フリルだけは
ここまで下着選びに字数を割くのはなぜか。
それは女の子特有のイベントだからである。
ブクマ100件ありがとうございます。
母さんの運転する軽自動車は、軽快に目的地へと進んでいた。俺の制服、下着、普段着を揃える為に大型ショッピングモールへと向かっているのである。
同乗するのは本人の強い希望にてついてきた妹の夏生と、どこからか嗅ぎつけて来たクラスメイトの柳さんと日比谷さんである。今やこの三人のボルテージは最高潮となっており、俺に如何なる服を着せるかについて話を弾ませている。無理矢理詰め込まれた彼女らは荒い鼻息をぶつけ合い、決して俺が立ち入る隙間は無い。
「はぁ……」
押し出されるようにため息が出る。俺も往生際が悪いとは思うが、女物の下着や服を買うのはどうにも受け入れ難いのだ。
だがくよくよして身体がふやけている自分に、いい加減呆れが来ているのもまた事実。せめて生活必需品くらいは大人しく受け入れようではないか。
男は甲斐性である。今女だけど。
それからショッピングモールに着いたのは、なぜか母さんまでもが後部座席の会話に加わり、俺が炉端の石ころのようなおざなりの扱いを受けている最中のことだった。
「ふふふ……空ちゃん、覚悟して、ね」
笑う日比谷さん。目がぎらついている。心がざわりと総毛立った。
並ぶ柳さんも意味深な笑みを浮かべ、なぜか夏生は目を輝かせて二人を見つめていた。果たして聞いていないうちにどれだけ丸め込まれたのだろうか。
しかし俺がどれだけ狼狽えようと予定は変化しない。母さんの引率の元、俺たちはランジェリーショップへと向かった。
大きいモールだけあって色々と目移りしたが、なんとか辿り着く。クレープは美味かった。舌の好みも変わったようで、食べているとフワフワした感覚になった。また食べに来よう。
さて、男子諸氏らは女性用下着売り場に愛着はあるだろうか。俺は無い。真昼から繰り広げられるカップルのイチャつき並に目に悪いものだ。
俺には下着売り場の色とりどりの布が、侵入者を拒み威嚇しているかのように見えた。結局大人しく入ったのではあるが。もちろん俯いて。
「やだ。顔赤いわよソラ。やあね〜照れるだなんて可愛いとこあるのね」
母さんがそう言いながら肩を叩いてくる。
「普通男は来ないからな……。それより、どれ買ったらいいんだ?」
そういえば自分のサイズを知らない。自分のサイズを知るために試着してみるのだろうか。
そんな俺の漠然としたイメージは、全く的はずれな予測だった。
「まずは採寸ね。すみませーん、採寸お願いしたいんですけど〜」
母さんのその声に店員さんが反応した。そのまま急ぎ足でこちらへと来る。
「採寸?」
俺の疑問に日比谷さんが答えた。
「そう。胸とかにメジャーを巻いて、長さを測るの。それがないと、下着選べないから急いでね」
「メジャー、胸に、巻く」
そういえばスリーサイズなるものもあったなぁと思い返し、俺は自分も胸元を見た。
……なぜ俺は自分が大きいかを気にしたのだろうか。まさか女子たちの空気に飲まれてその気になったのか。
そうこうしているうちに店員さんがやってきて、俺のこの葛藤は有耶無耶のままに、俺は採寸へと向かった。
「はーい、それじゃあ測りますので、上裸になって下さい」
「はだか!?」
俺は店員さんの言葉に頭を鈍器で殴られたような気になった。そのくらいの衝撃である。
裸ということはつまり、上には何も無いわけでして、測るってことは、それを晒すってことでございまして。
しかし、店員さんは待ってくれない。メジャーを取り出してきて不思議そうにこちらを見ていた。このままは気まずい。
「……み、見ないでもらっても?」
そう言うと、店員さんは少し笑いながら後ろを向いてくれた。そう珍しい話でもないらしい。
俺は見られるのを最低限にしようと心に決めた。
「――脱ぎました」
無い。心許ない。カーテンの向こうでは普通に買い物をしている人たちがいるのに、なぜ俺は半裸になっているのか。
肌で感じる外気が冷たい。
だが緊張する俺とは打って変わって店員さんは冷静だった。
「はい、それでは手を外してください。……あら、お客様綺麗な形してますね。ブラには気をつけてくださいね、あー、ダメですよ。まだアンダーバストを測るので、手はそのままで。脇少し開けてください。……あら、お客様大学生ですか?……高校一年ですかぁ。まだまだ育ちますね〜。ふふ、そう照れなくてもいいですよ。私なんかもう芽がないけど、羨ましいなあ。……と、ウエストも一緒に測りましょうか、少しずらして……あら、ボクサー?珍しい……あぁ、なるほどそういうことでしたか。でも、お兄さんにはもう頼まない方がいいですね。……はい、終わりましたよ〜」
……長く、そして厳しい戦いだった。
店員さんの話しかしてないという苦情は甘んじて受け入れよう。しかし、ここで少しの反駁を。
元男が女の人と二人きりでしかも色々と身体を触られて、冷静でいられるわけがないのである。何をされたかは店員さんの話から想像しておいて欲しい。
ちなみにボクサーの下りでは、俺は諸事情で兄からパンツを借りたとか言い訳をした。すまない、まだ見ぬ兄よ。いずれ会った時は感謝と謝罪をしよう。
採寸を終えた俺は這う這うの体でみんなと合流すると、そのまま周りを囲まれた。
「ふふ、それで、結果は?」
日比谷さんは変わらず眼光を鋭くしていた。
「もちろんアンダーもスリーサイズも教えてよ?」
何がもちろんか分かったもんじゃないが、柳さんは物知り顔で言ってくる。いるのだろうか。いるんだろうな。
「……あたしよりおっきいもんね……ふふ……」
夏生は憔悴していた。正直この二人に夏生が加わって体力が持つ気がしないので助かっている。
母さんは「若い子らに任せるわ〜。可愛いの選んであげてね」と言って早々に離脱した。
「……お、俺のは……Cだよ」
「よし、じゃあ一緒に選びに行こうか」
そうだった。まだ俺は買う物すら決めていなかった。
これからやることの多さに辟易としながら、俺は連れられるままに歩き出した。
ーーー
「それでは!空ちゃんに似合う下着選手権を開催します」
「「いぇーい!」」
「……」
なぜこんなことに?
俺はされるがままにスリーサイズまでもを聞き出され、言われるがままに適当な下着を選んでいると、他の三人は静かだった。
何事かと思い振り向けば、三人とも俺が避けたところで下着を漁っている。なるほど自分の分も選んでいるのか、そんな派手なものを普段から……。などと思って勝手に赤面していた。
しかし、それは間違いだった。
なんでも母さんが「ソラは多分あんまり面白みのない下着を選ぶから、みんなも可愛いの選んであげてね。ちゃんと買うから」などと豪語していたらしい。
そして三人は暴走し、かくして「空ちゃんに似合う下着選手権」が開幕した。
俺は自分が選んだ薄い色のオーソドックスな下着の入ったカゴを、腕からぶら下げて見守るばかりである。
「ではエントリーナンバー1番!柳楓、いきます!」
「「おぉ〜」」
柳さんが出してきたのは、横縞模様の上下セットだった。それだけならまともであったのだが、しかし、紐である。
もう一度言おう。紐だ。
「なんで紐!?」
「やっぱ空ちゃんを脱がせた時にケバッとしたのはないなって思ってさ。でも色気は出したい……これがその結論よ!」
そう言ってカゴにブラとパンツを放り込まれる。選手権とは何なのか。
「ちょっと待て!まだこれを買うとは言ってないぞ!」そう言う俺の言葉は彼女らには届かない。
俺はせめてマシなものがエントリーされていることを祈るしかなかった。
「エントリーナンバー2番!日比谷皐月の選んだのはこれです!」
「これはっ……!」と柳さん。
「なかなか……」と夏生。
「これはない」俺。
日比谷さんが出してきたのはビビッドカラーが目に刺さる、フリルがふんだんにあしらわれた毒蛾のようなブラとパンツだった。夏服の下にでも着ようものなら、その存在感は汗をかくまでもなく浮き出るだろう。
「空ちゃんには、こういう……清純なようで、実はみたいなギャップがいる。これで、相手もイチコロ」
しかし、俺の意思は関係ない。なすすべもなくカゴに入れられた。
「では、エントリーナンバー3番!志龍夏生、発表します!」
流れるように夏生も発表を始めた。俺は選手権という大河のはるか上流にて捨て置かれている。主役のはずなのに。
「流石妹と言ったところかしら」と柳さん。
「これ試着して見せてくれない?」と日比谷さん。
「」絶句の俺である。
夏生が出してきたのは、もはや核心を隠そうともしない薄いレースの黒い紐の下着だった。
見える。布の向こう側が見える。ささやかに付けられたリボンに腹が立つ。言うまでもなくこんなものは……。
カゴに入れられた。熱烈な視線と共に。
「あ、ちゃんと選んだー?」
そうこうしていると、タイミング良く母さんが戻ってくる。夏生が「選び終わったー」と言えば、母さんは俺からカゴを奪ってレジに向かう。
しかし、俺にも譲れない一線というものはあった。
「これはない」
「なんでぇ!?」
「当たり前だろ!」
日比谷さんの選んだブラにはご退場願おう。こんなものを着た日には、俺の何かが壊れる。
……夏生のは良いのか、そう思う人もいるだろう。しかし、良き兄でありたい俺に、夏生の選んだものを着ないという選択肢は無いのだ。
ーーー
次に俺たちが来たのは制服屋(?)だった。
どうやらうちの高校が依頼している業者がモールにあるらしく、そこで買えとのことだった。
まあ、そこまで語ることも無い。強いて言うなら制服代が高くてびっくりしたくらいだろうか。
いい値段がするものである。改造とかはしないようにしなければならないだろう。したことはない。
ちょうどありあわせの物を仕立て直せば今日中にもできるとのことだったので、その間に俺の私服を選ぶこととなった。
もちろん、俺は選ばない。「何買うの?」と車内で聞かれた時、「部屋着にジャージ」と答えた時点で選択肢を剥奪された。
ジャージは別口で買う予定である。
服を勉強する必要に迫られています。
追記)服を全部脱がせたのは気分です。正確な描写でないのは承知しておりますのでご了承ください。