ名というのは群雄割拠である。


 ーーー


 さて、人の噂も七十五日という諺がある。

 これは読んで字のごとく、人がする噂なんてそう長続きしないということだった。

 オレはその諺を思い返しながら、昼休みに自分についての噂話に耳を傾けている。

「性同一性障害の子の勇気」「未知の病気」「女装」「すり替え」「精神と時の部屋」「王子様のキス」などだ。

 もはや後半はオレの理解の範疇を飛び越えているが、この噂は無くならないだろう。

 なにせ、それが事実かもしれないという証拠がここにいるのだから。


「どないせえっちゅうんや……」


「口調変わってるよ」


 意図だ。こうでもしないとやっていられない。柏……由佳さんの指摘にははにかんで答えた。


「……先生達はまだ行事も無かったし、印象も薄いだろうからって公表はしてなかったと思うんだけど……みんなも、下手に広めるなって言われただろ?」


 今にして思えば杜撰である。人の口に戸は立てられないのだ。

 取られた対策というのは、「まあ志龍くん大人しい生徒だったようだし、他のクラスは分からないでしょう。学校側は公表しないから、クラスに箝口令を敷いとくくらいにしましょう」といったものなのだ。いっそ転校してきたら良かったと感じ入る。

 なるべく、穏便に。大ごとを嫌いすぎるあまり、噂が立つことへの警戒が疎かになっていた。

 ――せめて、ちゃんとした制服が来るまで登校を自粛できなかったのか……。

 十中八九あれのせいである。


「あー……男子の口の軽いヤツとか、女子のあんまり良く思ってない子達が広めちゃったみたいだね。噂の感じは半信半疑だけど」


 限りなく万場である。まあ、仕方ないと思うが。並びに女子達も仕方ない。オレだって気持ち悪いと思うからな。

 だが、オレはここで答えに窮することとなる。


「……俺、なんて言ったら噂が無くなるんだ……」


 噂とは尾ヒレを無数に持つ怪物である。その昔、メダカほどだった小さな噂が野を越え山を越え、女を嫉妬に狂わせ武将をくびり殺したという。

 たった二日でこれほどのレパートリーが生まれた噂話が、どれほどの速度で妙な文脈を纏うかなど想像するのも無為である。さっさと誤解を解かねばならない。


「そうだね。幸い、みんな志龍くんがいなくなったこととかは気付かないだろうし、早いとこ女子として誤解解いた方がいいよ」


「……それは無理だろ。男から女になったなんて、勘違いや冗談で済ますのも無理があるだろうに。てか気付かれないのも傷付くな……」


「あぁ、うん。でも、じゃあ病気で通すの?」


「んー……」


 悩んだふりをするが、特にオレは考えてはいなかった。

 オレの考えはただ一つ、長いものに巻かれろである。しかし、オレが男だという一線は譲れない。なので――


「まあ、そうするかなあ。それに、あながち嘘じゃないし」


 西先生は、この()()に心当たりがあると言った。つまるところ、科学的根拠を欠くにしてもオレは病人である。オレは深く考えることも無く頷いた。


「……なんというか、案外男らしいとこもあんのね、空ちゃん」


 驚いたような顔をして由佳さんが呟く。


「どういう意味だよ?」


「いや、だってゴリ押しでも女の子で通した方がみんなから変な目で見られずに済むだろうし、いっそ転校生として編入か、転校とかすれば、それこそ一番穏便だと思うけど?」


 由佳さんの言うことは尤もだ。それが楽だろうし、手っ取り早い。だが、オレは波乱万丈の青春を望むパリピではなく、ひっそりと日陰者に甘んじることを良しとする陰キャである。それに――


「――俺は嘘ついてまで女の子になろうと思うほど肝が据わってないからな」


「へぇ、そう」


 由佳さんはオレのその言葉を聞き、好ましげな顔をしたが、その表情は教室に響いた音によって掻き消えた。


「元男子の女って誰?」


「あ」


 教室に何人かの取り巻きを連れて現れたのは、久遠(くおん)麗子(れいこ)。天下一高飛車な一般庶民として名高い、我が星ノ森高校の誇る高嶺の花だった。

 オレは、そんな久遠さんを見た瞬間に天啓を得た


「……ちょっと、全然それっぽいブサイクいないじゃないの」


 困惑気味に眉をひそめる久遠さん。どうやら性転換手術説か女装説を掴まされて来たらしく、キョロキョロしながらもクラスの女子一人一人を見て回っている。非常に礼に欠くお人柄である。


「――ふん」


 そしてオレの前を通り過ぎる。どうやら久遠さんから見ても違和感は無かったらしい。

 しかし、オレはここで告白しよう。何故かはいずれわかる。千字以内のうちに。


「あ、俺がその元男子です」


「はぁ!?」


 久遠さんは猛烈な勢いで首を振ってこちらへと戻ってきた。怖い。正面から殴られたような勢いに少し引いた。

 だが、弾丸のような勢いの久遠さんは止まらない。


「えっ!?私、タイのお寺で修行してきた背の高いニューハーフって聞いたんだけど!?」


「どんな噂掴まされてんですか!いいですか、俺はちょっと特殊な病気でして、ホルモンバランスが崩れてこうなったんです!」


「ほるもん。焼肉?」


「性別を分ける物質と理解して下さい」



 久遠さんは阿呆らしい。きょとんとした顔をして焼肉?と小首を傾げるさまは、喋っている内容さえ整っていれば満場の十人や百人は落とせるだろう。それくらい、「お姫様」然とした容姿をしている。だが、オレはこの阿呆を説き伏せなければならないのだ。


 実はこの高嶺の花子さん、非常に顔が広い。本人は小顔だが、そのあけすけな性格と優れた容姿、経済力で、彼女と話す人間は星のようにいるのだ。そんな彼女が「彼、病気でしたの」とでも言えば、オレの噂は霧散するという寸法だ。


「ふーん。大変なのね。でも、だからと言って男子が女子に交ざるのはどうかと思うわ、私。だって気持ち悪いんだもの」


「……まあ、それは」


 こればかりは真摯に受け止めるしかない。オレは男子なのだし、クラスの隅あたりで大人しくしていようか……。と思っていたのだが。


「いや、空ちゃんは私らの友達だから」


「由佳さん!?」


 なんと由佳さんが俺を庇いたてるように立ち上がった。その顔は久遠さんを小馬鹿にするように薄く笑っている。


「え、いや、だって男子だよ?それが女子面して……」


「女子面もなにも、身体は女子だしね。昨日見たし」


「みっ、みみみ見た!?」


「おいっ!変に誤解されそうな言い方やめてくれません!?」


 なにも事実を事実のままに打ち明けることは無いでしょう!?クラスメイト――特に男子からの目が痛い気がした。

 断じて、断じて君たちが想像するような関係にはなっていない。後で、()()()()に言い含めなければならない。

 それはそれとして、久遠さんと由佳さんの言い争いは続いた。


「そ、私たちが、嫌がる空ちゃんを無理矢理確認したよ。空ちゃんは病気なの。そして紛うことなき女の子よ、そして、私の友達よ!元男の何が問題ってのよ!」


 そう言い切ると、由佳さんは満足そうに笑った。なんと照れくさいことを言ってのけるのだろうか、彼女は。まあ、照れる分オレとしては嬉しい思いがあるので、特に否定はしない。

 そして、それを聞いた久遠さんは感じ入った表情を浮かべていた。


「そうだったの……。へ、変態じゃないのね?」


 なぜ変態?と思えば、久遠さんはオレのことをタイの修行ニューハーフ僧と思っていたのだった。


「違います。病人です」


 きっぱりと言い切ると、久遠さんはこくこくと頷く。


「そう、じゃ、いいわ。私ともまた話してね」


 なぜそうなるのかは分からないが、久遠さんはそう言って退出して行った。

 残るのは、男子からの恨みがましい視線と由佳さんのドヤ顔のみである。

 オレは自分が如何に被害者なのかを、残る昼休みの時間を費やしてクラスメイトに演説した。

 由佳さんからの「絶交したいの?」という最後通告が来るまで続けられたそれが、どれだけの効果を生んだのか。

 真相は闇に葬られたままだ。

是々はPV数に恐れおののいてます。

あと、一話ごとの字数を減らすべきか悩んでおります。

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