文化祭 隣のメイド仲間
文化祭が始まる時間になると、みんな少しずつ慌ただしくなる。繁忙期に満を持して投入されるメイド、西出は一先ず制服姿でビラを配りに何人かを連れて出て行き、他にも自由時間になっているみんなは思い思いの出し物に向かった。
そしてつまり、しばらくすれば私たちの教室にもお客さんは訪れる。
「――お、らっしゃっせぇ〜!ご主人様1名様ご来店でーす」
船橋さんが出入口の扉の向こうから声を上げ、メイド服のみんなが慌ただしくなる。
ご主人様ということはつまり男で、メイドをご希望なのだ。
「……が、頑張ってね?」
「お……おふっ」
私の隣ではソワソワしだす後藤さんがいた。無謀なことに、彼女もメイドの一人になっているのである。
シフト的には引き立て役としてお店の中で立っているか待機しているだけなのだが、彼女は緊張していた。私がぽんと肩に手を置くと、「わっひゃい」と素っ頓狂な声を出した。小声であるが。
「ごっちゃん、大丈夫?」
後藤さんはぎこちなく口角を上げると、私に向けてサムズアップした。彼女なりに何とかするつもりらしい。そうでもなければ自分から名乗りではしないだろうけど。
「はい!メイドの愛たっぷり甘々ミルクチョコクッキーでーす!」
ひとまず私は、何故か手馴れた様子でご主人様をもてなす坂田さんに舌を巻くのだった。
ーーー
「――お嬢様1名様ご来店でーす!」
あまり聞きなれないお知らせが飛び込み、私は少し緊張した。開店より一時間、ご主人様は結構来るのだが、お嬢様はなかなか来店しないのだ。
遂に出番の来た私は、横で同じくもうすぐ初仕事を迎える後藤さんにピースをして立ち上がった。後藤さんも同じくピースをして返す。
私は少しばかりのキメ顔を浮かべつつ、入り口で待つお嬢様に向かって歩み寄った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
低めに意識した声を出せば、見知らぬ女の人と、その後ろから姿を見せた柊先輩が笑った。
「――ふぅん。すごい美少年が執事してるのね」
柊先輩が何かを察したようで、意味深な笑みを浮かべている。
「ねー!私びっくり!こんな子いた?」
長髪の見知らぬ先輩は私の正体に気づいていないようで、純粋に私に笑顔を向けた。
「あ、あはは」
私は色々と覚悟を決めて、愛想笑いを決め込んだ。
顔見せも済んだので、2人を席に導き椅子を引いて座らせた。執事喫茶をレポしてきた有志たちによる要請によって、急遽掛けることになったナプキンを二人の膝に掛けた私は「ご注文は何に致しましょう?」と喉をふるわせ、二人にメニュー表を見せた。
メニュー表には二種類あり、もはや食品に何か細工されていなければおかしいレベルのネーミングのされたメイド仕様と、シンプルで分かりやすい執事仕様がある。
私は執事仕様のメニューを見せた。
「じゃーね、私はコーラ」
長髪さんはそう言って辺りを見回し、柊先輩はその美貌を崩さずにメニュー表を指さした。
「私はストレートティーとマドレーヌで」
「承知致しました」
私は給仕室の万場に声をかけて注文の品を受け取り、いそいそと二人のところに戻った。
遠目には後藤さんが遂にメイド業務をスタートしている。私は密かに応援しながら、二人の執事として振舞った。
「どうぞ、お召し上がりください」
「んふ、良いわね、こういうの」
柊先輩は、男の十人や百人が一目で落ちるような妖艶な笑顔を浮かべた。学校一の美人はなんともお嬢様然と振舞ったのだった。
長髪先輩は「いやあ、それにしても美少年。それウィッグ?」と呑気にコーラを飲みほした。
ーーー
俺こと青山仁は、ここに久闊を叙す。
俺は万場と共に、文化祭での裏方を務めることとなった。執事をやれと言われたこともあったが、俺はすぐさま黙想を決め込み、裏方業務を勝ち取った。セクハラ疑惑で流刑になった万場と同僚となる。俺はいくつかのオーダーを捌くと、一息ついてカーテンから店内を見回した。
そこにはカオスがあった。
いたるところで女子たちが妙に高い声とテンションを振りまき、まばらにいつになく髪をワックスで光らせた男どもが恭しく振舞っている。半ばギャグのような扱いで執事喫茶も組み込んでいたが、反応はそれなりに芳しい。
好評は好評で、こういう店なのだと言い聞かせればまあそうかと思う。しかし、俺はやりたくない。
裏方で良かったと胸をなでおろしていると、空が接客に向かっていた。彼女が接客するのはどこかの運動部の先輩と……俺が盛大な不義理を働いた柊先輩だった。
「おぉ……あの柊先輩が」
横の万場も手を止めて見入っていた。近頃柊先輩に振られたという万場は、流石にそれだけの反応しか見せなかった。
万場から柊先輩に目を戻すと、なんと彼女と目が合った。柊先輩はニヤリとした笑みを浮かべると、小指を立てて「借りる」と大袈裟な口パクをした。
……なぜ、そんなことが分かるんだ。ひとまず注文の品を捌きつつ、俺は女の勘というやつに恐れおののいたのだった。
さて、給仕というのも案外暇だ。この色物喫茶、というよりメイド喫茶は色々と接客が長引くので飲み物などはそこまで忙しく注文されず、何セットか用意しておけば暇ができる。
俺は空の執事ぶりに目をやることにした。
自信があると豪語していた彼女に目をやると、思っていた以上に執事をしていた。背をまっすぐ伸ばし、丁寧に品を置き、何やら歓談に応じて見せる。素人がやるにしては上出来ではないだろうか。個人的にはメイドになっていただきたかったものだ。
「……なあおい青山、あれ見ろよ」
「ん?……あぁ」
万場がカーテンの左端から入り口を指さし、俺は右端からそちらを覗き見る。入り口では男嫌いで有名ながら、なぜかメイドに立候補した後藤が立っていた。受付の船橋が珍しく、心配そうにこちらを窺っている。
「い……いらしゃいませ、ごっ、ご主人様」
後藤は上ずった声で常套句を口にした。普段のどこか強気な後藤は鳴りを潜め、ただひたすら慣れていなさそうなメイドだった。
「……イイ」
眼鏡の天然パーマの客は上機嫌になると、後藤のたどたどしい接客に応じて席に着いた。
万場も隣で「イイ……」と呟いている。そのうち後藤は引きつった笑顔で注文を受け、給仕の方までやって来た。
万場が注文の内容を確認し、後藤に「ナイスガッツだ!」と言った。後藤は「……あ、ありがと」とだけ言い、ポテトチップスとコーラをお盆に乗せて去って行った。
「なあ、青山よ」
「なんだ、万場」
お盆を持って客に愛想を振りまく後藤を見つつ、万場はポツリとごちた。
「普段つんけんしてるやつにお礼言われると照れるもんだな」
「……そうかもな」
俺は不意打ちにほころぶ空を思い浮かべつつ、後藤の普段の様子を思い返した。
――ハァ?私ペアはきりのんと組むからどっか行って。
――なに私の席座ってんのよ。
――……いい、もう貸した消しゴムあげる。
「……確かに後藤は棘があるな」
万場は「うむ」と大袈裟に頷き、「しかし今の後藤はハリセンボンだ」と言った。
「どういうことだ」
俺が聞くと、万場は「可愛らしいということだ」と言った。
逞しいことに、万場は一度フラれた相手にも諦めることはないらしかった。
ーーー
「――じゃ、私たち帰るわね。出口はあっちで良いの?」
柊先輩が指したのは、入り口とは逆の方の扉だ。分かりやすく「出口」と書かれた段ボールが吊ってある。私はあくまで紳士的に笑って頷いた。
「えぇ、あちらでございます」
我ながら箔が付いてきた気がする。少し気分が上がってきて、私はノリノリで二人をエスコートした。
先に柊先輩が、続いて長髪先輩が出口から廊下に出る。
「お帰りをお待ちしておりますっ」
私がそう言うと、柊先輩は「うふふ、またね、志龍さん」と私の胸の名札を見て言った。流石に女とばれているので仕方ない。長髪先輩はさん付けに驚いているかなと思い、私は彼女の顔を窺った。
「えへへ、可愛かったよ志龍ちゃん」
「……え」
長髪先輩は淀みなくそう言い、私の変装が通じていないことを明らかにした。私は固まったが、二人はにこやかに笑う。
「背伸びしてる中学生みたいだったね!うん、またね」
「あ……はい」
長髪先輩に頭を撫でられ、柊先輩に「青山君によろしく」と言われ、私はただただ頷くばかりだった。
やはり、私が男の子だと言い張るのは無理があるみたいだった。
「――っはぁ!?」
「――お?」
はぁ、と息をつく私の耳に、店の中から素っ頓狂な悲鳴が届いた。
出口から覗けば、そこには驚いたようにのけ反る後藤さんと、さっき入ってきたオタッキーなお客が睨みあっていた。
「――もう本気です!後藤さん!ボクと一日デートしてくだされ!」
「――ふっざけないでくれる!?」
「ほらぁ!ツンデレだもん!」
なるほど、羽目を外しすぎたオタクが暴走しているようだ。
たまに燃えてるタイプのオタク。




