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男子やめました  作者: 是々非々
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文化祭 陽が落ちる時に

 私は仁とベビーカステラを食べ終えると、その半ばにスマホに来た通知に従いクラスに戻った。私のシフトは終わったとはいえ、いつまでも遊んでいるわけにもいかないのである。

 私が仁を引き連れて店に戻ると、すぐさま裏方に通された。そこで待っていたのは、メイド服を脱いで制服姿になった由佳と、メイドとしての責務を終え、色々とはだけた姿でいる船橋さんだった。

 私が姿を見せると、船橋さんは「お。やっと来た」と言った。


「来たけど、私何すんの?」 


 私が由佳に聞くと、由佳は「あ、これこれ」と言って、先程まで彼女が来ていたと見られるメイド服を差し出してきた。

 私はそれを受け取った。彼女の方が上背はあるが、十分着られるサイズである。


「船橋さんさすがに受付ギブらしいから、継投お願いっ」


 由佳はそう言って、私のブレザーをするすると脱がそうとした。私は腰を折って抵抗した。

 船橋さんは変わらずに下敷きで顔を仰いでいる。


「えぇ〜、私?」


 今更メイド服を着ることに多少の気恥ずかしさを覚えた私は、ささやかに抵抗した。由佳は「今の今まで楽しんできたでしょ」と言った。


「ま、みんな何となくで決めたけどね。白羽の矢が立っちゃったんだし、みんなの為にも頑張ってよ〜」


 彼女は「ね?」と念押しした。私は元から無かった反抗心をあったように見せかけ、そんなに言うならと折れたように一息吐いた。


「はぁあ。分かったよ、やりますよ」


 私は今度は自分から制服を脱いだ。せっかくの文化祭なのだし、私はメイドも楽しむべく安物の生地のメイド服に袖を通すのだった。


「似合ってんじゃん、客引きになりそう」


 由佳がそう言うと、船橋さんも頷いた。


「ま、もう終わりかけだけどね」


 文化祭終了の時刻まであと二時間と少し、私は余っている食べ物と飲み物の特価価格の書かれた看板と共に、店の前の受付に向かった。


 どういうわけか人気になっている西出メイドが奮闘しているのを横目に教室を出ると、午前に比べて人通りも落ち着いた受付に谷口が座っていた。どうやら時間稼ぎに出ていたらしい。私が「代わるよ谷口」と言うと、谷口は「おお、助かる!」と明るい顔をした。

 彼はむやみに人に愛想を振りまくのを苦手とする。どういう経緯かは知らないが、不服な役回りだったのだろう。谷口はいくつかの注意文句と、可愛い子を頼むとかいう迷惑客には西出メイドを呼びつけるよう言ってどこかへ去って行った。

 私はお店の看板の下に新価格の書かれたダンボールを貼り付けると、受付に座った。


「――いらっしゃいませ〜……」


「――声が小さいぃ」


 私は座っているだけでは駄目だという忠告を思い出し、遠慮がちに宣伝文句を呟くと、二枚扉のうちお客を通す方とは逆の方から船橋さんが顔を出し、低い声で囁いてきた。


「おわぁっ!?」


 私が肝を冷やして振り向くと、船橋さんは不満そうな顔をこちらに向けていた。


「志龍さん、照れてる場合じゃないよ。こっちは在庫との戦いなんだからね。もっと客引きの為に志龍さんの女としての魅力をアピってかないと」


「んえぇ……」


 船橋さんの熱弁に、私はつい渋い顔をした。


「客引きって外に出た皆がするんじゃないの?」


 私が何枚ものチラシを持って校内へと散って行った客引き班のことを聞くと、船橋さんは機嫌が悪そうに下唇を押し出した。


「みんな客引きとかそこそこにふっつーに遊んでるんだよね。まあおかげでここのこと知った人もいるけど……とにかく、もう一回!」


 船橋さんに睨まれ、私は何度か咳払いして息を整えた。


「――いっ、いらっしゃいませぇ~!執事メイド喫茶でお休みしていきませんか~?」


 自他ともにくすぐったい高い女声で声をかけると、近くを通っていた男子生徒二人がこちらを向いた。頬がひきつりながらも笑顔を向けると、二人は寄ることに決めたようだ。


 二人が桐野さんに接客されてお店に消える横で、ドアから船橋さんが親指を立ててきた。


「いいねえカワイイカワイイ。その調子でよろしく!」


「えっ」


 私は否やを唱えようとしたが、扉は閉められ新たにお客が来てしまった。


「――い、いらっしゃいませ!ようこそ、執事メイド喫茶へ!」


 私はやけになって女声で接客したが、なんだか色々なものを失っている気になってきた。いや、新たに何か芽生えるというべきか。くしくも自分の女っ気を活用するというのは、私の今まで意識しなかったことらしい。

 メイドさんというのも、大変なお仕事である。


 ーーー


「志龍さ~ん、おっつかれ~」


「おわ」


 私が愛想笑いについて考えを深めているところに、船橋さんが扉を開けて飛びついてきた。ついでに由佳と、先ほど客引きから帰ってきた楓が顔を見せた。


「どしたの?」


 今は文化祭終了三十分前、ちらほらと片づけ始める店も出てきたころだ。西日へと変化した陽が、空を綺麗に染めていた。


「飲み物食べ物全部完売!打ち上げ代もがっぽだよ~」


 船橋さんがニヤリと笑えば、後ろから坂田さんがジャラジャラ鳴る箱を見せてきた。今日の売り上げなのだろう。


「じゃあ、受付も終わりだね」


 私が受付用の机からテーブルクロスを取り去ると、由佳に「おつかれ」と肩を叩かれた。


「空の受付良かったよ~。青山君も覗いてたし」


「え、ほんと?」


「ほんと、ほんと」


「……ふぅん」


 私は由佳と楓に客引きの真似をされつつ、照れ隠しに教室の隅で照井や西出を称える男子たちに紛れる仁を睨んだ。仁は私の真意に気づいていないのか、軽く手を上げまた輪に加わった。


「あはは、青山君もあの声で引いちゃう?」


 楓がそう煽り、由佳は笑った。私は「そんなことするもんか」と言って、楓を止めるべく掴みかかり、返り討ちに遭うのだった。


 さて、それからは終了後の時間を長くするために片づけが始まった。ごみについては裏方が頑張ってくれたのか、意外にも早く片付いた。

 大量のメイド服と執事服を畳んでいると、葛城先生と学級委員の小河原の二人がやって来た。


「皆さんお疲れ様でした!これにて文化祭は終了です」


 葛城先生がそう言うと同時に、教室に『只今を持ちまして、文化祭を終了します。生徒の皆さんは、片づけ、清掃の後帰宅してください――』云々という放送が流れた。葛城先生は「タイミング良いですねぇ」と呑気に笑った。


「で、備品の片づけと返却が終われば、委員長たっての希望で希望者で打ち上げに行きたいと思いますが、どうでしょう?」


 先生のその言葉にクラス中が湧き、陸上部のリーダーシップ溢れる男小河原は歓声に応えていた。そして彼は「希望者手上げろー」と言って集計を取り出した。

 私は仁の方を見た。彼は黙々と執事服を畳んでいて、手は上げていなかった。


「ありゃ、空いかないんだ」


 意外そうに由佳が言った。私は小声で彼女に返す。


「仁が行かないっぽいからさ」


 私がそう言うと、由佳は舌を出して「へーへー、もう満腹でっす」とおどけた。私は「今度どっか行こうよ」と誘うと、彼女はすぐに頷いた。


「駅前の交差点とこの居酒屋が喫茶店になったらしいし、そこ行こうね」


 由佳と私の通学路が被っているところにあるお店だった。私はどんなところか楽しみにしつつ頷いた。


 さて、文化祭の片づけなんて特に楽しいものじゃない。すぐさま会話もまばらになった私たちは、皐月が西出の尻を蹴ったり勝山が客引きをサボっていたのをバラされ楓に詰め寄られているのを見ながら、教室や学校全体に残る文化祭の気配を消していった。

 カーテンなども畳まれ、廊下に出していた余りの机などを運び込めば、教室はすっかり元通りとなった。

 何となく寂しさを覚えていると、打ち上げ組が予約していたお店に行くとのことで、大挙して出て行こうとしていた。


「あ、またね由佳、楓に紬も」


「あ、またね空!楽しんでくる~」


 最後に出て行こうとしていた由佳に声をかけると、由佳はこっちに振り返って手を振った。既に出ていた楓や紬にも手を振り返され、窓越しに勝山や皐月にも別れの挨拶をした。


「……さて」


 人もまばらな教室を振り返れば、恐らく今日の夕方のアニメをリアタイで実況するために帰る谷口などの、じめっとした面々と仁がいた。仁は正座から立ち上がると、私の姿を見て驚いていた。


「……空、行かなかったのか」


「お前が行かないからだろー」


 私はからかう気持ちで、低い声で仁に告げた。谷口たちは谷口たちで固まって帰ってしまい、教室には私と仁が残された。


「……帰ろっか」


「そうするか」


 そうする以外にないのだが。最後になったということで教室の施錠を済ませると、二人で職員室に鍵を返した。職員室では西先生がひっそりと栗まんじゅうを貪っていたが、私も仁も見なかったことにして帰った。これは一部の生徒のみが知る話だが、西先生の栗まんじゅうはかなりお高く、せびるのは厳禁なのだ。


 私たちが外に出ると、西日もほとんど顔を沈めていた。夕方と夜の混じる、紫混じりの夕日が私たちを薄く照らした。


「わあ、綺麗だね」


 私がちょっと陳腐なセリフを吐くと、横の仁は笑ったようで、クス、と鼻息だけが聞こえた。


「あぁ、空が綺麗だな」


 言い方が気になって見上げると、仁はこちらを向いているようだった。


「それはどっち?」


 どちらとも取れそうな言葉に、私が聞き返す。仁は私の手を握った。


「空が綺麗だったんだ」


 私は薄暗くて顔色がうかがえないことに感謝しつつ、仁に「ありがとう」と言った。

 最近はなんだか、仁もタラシなことを言う。

うっす、青山君お熱だねウッス。

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