勝山圭吾の提案
どうやって面白く持っていくか悩んでたら遅れました。
私はやけどを負った口内をお冷で冷やしながら、みんなの顔を見回した。
夏休み中に口調のことは明かしたんじゃなかったのか、そう思っても無理は無いけど、気恥ずかしい気持ちと誤魔化す理由が思いつかずに私は黙っていたのだ。まあ、別に後ろめたいことじゃないから「俺」に戻すことは無いけど、私からソフトに打ち明けたかった。「口調女の子っぽくしたんだよね」みたいな。
ところが先手を打たれた私は、すっかり動転して焦ってしまった。
「――はっ、花嫁修業的な!」
「――花嫁……!?」
私がそう口走ると、由佳は目を丸くして、楓は飲みかけのお冷を吹きそうになり、皐月は顔を伏せてフルフル震えだし、周りの席から一瞬視線を頂戴した。少し大きめの声だったみたいだ。
私は顔に血が上るのを感じつつ、すっかりしくじったことを悟った。なんだ、もう嫁入りが認められたみたいじゃないか。デートすらあまりしたことないのに。
「……女の子っぽくしようと決心ついたとか、そういうのかと思ったよ私……ちょっと斜め上というか……夏でどんだけ進んだの、二人は」
由佳がハンバーグを鉄板に押し付けたまま固まって言った。
「すっ、進んでないわい!!」
こちとら彼の遠征先で応援して以来、まともに顔も見ていないのだ。
悔しい敗北を喫した剣道部は、腹を壊さない全国選手を作り出すということを信条に、従来の練習をさらに強化したらしい。そんな空気にあてられた青山は自主練も増量し、この夏で四キロの増量に成功したとかなんとか。私的には信じられないが、増量は。
そんな具合で、私は青山と「カップルっぽい」雰囲気になれずに夏を終えたのだ。その代わりによく交わされたメッセージアプリでのチャットには、日記みたいに日々あったことが載せられたり載せられなかったりしている。
そんな現状に、私は満足はしていなかった。
「――えー。つまり、空は付き合いだしただけで、花嫁修業とか言えるくらい仲は進んでないってこと?」
「……まあ、そうなるかな」
由佳の質問に答えると、みんなため息交じりに不満の声を上げた。
「なぁんだ。てっきり大人の階段上るとか、通い妻ムーブでも始めたのかと思っちゃったよ」
「階っ……!!通い……!?」
それはつまるところ、めくるめく大人の世界というか、未だかつて彼女もとい恋人がいたことのない私にとって絵空事というか、いつかできたらいいなと思っていたものということか。
私が由佳の発言におののいていると、楓は「まぁ」と口をはさんだ。
「いきなりそこまで進まれても不安になるけどね。空はもうちょい照れながら進んで欲しいな。見てて可愛いから」
「わかる」
「いやわかんないからね?」
楓と皐月は「ねー」と顔を合わせているが、私はそうもいかなかった。そう言われたら急接近して通い妻でもしてやろうか、と反骨心も芽生える。そこまで思って青山は別に一人暮らしでもないのを思い出してやめた。ちなみに大人の階段は却下だ。身持ちは固くいきたい。
青山に弁当でも作れたらなあと思っていると、不意に楓のスマホが鳴った。楓が「ありゃ、圭吾だごめんね」と席を外し、お手洗いのある方に歩いて行った。
話も途切れたので各々が昼食を食べ進めていると、楓は案外すぐに戻ってきた。しかしなぜか通話は切られていない風で、楓はにこにこ笑っている。
「――ねえ、今度の三連休、言うなればトリプルデートと洒落こもうか」
「……は?」
私が混乱気味に放った疑問の声は、同じく由佳と皐月から出た声と合わさり小さく響いた。
何がどうしてそうなったかは分からないが、西出と青山と勝山が共謀したに違いなかった。
ーーー
俺こと青山仁は、どういうわけか自宅で西出と勝山と応対していた。
正確に言うなら、この二人に流れで押し入られたわけだが。道端で二人で話しながら帰るのを見つけて声をかけると、気づけば家に上がり込まれ、こうして三人で姉さんの作る飯を食っている。うちの母親は近所の剣道道場に師範として出向いていて家にはいない。
「じゃ、私部屋でくつろいでるから、何かあったら呼んで」
「分かった」
姉さんはさっさと二階の自室に行ってしまった。俺は姉さんの作った飯を見下ろし、一先ずため息をついた。
「……今日は気を遣ってくれたか」
そう言うと、勝山は箸で姉さんの作ったおかずを転がした。
「ありがたく頂くけどよ、スパムってこんなに硬かったか?」
それぞれの皿には姉ちゃんが手ずから焼き上げたスパムの切れ端とレタスの葉一枚が乗っていた。飯は大きなどんぶりに山のように盛られている。これは姉さんにできる最上級の料理である。
「姉さんは食中毒を嫌うからな。じゃあ食うか」
「お、おう」
「……いただきます」
二人も何となく察したか、大人しくスパムを口に運んでは「スパムだな」と言った。スパムで良かったというところだ。酒のあてのジャーキーをもおかずと言い張る姉さんからスパムが出てきたのは喜ばしいことなので、二人にはぜひ大人しく食って欲しい。
棚から取り出したごま塩ふりかけが全員の飯に振りかけられたところで、西出が「それでよお」と口を開いた。
「日比谷にどう出かけるのを切り出すか、青山は何がいいと思う」
「……普通に行けばいいんじゃないのか」
西出は勝山とこの話題で盛り上がっていたのだ。なんでも西出は日比谷にフラれてはいないものの、なおざりな扱いをされたとかで凹んでいたらしい。そこに志龍が攻めろと助言をし、クラスで一番オープンなカップルの片割れ勝山に指導を乞うたのだとか。そこに志龍とくっついたといつの間にか広まっていた俺が加わり、話の流れは妙な方向に飛び火している。
「普通ってお前、再アタックかけるんだから、相応に改まった方が良いんじゃねえのか」
「そうだそうだ、そうだぞ西出」
「勝山……」
勝山が楽しそうに茶々を入れた。
今日は何故か朝っぱらから西出が日比谷に「おっす!おはよう!」と手を振り上げ、日比谷も微妙に口角を上げつつ「ん。おは」と手を振っていた。今までそこまでつるんでいた記憶のない二人の様子に目を奪われていると、西出に勝山が近づいていがぐり頭を弾いたかと思えば、耳打ちの後に西出が「おはようございます!この前は大丈夫でしたか!」と日比谷に頭を下げなおし、日比谷が驚いたように「う、うん」と返す出来事があった。
その後日比谷は頭を傾げながら机に突っ伏し、西出は何かを成し遂げたような顔で席に着いたのだ。勝山が何かを吹き込んだのはよくわかった。
「でもなあ、この前も昔のノリで強く出られなかったし、二人きりってのは不安だな。また放置されそうだ」
西出がそう言うと、勝山が意外そうな声を上げた。
「ん?どういうことだ?幼馴染なんだろ、普通に話しゃ良いじゃねえかよ」
「いや……俺、小学校の時は日比谷の舎弟キャラだったしなあ……。あいつには勝てなかったんだよ」
「「はあ?」」
西出によれば、確かにあいつと日比谷は小学生のころからの友人らしいが、それはごっこ遊びもとい殴り合いからの関係であり、西出が敗北することでもたらされたものらしい。そんな西出は、日比谷に最終的に敗北することを繰り返し続け、すっかり上位につかれたのだとか。
二人きりだと昔のように話せるが、それだと全く告白には至らないらしい。そのことでも凹んでいたようだ。
「……しゃあねえ、俺も一肌脱ごう」
勝山がそう言うと、西出は「おお!」と声を上げた。
「せっかくだし、青山にも付き合ってもらうぞ」
「ん?俺か?」
まあ気にすることも無いかと頷くと、勝山は「よし」と言った。
「そういうわけでこの三人と目当ての女子で遊びに行くか。どさくさに紛れて西出は日比谷と距離詰めろよ」
「……え゛ぇ゛!?」
「……なるほど」
俺はそう言えば最近志龍と出かけていないのを思い出し、これを断る理由がなくなった。
むしろ、こっちから誘わずに呆れられるのが急に差し迫った脅威となり、今後のデートプランに集中が行った。
勝山が電話をかけだし、西出がそれを拝むのを横目に、俺は志龍に今まで誘わなかったのをどう詫びようか、必死に頭をこねらせた。
それぞれのキャラのキャラ付けが甘くなってきてるのでまた読み返します。




