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男子やめました  作者: 是々非々
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必殺の男装女子

こんな時間に更新を!?

 私はまだぼんやりする頭を振りながら登校した。廊下からでも賑やかさが伝わる教室に入ると、後藤さんの隣に立つ桐野さんが「あ!」と声を上げた。私は何用かと思いつつ、カバンを自席によいしょと置いた。


「どうかした?」


 私が聞くと桐野さんはしきりに頷いた。


「志龍さん、志龍さんって今服のサイズはなに!?」


「ひゃ、150のだけど」


 勢いよく聞かれた拍子に、私はすっかり慣れきったサイズを素直に答えてしまった。「よかったー」なんて手を叩く桐野さんを訝しみながら、私はニコニコ顔の後藤さんや自分の服のサイズを確認する紬の顔を見回した。


「え、どうして?」


 今日は朝練が無いらしい紬は、コーンマヨパンなる惣菜パンの袋を開けつつ口を開いた。


「はむ…………もーすぐ文化祭だろ?空の衣装も調達しないとだからさ。体型似てる小杉の制服借りて確かめとこうって」


 小杉というのは照井と同じく柔道部の男子のことだ。部でも1番の小兵とのことで、いつもその身長の低さをいじられている。本人は30センチほどの体格差をものともせずに背負投げを決める名手とのことだ。

 私はムスッとこちらを見る小杉によろしくと小さく手を振った。小杉は剃っているのかと聞きたくなるほど鋭い眉をピクっと動かし会釈した。


「ま、それはお昼休みの後でしょ?」


「そうだね〜。今日は五限がロングホームルームで良かったよ」


 文化祭を控えたこの時期、星ノ森高校は学校をあげて張り切り出す。六限以降は文化祭準備に割かれるほどの気合いの入れようが五日ほど続く。今日は幸いにもロングホームルームが五限にあるおかげでいつもよりも準備に時間が取れるというわけだ。

 私は自分が紛するという執事の概要を聞きながら、他のちんまい男子とそれを回し着ることにこそばゆさを感じるのだった。


 ーーー


 文化祭まであと三日となった月曜日の今日は、みんなも週が明けて現実味を帯びてきた文化祭に浮かれてくる頃だ。

 隣のクラスは次第に妙な雰囲気を纏いだし、うちのクラスでは密かに教室内でワックスや化粧品が消耗されてゆく。私はここ最近持ち込まれたプロジェクターカーテンに囲まれながら、男子の制服に袖を通した。姿見を見れば、肩幅の過剰な制服に着られる私がいた。

 男に戻るなんてことは無い。


「空〜、終わった?」


 カーテンの向こうから由佳が声をかけてきた。


「終わったよ〜。ちょっとブカブカだけどね」


 カーテンから出れば、割とみんな気になっていたのかクラスにいるみんなが見てきた。口々に「やっぱ違うな」「彼シャツ的になる」「コスプレ感あるな」と言った。

 彼シャツという響きに私は一瞬青山を気にしたけど、彼は黙々と紙に何かを書いている。恐らくメニュー表だと思われる。私はすぐに目を逸らした。

 何しろ私と青山がそういう関係というのは、万場経由でクラスに広まりはしたものの公然の秘密となっているのだ。おかげで生暖かい目に耐えることもしばしばであるので、いつか堂々と宣言しないといけない。


「やっぱ今のままじゃ肩とか色々足りないね〜」


 由佳がブレザーの肩をつまみながら言った。私の骨が足りないばかりに、そこには布地だけの空洞がある。最近伸びてきたもみあげの辺りの髪の流れを気にしていると、由佳は私をその辺の席に座らせた。


「よし、今からオトコの娘にしていくよ〜」


「言い方に含みがあるなあ」


 私の髪の間を縫う櫛に気持ち良さを感じつつ、私は由佳に命運を任せた。私には使えないワックスやまつ毛を書く謎のペンを走らされながら、眠気のような熱気のような感覚に身を委ねた。


「おぉー、すごい。空今変身してるよ、変身」


 横で何かを食べているらしい紬の声がする。意外に女子力の高いギャル系女子の船橋さんと坂田さん作の渾身のスコーンを食べているのだろう。矢田さんは大きな声で「豚汁!」とメニューを発案して以来発言権を喪失している。

 一方で私は由佳によって髪をうなじの辺りでまとめられ、顔に色々と塗られている。かなり薄めではあるが。

 みんなが作業する音を遠くに聞きながら、私はメイクが完了するのを待った。


「――はい、できたよ」


「おぅふ」


 ぼーっとしていた所を肩を叩かれて起こされた。私はふらつく頭を振って意識をハッキリさせると、目の前にかざされた鏡を見た。


「……おぉ」


「どう?結構自信あるよ!」


 スマホで「誰でも出来るオトコノコメイク!」なるサイトを開いていた由佳は力いっぱい笑った。

 鏡には右側だけ流した前髪がセクシーな、中学生くらいの男の子っぽい人物がいた。化粧とはかなり人を化けさせるものだ。立ち上がって姿見を見てみても、背伸びして大きめの服を着ている男の子に見える。


「……男の子か」


 もし歳を重ねるごとに男に寄っていったりしたら嫌だなとふと思う。このまま、このまま、ゆっくりと。

 世の中男女を分けるものは数あれど、どうしても男寄り、女寄りの人たちは存在する。

 頭がぐらぐらしてくる。

 私は元男だし、ばあちゃん仕込みで仕草に気を配っていても、どこか崩れてきているんじゃないのか。もし男っぽくなれば青山に見放されるかな、なんて思考も湧いてくる。なんでこんなことを考えてしまうんだろう?私は熱っぽい頭を振って変な思考を振りほどく。追い詰められているからか、夢であったように足元が揺れた。


「空っ!」


「……あえ?」


 耳元で由佳の声が聞こえる。不思議なものだなあとぼんやりした意識でいると、ひんやりした由佳の手が私の額に乗せられた。


「やっぱちょっと熱あるよ、空。ごめん気が付かなくて」


 心配そうに眉を寄せる由佳は、近くにいた紬と一緒に私を担いで並べた椅子の上に寝かせてくれた。私はと言えばぼんやりした頭で自分が寝汗のせいで風邪をひいたのだと事態を飲み込み、ますます増してくる熱っぽさに本格的な風邪だなぁと感じた。ネガティブな思考も、風邪のせいに違いない。

 遠巻きに葛城先生の「大変、早く帰らないと悪化しますね」という声を聞きながら、じゃあこの制服は小杉に返さないとなとぼんやり考えた。


「わ”---っ!!空、なんでズボン脱ぐの!?誰かカーテン、カーテン持ってきて!!私抑えとくから!」


「……あ、そっか、だめか、うん」


「ほんとにわかってんのか!?」


 紬に抱き付かれながら私は露出を免れ、薄ピンク色のカーテンに囲まれながら制服を着替えた。ハンガーに吊るされて冷えてしまった制服は、風邪の私には心細いものだった。みんなが自分のブレザーをかけてくれたが、寒気は止まることは無かった。


「志龍さん、今ご自宅に連絡したので、すぐにお母様が迎えに来られるそうだから。誰か志龍さんの荷物をまとめてあげてくださ~い、あと、保健室に行きましょう」


 葛城先生がしゃがんで私と目線を合わせて言った。私は精一杯頷くと、保健室に向かうべく立ち上がった。一日放っておいたせいなのか、私はまるで頭が波に揉まれる葉っぱのように揺れている気がした。半目でぐらついていると、誰かの胸板にぼふっと着地した。


「ぁ……ごめん」


 私が胸板の主を見上げると、青山と目が合った。彼は無言で頷き、周りにも会釈すると、私のことを横抱きにした。ぼうっとした頭では、それ以上のことは分からない。何となくそれが嬉しくて、私は彼の胸にほおずりした。


「……なるほどぉ。じゃあ青山君は志龍さんを保健室までお願いしますね。お母様がいらっしゃれば呼びに行くので、その時も運んであげてください」


 葛城先生はそう言うと、私の荷物を持ってくれた。荷物をまとめてくれていた由佳や紬に手を振れば、青山は男子たちからの野次を背に教室を出た。

 賑やかな廊下を横抱きにされて進むというのはやけに目立つ。私は視線が恥ずかしい気がして、目を閉じて青山の方に顔を向けた。耳からは「付き合ってるのかな?」「大胆だな」なんて聞こえてくる。恥ずかしいやら熱っぽいやらで、私の耳の温度は過去最高となった。

 やけに揺れの少なかった階段を抜けて一階につけば、保健室はすぐそこだ。葛城先生が開けてくれたドアをくぐれば、保健室医の森岡先生がお茶を飲んでいた。


「アラアラどうしたの?」


 森岡先生が心配そうに言えば、葛城先生が応対した。


「どうやら熱があるらしくて……すみませんが、熱を測ってしばらく寝かせてあげてください」


「分かりました。……て、誰かと思えば女の子になっちゃった子じゃないの。すっかりおめかししちゃってまあ……あ、カレシ君はちょっとそこの椅子にカノジョを座らせてあげて」


「……あ、はい」


 おばちゃん独特の勢いのある指示に葛城先生も青山も大人しく従い、森岡先生は「んもう、冗談も通じないワケ?」と言った後に、青山にきょとんとした顔を向け「……あら、冗談にならなかったわけね!」と無邪気な笑顔を浮かべた。


「……」


「……」


 私に向かって葛城先生と森岡先生が立ったが、私の前で立ったまま何もする気配がない。どうしてかなと見上げれば、二人は青山の方を見ていた。


「……青山君、気持ちは察するけど、ちょっとはけてようか」


「良い男は察するもんだよ」


 青山は二人に睨まれると、「あ」と声を上げて私から目を逸らした。


「すみません。外で待ってます」


 青山は綺麗な姿勢で礼をすると、足早に保健室から出て行った。待ってると言ったので、入り口の近くで佇んでいるのだろう。私は別にみられて良いけど、流石に先生の前だと具合が悪かった。

 寒気の走る肌を外気に晒しつつ、私は脇に体温計を挟んだ。隣には葛城先生が座った。


「……志龍さん、志龍さんは今幸せですか?」


 彼女はふとそんなことを呟いた。


「うーん……風邪でやな感じです」


 私はよく考えもせずにそう答えると、葛城先生はクスっと笑った。


「ふふ、最初はどうなるのかとも思いましたけど、志龍さんが変化との折り合いをつけてくれていそうで安心しました」


「あ、変化……」


「大丈夫ですか?」


 葛城先生は確かめるように聞いた。私は少し逡巡し――


「大丈夫ですよ、みんないますから」


 ――そう呟いて笑って見せた。

 大丈夫だよね?という夢の残滓に迷いを覚えながら。


 ーーー


 母さんが車で迎えに来たというので、私は再び青山の荷物になった。今度は彼の背中におぶられた。

 最近よくこうなるなあと思いながら、私は自分の身体の意外なもろさを知った。未だに自分の身体への過信は拭えていないのだ。


「……なあ、空」


 葛城先生が職員用の靴箱に向かって別れた後、青山はふと口を開いた。


「なに?」


「大丈夫か?」


「ん。大丈夫。38度あったけど」


「大丈夫じゃないじゃないか」


 青山は私のローファーを出してくれた。


「平気だって、すぐ治るからさ、大丈夫」


 自分なりに気丈に笑うと、青山はくしゃりと私の頭をなでた。


「また見舞に行く。安静にしてろ」


「……うん」


 青山は良いやつだな。そう思って、私は彼の制止を振り切ってカバンを担いだ。

 母さんの前で、しおらしくおんぶされてたら恥ずかしいだろ!私の必死の主張は、青山にカバンを没収され手を繋がれることで了承された。


「……ま、待ってるかんな」


「あぁ、行くから安心しろ」


 私は彼に相談することが増えた。風邪にかこつけて悪夢の弱音を聞いてもらおうだなんて甘ったれたことを考えながら、私は後部座席で寝転んだ。


「あれが青山君?男前じゃないの~」


「……うっせ」


 母さんの言葉には、まさか否定を返せるわけも無かった。

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