これが……わt俺!?
空ちゃんの心理描写が多くなっているのはそういうパートなので、見逃してください。
次からは会話も増えますので。
女の子はいつだっておしゃれだった。と思う。
俺が女の子の私服を見る機会なぞ、修学旅行とか大人数で遊びに行った時くらいだが、そんな時でも女の子は男子のようにジャージで来ることは無く、名前も知らない種類の服で着飾っていた。
それは当然、数多くの候補から選ばれていたもののはずで……それを今まで行ってきた彼女らは簡単に止まらなかった。
もはや修羅と化した母さん、夏生、柳さん、日比谷さんを止める術は無い。大人しく試着室の前でTシャツ一枚で待機する。
ちなみにさっき買ったブラは着けろとのことで、一番地味なのを選んで着けた。コツがあったらしく、人生二度目の女子トイレで柳さんから手ほどきを受けた。今日だけでどれだけ柳さんと触れ合う気だろうか、俺は。彼女のファンの男子らに呪われそうである。
「そ、空ちゃんっ!これ、これはどう!?」
「なんで日比谷さんはさっきから妙なのを取ってくるの!?着れないよそんなもん!」
「えぇっ、に、似合う……と、おもうなあ?」
「似合ってもそんなの着れないって言ってるだろ……」
日比谷さんは肩を落としているが、彼女の手の中にあったのはスケスケの丈の短いワンピースだった。彼女はどういう想定の下で服を選んでいるのか。さっき持ってきたのは薄ピンクのこれまた透けたネグリジェだったし、その前は腰当と見まがうミニスカだった。日比谷さん自身は三つ編み眼鏡の委員長キャラだというのに、何なのだろうか、この残念感は。男だったときは常識人と思っていたのだが、どうやら同性には割と開けっ広の性格をしているらしい。
見かねた柳さんにチョップを喰らい、「真面目にやんないとリーゼントにするぞ」と脅され大人しくなっていた。次のはまともなことを祈るばかりだ。
「じゃ、次はこれね」
「あぁ、うん」
そんな柳さんの手には、新しい服が握られていた。真っ白なワンピースだった。生地もさっきより厚い。
「おわ、ワンピースだ」
それもまともなものだ。間違いなく膝まで丈は届くし、肌の色も隠れるだろう。
それに、シンプルなデザインなのも安心材料だった。
「そ、チュニックとかカーディガンとか渡しても反応薄かったから、清純派で攻めてみたよ」
「いや、あんな一気に渡されて戸惑ってただけだから。……わかったよさっさと着るから、そんな期待した目で見ないでくれ」
彼女に限らず、服を渡してくる皆はすごく期待した表情を浮かべている。それがどうにも慣れなくて、どこかやるせない思いで着替えている。
俺は視線から逃げるように試着室に入った。
「んしょ……ワンピースは楽だな、被るだけか」
ふんわりとしたデザインが体を覆う。締め付けるわけでもない感触が楽だった。
「……これは」
ちらっと鏡を見やる。さっきまで見ることに徹していた夏生にせがまれてさっさと出ていたが、そういうわけでもない今、鏡をじっくり見る余裕があった。
鏡には、純白のワンピースを来た明るい雰囲気の女の子……つまり俺が立っていた。元は男だといっても信じられないくらい女子の俺だが、目元は確かに変わらなかった。
母さんに似たそれは間違いなく俺ので、それが今や女の子としてあるわけで……。声だって可愛らしいし、俺だってこんな子を嫌いになれるわけがない。それは男子目線から可愛いということで……。
俺は自分の好奇心がむくむくと湧き上がるのを感じた。
「――こ、これが……わた……っ!!」
「私」という一人称は、何も女性ばかりのものじゃない。男性でももちろん使う人はいるし、高校にも……まあ、変り者であれば偏在する。
だがオレは使ったことがない。なんだか自分から女子になりに行くような行為な気がして、オレは慌てて閉口した。
「大丈夫、俺は普通、ノーマル、日本男児。これしきの事で靡きはせぬ」
鏡を見ながらこんな口ぶりで話せば、さっきまでの女子フィルターも大人しくなった。なんて残念な口調なのだろうか。呆れからため息が出る。
「空ちゃーん、まだー?」
「あ、ごめん。すぐ出る」
落ち着いたオレはカーテンを開けた。そこにはいつの間にやら全員が勢ぞろいしており、なにかの見世物のような趣だった。
「あら……いいわね、母さんの若いころを思い出すわ」
「お姉ちゃんやばっ、写真撮らせて、写真」
「私の目に狂いはなかった」
「……一緒にデートに、行こう」
「いかないからな……はぁ」
一部の感想がおかしなことを除けば、おおむねウケたようである。男であるオレがこういう形でちやほやされるのは複雑以外の何物でもないが、罵られるより気は楽なことだ。日比谷さんの手を振りほどくのには苦労したが、そのほかにも数点反応の良かったものを購入して、服選びは終了となった。
時間にして二時間の攻防だった。金輪際、服は断固通販で買うべきである。シンプルなワンピースに頼りなさとこそばゆさを感じながらオレは決意した。
さて、その場の流れでワンピースのままオレは店を出たのだが、そのせいで落ち着きを失っていた。
男子諸君、女々しいと笑うことなかれ。母さん以外全員制服の集団の中にあって一人、ただの私服が混ざっているのだ。この上なく浮いている。そしてそれ以上に、この純白のワンピース、ひらひらと頼りないばかりか、濃色をよく通すのである。これ以上なく――あるかもしれないが、映えているのだ。ボクサーパンツが。燦然と。
「お姉ちゃん……ぷふっ」
「兄を笑ってくれるな妹よ。さっきから視線が痛い……普通に周りの人にも笑われてそうなのに……」
「かなり浮いてるもんねぇ」
夏生は笑いを収める気配もなく、オレは項垂れるばかりだ。その場の空気で服を選んだばっかりに……。
母さんの「じゃあさっき買った下着にでも着替えてきなさい」という言葉に、特に反抗することなく頷いた。
そして――。
「俺は馬鹿か……」
場所は女子トイレの個室。女性用下着に手をかけたままオレは項垂れた。
女子トイレに躊躇いもなく入り、個室へ入って鍵を閉め、さっさとボクサーパンツを脱いで女性向け下着を手にした一連の流れ。それは迷いなく清らかな流れで行われていたのである。男心を内に宿し、いずれは筋骨隆々の益荒男にならんばかりのオレにとってはひどく倒錯した行動だった。
益荒男にはなる予定はない。時代は細マッチョである。
「なんで制服を持ってこなかったんだ……」
制服に着替えれば、胸の下着すら外して出て行けたはずなのに、さっきはそれに思い至らなかった。不覚である。
「……まぁ、焦ってたから、かなぁ」
オレはそう納得することにする。妙に布面積が狭く、股間に密着する下着に違和感を覚えこそすれ、ワンピースの上に透けないことを確認して胸を撫で下ろしたのだった。
ーーー
少しばかりの調整を終えた制服を受け取り、柳さんと日比谷さんを家に送り届けた後。
オレはベッドに身を預けて悶えていた。
「何なんだ今日はぁぁぁ……」
男子からは変な目で見られるわ、可哀そうだからって女の子たちとつるんで「確認」されるわ、女性陣から着せ替え人形にされて、あろうことか「私」などと。
想像以上に違った。明日どうなっているのかすら予想もつかない。周りも、自分すらも……。
「あれ、まじで本気かよ?」
思い返しても恥ずかしいのは、自分を私と言いかけたり、ためらいなく下着を履き替えようとしたことである。今では「そんなことはない」と鼻で笑えるが、無視しようとしても、あれをやったのは本当なのだ。
ジクジクと胸に、魚の小骨のようにとどまり続けた。
「俺は、俺。志龍空だ。男で、陰キャ」
男の与件とは何なのだろうか。息子か?振るまいか?気持ちか?しかし、男らしくしろなんて言われたら、男時代のオレは男なのだろうか。親切な人が関の山な気がする。
同じ問いが頭の中を駆け回り、摩擦で熱を持ってきた。
「……まあ、いいか」
オレは長いものに巻かれると決めた。
体に合う制服も買ったし、下着や私服だって不本意ながら用意した。まあ、人事は尽くしただろう。オレは伏して天命を待つ。あわよくばオレに平穏を。
まあ、柏木さんたちには悪いから、無理に付き合ってもらわなくていいとは伝えなくちゃいけないな。
それだけは決めると、オレはゲーム機を起動した。
僕はチュニックが好きです。
総合評価300越えありがとうございます。