家猫
ひとまず調子を取り戻した私と青山はその後、プラプラと園内を歩いて回った。
「……よし!行こう!」
私がそう言って手を差し出せば、青山はすぐさま手を取ってくれた。
ヤギのコーナーから立ち去った私たちは、しばらく草食の動物を見て回った。あまり大きな動物がいないなあと思っていたが、そういうのは別の所にあるサファリにまとめて入れられているらしい。昔ここに来た時はそんな風だったかなあと、私は小学校の時の記憶を思い返しながら、のんびりと日に当たるカピバラを見つめた。
「……」
「……どうかしたの?」
私の横で、青山もどこかを見つめてボーっとしていた。彼の視線の先には、「犬猫赤ちゃんコーナー」なるものの看板が立っていた。イベントとかで利用されるような建物で行われているらしい。
「猫だね」
「猫だな」
私と青山は特に何かを相談するでもなく、その建物に歩みを進めた。
そして私たちを待っていたのは、プラ板で仕切られたブースの向こう側にいる、ぽふぽふとした毛玉が走り回る様子だった。犬猫や品種ごとにブースは分かれているようだったが、それ以外は何も分けられることなく、おもちゃで無邪気に遊ぶちんまい毛玉が沢山いた。
「お二人様ですかー?大きな音を出したり、カメラのフラッシュはたかないようにお願いしまーす」
近くに待機している動物園スタッフの注意を受けてからブースに近づくと、虎柄の子猫がよちよち歩きでミィと鳴いた。
「――かわいい」
「……そこにベンチがあるぞ」
私はふらふらと青山と一緒にベンチに並んで腰かけると、一メートルほど先にいる子猫たちを眺めた。
「……いいなあ、やっぱ猫いいなあ」
私は昔近所の野良猫に引っかかれた辺りをなでながら言った。あの三毛猫も不愛想ながらに愛嬌のある猫だった。今はもういないだろうけど、あの頃は叶うならペットにしたかったものだ。
「そうだな。デカい猫なら何匹か面倒見てるが、子猫は子猫で良いもんだな」
「えっ、何その話」
私が青山の袖を引くと、青山はこちらにちらっと振り向いた。
「庭の俺の盆栽棚に、昼になると猫が集ってくるんだ。半分飼い猫みたいなもんだな。父さんがそいつらを捕まえて動物病院に連れてったりしてた。休みとかはよく猫を見ながら素振りする」
「おぉ……なんか……」
筆舌に尽くしがたい奇妙な光景が私を追い立てた。猫が寝る横で一心不乱に竹刀を振る青山を想像しても、とても同級生の生態とは思えないものだ。まあ、青山だしいいのだが。
「……でも猫がいるのはいいなあ。私、いつか飼いたいんだよねえ、猫」
「たまに言ってるな、猫が好きとか。今は無理なのか?」
「無理だね。妹がアレルギーらしくて」
夏生が小学生の頃、一緒にコンビニに寄った帰りに野良猫に遭遇し、夏生がその自慢の身体能力で猫を捕まえたのだが、帰るなりそこら中が痒くなったりくしゃみが出始め、彼女が猫アレルギーなのだと発覚した。私の家猫計画はそこで潰え、現在凍結中なのだ。
「……じゃあ、今度家来るか?」
「……へ」
家に、行く。
私はしばらくその言葉の意味を考えつつ、合点がいって心臓を掴まれた。
「……いっ、行きたい!」
「お、おう。そうか、それなら来いよ」
「おう!」
私は来たる猫に触る……もとい、青山の家に遊びに行く日を楽しみにしながら、こてんと転がる子猫を見つめた。いつの間にか青山も猫の方を向いていた。
楽しみだな~と緩んだ頬を眺められたくなかったので、私としては好都合だ。耳の赤い青山に笑いながら、私は密かにホッと息をついた。
ーーー
「……で、結局猫を見てたら集合にも何にも気づかなかったと」
時は流れ、お昼過ぎのサファリパーク近くの園内地図の前で、楓は私と青山にジト目を向けた。西出と皐月は少し距離を開けて並んで立ち、勝山は楓の横で団扇を仰いでいる。
「ご、ごめんなさい」
「すまん」
私と青山が謝ると、楓は「まあいいけどね」と言って、勝山と並んで西出と皐月から距離をとるように私と青山に近づいた。
楓と勝山はそれぞれ私たちを挟み込むように、楓は私に、勝山は青山と肩を組んで顔を近づけた。
「二人がのんびりしてるうちに、西出も皐月も面白くなってんだからね」
「えっ、何かあったの?」
私が聞き返すと、楓は猫目をいたずらに光らせた。
楓によれば、西出と皐月は遠目にはカップルみたいに動物園を回っていたらしい。珍しく皐月がリードするような様子だったらしいが、おおむね狙い通りにいっているらしい。
ところが、楓は何やら不服らしい。口元をへの字に引き結んで鼻息を吹いた。
「でもねえ、私らが『行け!』つっても西出が手も繋がないんだよね。皐月の反応は気にするなって言ってもやんないの。私たちの周りはどんだけじれったいのが多いのってね」
楓は私を見ながら言った。私はあえて取り合わず、「皐月はオッケーっぽいのにね」と返した。
「まあとにかくだ、とりあえず俺たちで西出には言っとくからよ、日比谷にも反応聞いといてくれよ」
そう言って勝山と青山は西出と皐月の方に歩いて行った。勝山のやつが「遅刻で後で青山がアイス奢るってよ!」と、話していた内容が遅刻の件だとけん制した。
「やあ、遅れてごめんね」
「いいよ、別に。どうだった?青山君とのデート」
「……良かったよ、結構」
皐月はいつもの落ち着いた声で言った。私は前に言ったおうちデートなるものの約束が出来て満足しているのだが、今それで盛り上がるのはよそう。
男子たちが行かないのかとこちらを見ているので、私たちは話を切り上げてサファリに足を踏み入れた。
この動物園のサファリは人気がある。サファリバスで園内を一周するもよし、自転車を借りてサイクリングがてら動物を眺めるもよし、草食動物しか見られないものの、歩いてのんびり見物するもよしの名スポットだ。家族サービスのお父さんから熱烈に距離を縮めようとする男女たち、はたまた夢と希望しか見ずに毎日奔走するちびっ子たちに人気の。
そんなスポットで、私たちはあろうことか男女別れて散策していた。女子が前を行き、男子がそれを追う形で広々とした園内の最初のスポット、やたらに尖った角を持つ、異国のヤギの岩山の前を歩いていた。
「……で、西出君とはどうだったの?」
楓が聞くと、皐月は少しむくれてこちらを睨んだ。
「……やっぱり変なこと考えてた」
「あは、ダメだった?」
皐月はそう言われると、少し沈黙した後、「……別に」と言って目を逸らした。
「満更でもないの?」
私が聞くと、皐月は黙って私の頬を突いた。「うげえ」と呻くと、皐月は「ちょっと不満」と言った。
「ほほう、皐月は西出君の何が不満なの?」
「そういう言い方、良くない。私は、西出が何か変な空気にしてくるのが気になってるだけ」
「変な空気?」
私が聞くと、皐月ははぁ、と大きなため息をついた。
「なんかやたらにキメ顔?みたいなのしてくるし、荷物持とうかってしつこく言ってくるし、会話に変な間があるし、ちょっとキモい」
「辛辣ぅ……」
ちらっと楓を窺うと、楓も目を逸らしがちににが笑いを浮かべていた。
西出よ、もっと自然に来れないのか。男の格好つけは時に毒になるのだなぁと、私も女子の前では気持ちキメ顔気味で歩いたかつてを思い返し、青山がそういう素振りをしたらいじってやろうと心に決めた。
そんなことはさておき、皐月は「まあ」と柵に体を預けた。
「とりあえず、見よう。せっかく来てるんだし」
「そだね、もったいないし」
「西出の話はいつでもできるからね」
私たちはだだっ広い柵に囲まれた動物たちを眺めた。楓の撮影のもとで自撮りしたり、オリックスだのブラックバックだのといった動物の名前が書かれたプレートと実物を見比べて、どこに何がいるのかと探したりしていた。
「このローンアンテロープってどこにいるの」
「わかんない。オリックスが多すぎる」
「……あそこの水場の辺り、かな」
皐月の示す先には、のんびり水を飲む鹿的な動物がいた。
「おおお!いたいた!コンプだコンプ!」
「やっと次行ける……」
「いぇい」
私たちがキャイキャイ言いながら進みだすと、後ろからさっきまで何かを言い合っていた男子が付いてきた。
勝山と青山が西出に後ろから何か言っているみたいだけど、何を企んでいるんだろう?
いやぁ、遅筆すみません。




