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男子やめました  作者: 是々非々
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西出突貫

 私たちがだんだんと大きな動物がいる区画に近づいていくにつれて、いつの間にか私は青山の横を歩いていた。もちろん楓は勝山と並んでいて、西出は皐月に近づいている。

 まあ私としては文句ないのだが、どうしてこうなっているかは西出の勇気によるところだ。


 それはほんの少し前に遡る。

 私たちが紹介されている動物を全部見つけることに躍起になっていると、突如沈黙していた西出が声を上げた。


「――なあ皐月!一緒に回ろうぜ!」


「――あ?」


 西出がかけた声に返った皐月の声は、不機嫌なのかと聞きたくなるほど低い声だった。が、たちまち皐月はいつもの調子に戻り、「どうしたの?」と小首をかしげた。

 対して西出は強張った顔で坊主頭を掻いた。


「あー、やっぱそっちの二人はデートしたいかなと思って」


「……ふーん」


 西出がそう言うと、皐月は低調な声でそう言った。西出越しに勝山が渋い顔を浮かべ、青山がそこら中を歩いている鹿と戯れている。

 さては西出、日和ったな。しかしどうしようもないので、私は楓と目配せして、大人しく男子たちの方についた。青山と一緒に鹿を愛でる。


「……まあ、そういうことなら良い。とりあえずこっち来て」


「お、ちょっ!?」


 皐月は西出のシャツの首元を引っ掴むと、ぐいぐい引いて私たちから離れていった。遠目に見える位置で、彼女は西出に何か言っているらしい。何を話しているんだろうなと思いながら鹿の背を撫ぜていると、横で勝山がスマホをスピーカーにした。


「西出通話繋いでんだ」


 私が言うと、勝山はニヤッと笑って頷いた。


「西出は日和ったが、本当ならあいつが連れ出すって話だったからな。そいで良い所まであいつが手ぇ繋いで告るって寸法だったわけよ」


「なるほどねえ」


 私たちはそそくさと道路わきのベンチに向かい、四人で仲良くスマホを囲って二人の会話に耳を傾けた。


『……で、ホントに四人に気を遣ったってこと?』


『――まあ』


 私たちが聞いていないうちに、話はなぜ西出が皐月を連れ出したか確かめるような流れだったらしい。奥歯に物が挟まったような西出の返しに、私たち四人はため息を漏らした。


『ふぅん。ソウも気遣えるようになったんだ。ふーん』


 皐月はしきりに呆れたような声を上げ、西出は返しあぐねているらしい。


『な、なんだよ』


『別に』


 やっと返した西出の言葉は、即座に皐月に封殺された。幼馴染だし、受け入れて良い相手らしいし、皐月にも思うところあるらしい。


『まあいい。でもあっちにいたらカップル共の空気感で居づらいだろうし、変な目でも見られるだろうから、知り合い二人は知り合い二人で回ろう』


『あ、ちょっと待てよ!』


 遠まきに『さっさと追いかけて来たら?』と聞こえ、二人の方を見ると皐月はさっさと先に進んでいた。

 西出はすぐに皐月を追いかけることなく、スマホを取り出して耳に当てた。


『……やらかし?』


 西出は控えめにそう言った。


「お前日和りすぎだ!いいか、出るまでに手ぐらい繋げよ!一番バッターが見逃し三振はご法度だぞ!!」


 勝山がそう威勢よく返し、西出は『ッシャオラァ!』と言って勇ましく通話を切った。


「……で、どこまで行けると思う?」


 楓の問いに、勝山は即答した。


「寸止め」


 ーーー


 さて、西出を快く見送ったところで、私たちも見物して回ることにした。そろそろこのサファリも目玉動物のゾーンに入る。

 奈良市街地よろしく鹿やらなんやらがたむろする一帯を抜ければ、キリンやらゾウやらサイやらが暮らす辺りに入るのだ。ベビーカーを押すパパさんから彼女と肩を組むボーイ、走り回ってママさんに金切り声を上げさせるやんちゃ坊主を眺めながらも、私と青山はゾウが器用に鼻を使って餌を食べているのを見守っていた。


 ――不意にきゅぅ、とお腹が鳴いた。横ではぐうぅと大きな音が鳴る。


「……猫で飯を食い損ねたな」


「子猫でお腹は膨れないからね」


 私と青山は揃ってゾウに羨望の目を向けた。今も口いっぱいに干し草を頬張っているところだ。私たちはお腹をさすりつつその場を離れた。

 空腹だからか昼前までの元気もなく、のそのそとゆったりしたペースで歩く私たちはすっかりみんなに置いて行かれ、「後でサファリ前で落ち合おう」というメッセージを頂いた。


「サイよ、サイくん、私たちに肉を恵んでくれぇ~」


「動物園で言うことじゃないぞ、志龍」


 ふらふらとたどり着いたサイの前で、私は音を上げてダウンした。こちとら夏は運動不足で、体力など全て置いてきた。よって日陰でくつろぐサイに倣ってベンチで休むことにした。

 私たちは並んでベンチに腰かけた。


「いやあ間抜けだよねえ。お昼食べそこなうとかさ~。餌付けはしたのにね!」


「猫は化け猫になるからな。もしかすると人を引き付ける何かがあるのかもしれん」


「あは、なにそれ」


 珍しく青山が冗談を言ったので、私は楽しくなって笑った。

 そういえば、いちゃつくとはこういうものなのか。いや、確かに席は隣になってよく話すようになったし、いろいろと密着は済ませたわけだが。


「――よし、青山……いや、仁!」


「な、なんだ、どうした志龍?」


「ノン、ノットファミリーネーム!」


「……空?」


 私は戸惑う青山に挑戦状を叩きつけることにした。

 仁が控えめだとか、言っても元男、堂々といちゃつくのは私が負い目を感じるだとか、そういうものを振り切らねばならない。なぜかって?このただ物静かな岩のような男には私にぞっこんになってもらわねば困るからだ。

 反応に困っている青山に、私は胡坐をかいて横を向き、恐らく挑発的に笑っているであろう顔を向けた。


「ここはカップル……いや、恋人らしくいちゃつこうじゃないか」


 私がそう言い放っても、青山はただ動きを止めるだけで大きな反応は示さなかった。


「…………まずなんだが、なぜいきなり下の名前で?」


「不満?」


「いやそんなことはないが」


 私が首を傾げると、青山はすぐさま訂正した。そして彼はすぐさま二の句を継いだ。不満はどうやらないらしい。あられても困るが。

 しかし一方で、青山はまるで不思議がるように眉を少し寄せた。


「……いちゃつくといっても色々だが、何がしたいんだ?」


「何……」


 私は答えに窮した。つまるところ何も考えていないのだ。ITYATSUKUとはいったい何をするのか。盛大に声を上げながら抱き着きあってる向こうのチャラいカップルみたいにすればいいのか。……いや、それは無理だけど。私は胡坐をかいたまま固まった。


「……何もないのか?」


「……お恥ずかしながら。なんかない?」


 私は無策に突貫しただけになった。相談役兼彼氏の青山に聞けば、彼もまた腕を組んで唸った。

 そして何かを思いついたのか、私に「普通に座ってみてくれ」と言った。


「こう?」


 私は何の変哲もないベンチ座りをしてみせた。青山は「そうだな」と言って少し座りなおす。彼は私と肩が触れ合うくらいの距離感に着地した。体格差的には彼の二の腕と私の肩がぶつかり合うのだが、もうその事実には目を背けよう。

 私がかつてない距離感に戸惑っていると、青山は無言で私の肩に腕を回した。反動で私が傾き、すっぽりと彼の懐に収まるような恰好になる。


「おさまりが良いな、うん。志龍は苦しくないか?」


「……ない。ないけど恥ずい。二分だけにして」


「……二分か」


 私がそう言うと、青山は拒否せずそう言った。しかし私を懐に忍ばせたいとは、青山も中々変わった趣向をしているらしい。

 ……結構強めに抱きしめられてるな。


 私はふと自分が男だったら?と考え、女子を抱きしめるというのは結構……いやかなり思い切ったことなのではと気付いて、拒否はしなかったが身動ぎはした。

 結果、さらに青山にもたれかかることにはなったのだが。私はしばらく青山に押さえつけられ、遠目にサイを見ながら「お前はいいなのんびりできて」と悪態をついた。

 私は落ち着きを失っているんだぞ。

 空腹はどこへやら、私は緊張で胸までいっぱいいっぱいになった。

三連休はすべて潰れる、それがサカの掟。

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