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男子やめました  作者: 是々非々
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観察デート

久々に連日できたよ。

 本日の天気は快晴、最高気温は25度、心なしか肌のノリが良い絶好のデート日和である。

 何を隠そう本日は、九月の三連休の中日で楓の言ったデートの日なのだ。


 今日の私は男だった頃、オタクチックになりすぎる、このままでは内外共にオタッキーになってしまう、と敬遠していたチェック柄のシャツを羽織っている。身ぎれいにしたら結構かわいいもんだなあと私は感心した。

 深緑のチェックシャツを揺らしながら駅に向かうと、駅の手前の企業ビルが並ぶ交差点で青山と鉢合わせた。高身長な青山は何を着ても大抵格好良く決まる。本日もかつての私のような格安店のものじゃなくて、有名なブランドのロゴが入ったシャツにデニムというシンプルな出で立ちなのにもかかわらず、冷ややかな目と相まってクールに見えやがる。


「よう、志龍。どうした?何かあったか?」


「……な、なにも?」


 不愛想犯人顔のくせにクールとは生意気なと睨んでいると、青山は膝を折って私と視線を合わせてきた。別に何か機嫌が悪いわけじゃないので、私はつい逸らした目を戻して青山の顔を見た。

 恐らく不意打ちだろうなと、勝ちを確信したニヤけ面が浮かぶのを感じた。


「今日もカッコいいじゃん。なんか逞しくもなったよね、やっぱさ」


 ひと夏を越えた青山は、剣道部での猛特訓の成果か以前よりその筋肉が迫力を増していた。ぽすっと彼の肩に手を置くと、厚い筋肉が私の手を押し返した。ぐにぐに揉むと、青山はころりと目線だけ私に向けた。


「……そうか」


 青山は素早く姿勢を戻すと、乱れていたらしい私の髪を払った。


「……志龍は今日も綺麗だな。じゃあ行くか」


「――おうっ」


 一瞬耳元にかかった青山の手を思い返しながら、私は彼の後について信号を渡った。遠目に見える駅のロータリーには既に勝山や西出がいた。

 私は青山の右手を眺めるに留め、彼の背越しに楓たちを探した。


 ーーー


「――動物園とかいつぶりだよ」


 勝山が色々な動物のイラストが描かれた入場ゲートの前で言った。今日勝山が提案したデート先は動物園なのだ。


「あれだろ、小学校の時の遠足以来とかじゃないの?」


 私が昔の記憶を引っ張り出すと、勝山は「それだ」と言った。

 西出がチケットをひらつかせた。


「なあ、行かねえのか?」


「焦んなって、西出。そんなにイルカさんに会いたいかお前は」


「いや……そういうわけでもないがよ」


 西出は勝山にからかわれそうになっていると嗅ぎ取ったのか、すぐに口をつぐんでしまった。その傍らには、楓と一緒に並んでいるようなそうでもないような皐月がいた。


「――じゃ、行こう?」


 楓の一言で、私たちは園内に入場した。


 私たちが住む地域にほど近いこの動物園は、サファリやらイルカショーやら目玉が沢山ある大型の動物園だ。時折テレビの特集が組まれるここは、割とメジャーなデートスポットとのことだ。


 そんなところに来て、勝山という男はあることを企んでいた。


「じゃ、午後にサファリで落ち合おうな」


「おう」


「――え?」


「……そうだな、また後で」


「え?え?」


 動物園に入ってすぐの、黄色やピンク色で飾られたファンシーなお土産屋さんが立ち並ぶアーケードを抜けると、勝山が口火を切った。唯一事情を知らない皐月は動転した様子で、しきりにみんなの顔を眺めていたけど、私は謝りたいのをぐっとこらえて「またね」と手を振った。


 そして残されたのは、西出と皐月の二人だけとなった。

 私は青山と二人で、人ごみに紛れつつも二人の様子を覗き込んだ。


「……悪趣味な気がするな」


 青山が言った。


「……あ、悪趣味だけど、ちょっとドキドキするね」


 私も気取って呆れたかったけど、皐月と西出の様子が気になって仕方ない。二人から話を聞く限り、二人はすぐさまくっつける状態なのだ。私は野次馬根性に正直になり、スマホの通話をイヤホンで聞いた。青山とシェアをして聞くのは、現在西出がチャットのグループ通話に繋いでいる今の皐月との会話だ。

 勝山と楓もそれを聞きつつ、西出にアドバイスを送るとのことだ。私と青山はしないで良いといわれた。「デート楽しんどいて」とのことだ。


『……どういうこと?』


 皐月の声が遠巻きに聞こえる。スマホのマイクではこれが限界らしい。


『まあ、俺も誘われた時に嫌な予感してたけど、ほんとにこうなるとはなあ』


『……はあ。まあいいか。ソウには言いたい事もあったところだし』


「……皐月のキャラが変わったんだけど」


 皐月はいつもの細い声をほぐしたような、いくらか太い声で話し出した。電話口から聞こえる皐月の声は、オタッキーな少女というよりやんちゃしてる女子のような雰囲気があった。

 ちなみに、西出は下の名を総一という。


『……前は、適当な扱いしてごめんな。久々だったのに、昔みたいにさ』


『あー……いや、別に気にしてねーから。俺も変に反応してごめんな』


『……まあ、趣味変わったのは事実だから。いいよ。ところで、これからどーする?』


『……とりあえず、どっか回らね?』


『じゃあ私はそこの鳥のとこ行くわ。ソウはどうすんの?』


『――俺も行くっての!』


 そこで一旦通話は切れた。

 草食動物のコーナーの入り口にいる私と青山は、お互い顔を見合わせた。


「……皐月、あんな子だったっけ?」


「……俺のイメージにはなかったな」


 余りの衝撃により、しばらく私と青山は放心して固まっていたのだった。


 ーーー


「いやー、ヤギもなかなか愛嬌あるもんだね」


 私は柵のそばまで寄ってきたヤギをなでながら言った。青山は近くにあった動物の餌自販機から購入した大きめの丸薬のような餌をポイポイと柵の向こうに放っていた。おもむろに餌を買い始めた時はどうしようかと思ったが、案外動物と触れ合うのは好きらしい。

 以前猫の置物を買っていたこともあったなあなんて思いながら、私は公園の年寄のような雰囲気を漂わせつつある彼に近づいた。


「青山~、餌ちょっと分けてよ」


「ん?別にいいが、どうしたんだ?」


 私は手のひらにぱらぱらと餌を受け止めた。


「いや、あの看板見たらしたくなってさ」


「看板?」


 私が分かるように指してやっと青山は看板に気づいたらしい。看板には手の上に盛られた餌を食べるヤギが描かれていた。動物に手渡しで餌をやる、なんとワクワクすることか。私は期待を込めて餌を握った。


「……俺は遠慮しとく」


「気取るねえ青山。言っとくけど、ここでしかヤギにはモテないんだぜ?」


「お前はヤギにモテたいのか」


 私はふふんと笑ってさっきのヤギに近づいた。握りこぶしが気になったのか、ヤギは首を伸ばして私の右手に顔を寄せた。


「ふふふ~、ヤギさんヤギさんここに餌が入ってますぞ~」


 わしわし首元をなでながら囁くと、ヤギは私の手に鼻息が当たるくらい近づいた。青山はいつの間にかスマホを見ながら私の近くに来ていた。


「欲しいか~欲しいか~、この餌が欲しいか~?」


「――メェ」


 ――れろん


「――っほぅ!?」


 すり寄ってくるヤギに心を奪われ、しばらく手を握ったままだったのだが、ヤギはあろうことか私の手の甲をぬるりと舐めた。ぞわっとする感触が走ったのも束の間、ヤギは中の餌が欲しいのか何度も私の手を舐めた。


「あひゃひゃひゃ!っひぃ!くすぐったいくすぐったい!ちょ、あげるから、あげるから舐めないでってもー!」


 ヤギの下は案外ざらついててぞわぞわとした。よだれで濡れてるのも原因かもしれない。

 くすぐったくて体をくねくねさせながら、私は大人しく手を開いた。ヤギはひと鳴きしてから私の手のひらの餌を食べ始めた。

 ――べろべろと餌をなめとるようにして。


「――あはっ!あはははは!くすぐったいって!ちょ、マジでぬるぬるさせんね!」


 あっという間に餌をなめとられた手のひらは、生臭いヤギの唾液でぬらっと光っていた。


「うひゃー、臭いね。見てよ青山、ぬるぬるだよ、ほら」


「……そうだな……うん、水道ならあっちだぞ」


 青山は顔を逸らしていった。私は出したぬらつく手のやり場を失い、あまり構ってもらえなかったことにいじけつつ、木製のテーブルベンチの端にあった水道で手を洗った。

 ……臭い、ぬるぬる。


「……違うからね!?!?」


「……知らん」


 私の大声の訂正に返ってきたのは、小さな絞り出すような否定だった。

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