文化祭 互い以外を気にせずに
私の通う星ノ森高校は文化祭も体育祭と同じく一日で終了する。たまに二日に渡ってする所もあるらしいが、羨ましい限りだ。
私は渾身の力を込めてスカ振りを放ち、見事参加賞のラムネを獲得した巨大だるま落とし屋から出て不服を感じた。隣では、見事に最後までだるまを落としきった仁がコーラを飲んでいた。
「いいなぁ、1等」
私が彼を羨めば、彼はそっとコーラを差し出した。
「おっ?」
「欲しいなら飲め。まだ冷えてるぞ」
私は飲み口と仁を見比べた。いや、別にもう気にすることも無い関係なのだけど。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私が飲み口に口を付け、仁からペットボトルを受け取る。一瞬飲ませられてるみたいになったことを気にしながらコーラを喉に流すと、ぱちぱちとした刺激が少し痛かった。一瞬仁の方を見たが、彼は何故か私を眺めていたので、見返す代わりに窓から外を見た。お祭りムードを引き立てるための装飾越しに見る空は青かった。
少し多めに飲んでやり、仁にペットボトルを返す。彼はそのままキャップを閉めず、先ほどと同じくコーラを口から流し込んだ。私の視線は口元に釘付けになる。
「どうした空?」
「……別に」
仁の追及を華麗に受け流した私は、次の店に彼を急かすべく、先に進んだ。すぐに追いつく彼に安心感も不満感も感じつつ、私はいい加減垢抜けないとなぁと思った。何回照れるんだと思うけど、ご愛嬌だと自分に甘く結論した。
しかしいつまでも異性の手も握ったことのない志龍空君ではだめなのだ。彼とはキスも済ませたのだし。周りを見回すと、堂々と手を繋ぐカップルはちらほらいた。そして周りは、ご馳走様ですと見向きもしない。
「――ね、あっち行こうよ」
「……ん?どこだ?」
私が彼の腕にやんわりと寄り添い、そして指さす先は、この文化祭において二つ存在するお化け屋敷だった。私たちはその中でも二年生がやっている方に来た。
客引き組からのタレコミでは、こちらの方が作りが凝っていて怖いらしい。ニクラス合同で行われ、二教室にまたがって作られたお化け屋敷は伊達ではない。奥の突き当りの扉から逃げ出してくる人たちを見て、私は期待に胸を膨らませた。
「そういえば、空はこういうのは大丈夫なのか?」
仁の言葉に、私はニヤリと笑った。
「フフ、私はあのぞわっとする感じを楽しめる女なのだよ。ホラーは任せておきなさい。なんなら私の後ろに着きなさい」
「……遠慮する。横で頼む」
仁はそう言って、私を腕で引いてお化け屋敷に並んだ。私は列に並ぶ傍ら、隣の教室で行われている「アームレスリング最強決定戦」という、上腕二頭筋の戦争に目を奪われるのだった。
しばらく待つと、私たちの番が来た。途中、恐らく貢物であろう大量のお菓子を持って通りかかった柊先輩から、チョコパイを一つ渡された。「あーら、ヘタレ君は彼女に腕組ませてるの?」という謎の発破により、私は今がっしりと腰を持たれている。赤面は目下冷ましているところだ。
「はーいカップル一組ご案内でーす!」
受付の威勢のいい女の先輩が、暗幕が張られ手を伸ばした先すら何も見えない暗闇に叫んだ。私と仁は……というより、ゆっくり進む私とすいすい進む仁は、仁が私を引くように入室した。
ほのかに香る蚊取り線香の香りが、既に過ぎ去った夏を思い浮かばせた。
「……本格的?」
私が顔の見えなくなった仁に言うと、仁は「そうだな」と言った。
暗く、物音もしないので、私は妙に雰囲気にのまれていった。
やけに悪い足場を進むと、机で進みにくい所に入った。仁と私は離れて進むと、不意に足を撫でられた。
「――わぎゃあ!!」
思いのほか冷たかったその感触に、私は縮みあがって仁の背に飛びついた。
「……こういうのは楽しめるんじゃなかったか?」
仁の言葉に、私は腹の底から反論した。
「びっくりしたらこうなるでしょ!」
鼻息荒く言い放つと、仁は「それもそうだ」と言って先に進んだ。この先は暗幕に仕切られた狭い小道となる。私は彼の袖口を摘まみつつ後を追った。
――ふぅ
ふと、生温かい風が私の耳元を撫でた。私は腰から走る悪寒に身を任せ、今度こそ彼の腕にしがみついた。仁は半身になって私を受け止めた。
この小道は狭い。
「ぎゃあああああ!!!耳っ!耳ぃ!」
仁は大木のように私を受け止めると、「くすぐったかったな、流石に」と先ほどの仕掛けの感想を呟いた。私は今だにくすぐったい感触の残る耳を片手で抑えた。
「落ち着け空、暴れるな」
仁は狭い道で通れるように、私を強く抱き寄せた。
「耳弱いんだな」
「……強くはないよね」
仁がスタスタ進みだしたので、私はそれに押されるように進んだ。しばらく何もない墓場のような内装がうすぼんやりと照らされる中進む。途中何度か薄気味悪い声が聞こえたり、後ろから背筋を撫でられたりして驚き跳ねた。
もうすぐ墓場も終わり、遂に向こうに出口が見え始めた時、私の間隣の大きな墓石から銅鑼を叩いたような轟音と、背後からの多数の唸り声が響いた。
「「ウヴァアァァアァァアァ……!!」
「――うおぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!!」
後ろから何かに照らされ振り返ると、荒い光に照らされた大勢のオバケがドタドタと追いかけてきていた。
私はオバケたちの異様な見た目に背筋を凍らせ、脱兎のごとく駆け出した。丁度出口の扉も開かれた。私は仁の服を引っ張って、外の廊下の壁を蹴破る勢いで逃げ出した。
「ぜぇ、ぜぇ……はあぁ、怖かったぁ」
私が荒い息を整えると、仁は服のしわを伸ばしつつ、「なかなか凝ってたな」と言った。私は全くだと頷くと、未だに長蛇の列が続くお化け屋敷の行列を見た。
「もっかい行く?」
「……文化祭が終わりそうだな」
私は冗談めかして笑うと、仁はおもむろに頭を撫でてきた。驚かされたばかりなので、これが案外落ち着いた。
「これがいちゃつくというものか」
歩きながら頭に残る彼の手の感覚を思い返して言うと、隣の仁は「どうだろうな」と言った。
「これまでので満足か?」
私は仁の言葉に頷きを返さない。
「もっとあるならお願いしたいな」
私は彼の手を握ると、ポケットに折りたたんで入れていた文化祭のしおりに目を向けた。
小腹が空いたので、一階の飲食系の店が並ぶ区画に行った。一階の昇降口からグラウンドに向かうまでにある中庭のようなスペースに、たくさんの看板と、店を構えるテントが並んでいた。
「――あ、志龍さん」
色んなお店の前をウロチョロしていると、ベビーカステラ屋から声がかかった。明るい声に目星を付けながら振り向くと、甘い香りの元には久遠さんと軽音部の林さんがいた。
「おお、今朝ぶり。久遠さんとこはベビーカステラだったね、そういや」
私は久遠さんに話しながら、裏方の男子たちが次々と袋詰めしている様子を眺めた。百円のわりには量が多そうだ。
「そうなの、今なら出来立てよ?お一つどうかしら?二人でも結構満足できると思うけど」
久遠さんはニヤリと笑い、仁と私を見回した。
「も~、しょうがないなあ」
私が最近気に入っているシリコン製のガマ口をポケットから出そうとすると、それより早く仁がポケットから百円を取り出してベビーカステラを受け取った。
私はお披露目の叶わなかったガマ口をしまい直し、仁から差し出されたベビーカステラを腰を折って口に含んだ。
「んぐ……ポケットに小銭入れるのやめた方が良いと思うけどなあ」
仁は右手を彷徨わせ、結局ベビーカステラをつまんで食べて口を開いた。
「普通に差し出したカステラをそのまま食うのもやめてくれ」
私はそれを鼻で笑った。
「ふふ、嫌だった?」
「いや、それは嫌じゃない」
私は「美味しかったよ」と久遠さんたちに笑いかけ、仁と次は油モノを求めて彷徨いだした。
「……お熱いこと」
久遠さんの漏らした一言は、文化祭の賑わいの中に溶けて消えた。
このリア充どもめ……ってなる。




