勝山圭吾は親友だ
勝山視点。
TSものなのに、彼を主人公とくっつける気が起きなかったのはなぜでしょうね。
俺が親友の変化で驚いたのは、これで二回目になる。
今までも、志龍空という俺の友達は奇抜なことをしだしたりすることもあったが、俺は大抵それを受け入れるか呆れるかしてきた。前髪を妙に伸ばしきって「これで女子っぽくないだろ!」と宣言した小3の夏に、「暑くねーの?」と呆れたのは今でも覚えている。
そんな志龍が女子になった時は度肝を抜かれたのが一度目だ。あの時は親友の将来を本気で心配した。幸い志龍の中身まで変わってなかったので、今もこうして親友をしている。
まあそんな志龍も流石に今まで通りとはいかないようで、変わってしばらくは色々と苦労していた。俺もたまに相談に乗ったが、あいつは俺よりむしろ青山のやつに相談することが多かったみたいだ。なるほど、男だった時の人間関係と、女になってからの人間関係には何か違う意識があるのかもしれない。悩みは打ち明けられる相手に打ち明けた方が良いに決まってる。とりあえず俺は、志龍が塞ぎ込むようなら実力行使に出ようという腹積もりでいた。
まあ、そんな日は幸い来なかったのだが。それどころか、志龍はだんだん女っぽくなっていった。周りが女子で自分も女子になったからなのか、細かいところで女子っぽい仕草を真似ているらしい。それをいじった時は「は?真似してねえよ」と怒っていたので、完全に無意識なのだと思う。
そんなあいつは、とうとう男の時に成し遂げられなかった「カップル」というものに近づいているらしい。女っぽくなる一方で青山にもどんどん近づくあいつを見て、俺は楓に呆れられながら爆笑したことがある。ついこの間まで「一度は体験してみたいシチュ」というのを谷口と語らっていたやつとは思えない純情っぷりに、俺はひどいヘタレだと大笑いした。なにが「好きな女子には思い切って好きっていうだろうよ」だ。「ハゲたら丸刈りにする」って言っておいて結局未だに誤魔化している親父みたいな状況になっている。
そんな志龍がついに「彼女」になったという話は楓に教えられた。朝起きた時にスマホに『空が落ちた!』と書いてあった時は、しばらく状況が読めずに呆然とした。その後合点がいくと、俺はやっぱり大笑いした。
なんだ、どっちでもないなんて誤魔化してたけど、案外早く割り切ったじゃないか。俺は親友の踏み出した一歩を応援しようと、腹を抱えながら思った。
そんな志龍とは、女になってからはずいぶんご無沙汰だった。俺は久々に親友と遊んで、あわよくばいじってやろうと思った。さて、いつが良いかな……。夏の部活のカレンダーを引っ張り出しながら、俺は空いてる日を探した。
とまあ、そんな流れで俺は志龍を呼びつけた。谷口のとこの飯屋に行くと、俺以外のメンツもぱらぱらと集まり、俺たちは割と早くに集まってしまったので、志龍より先に注文した。「一気にされると忙しいから」と、谷口のおばさんに急かされたというのもある。
しばらくすると、「おじゃましまーす」という声と共に志龍が入ってきた。すっかり前のジャージやしわの寄ったシャツで遊びに来ていたやつの姿はなく、小ぎれいな服装をしている女子が来た。他の連中は反応しないので、なんだか言いづらかったが、志龍は久々に見るともうすっかり変わってしまっていた。
志龍はいつも後ろ手にドアを閉めるときは途中で手を放していたのに、最後まで静かに閉めて入ってきた。歩く仕草も何か違う。人それぞれに雰囲気というのはあるが、全く前の志龍とはかけ離れていた。おまけに話し方もお淑やかになり、遂に「私」と言い始めたらしい。
これが彼氏効果かと、俺は密かに青山に拍手をした。
谷口のおばさんに連れて行かれたあいつを見送りながら、二人でバカやれないのは寂しいもんだなとふと思った。
「おい勝山聞いてるか?菊池のやつ、ドタキャンとは許されん。あいつのスパイクを幼児用のピーピー鳴る靴にすり替えるというのがどうだ」
「なんとまあ小規模な」
「子悪党だなあ」
俺のふとした思いは、こんな会話で中断された。
頑張れよ親友、バカやれないってのはつまり、俺たちの関係も大人びたということだ。いずれはグラスを傾けあおう。
俺は何年後になるかも分からないあいつとの関係を、当然来るものとして思いを馳せた。
ーーー
カチャカチャとなるコントローラーを弾く音と、ゲームのSEだけが部屋に響いている。
今は勝ち残り形式で遊んでいる。負けたやつが次のやつに交代していき、一番連勝したやつが勝ちというルールだ。優勝者には谷口秘蔵のコレクションの一つを手にする権利が与えられており、一番気合が入っているのは谷口だ。そんなもの賞品にしなければいいのに、谷口は下唇を噛みながら必死になって連勝を伸ばしている。
「また負けたぁ!」
「残念だな志龍!お前にあのフィギュアは渡さん!」
「けち!」
どうやら志龍はまた負けたらしい。ブランクがあったらしいこいつは、最近始めたばかりの西出の次に記録が低かった。自前のやや手に余る大きさのコントローラーを引っ提げながら、志龍は俺の横に座った。
「谷口毎回優勝するからなー。私トーナメントにして欲しいよ」
「トーナメントでも谷口は優勝しそうだけどな」
「……確かに」
目の前でおふざけコンボで体力を削られていく照井のキャラを見ながら、俺と志龍は頷きあった。
俺はいわゆる女の子座りというやつで休んでいる志龍を見て、からかってやろうといういたずら心が湧いた。
「志龍、ところでよ」
「ん?なになに?」
わざと声を潜めれば、志龍は何の疑いもなく身をかがめて耳を持ってくる。いつもの手口なのだが、志龍は結構これに引っかかる。
「好きなシチュは青山と達成できたのか?」
「――――ほぐっ!?」
志龍はしばらく固まった後、やっと思い当たったのか顔を真っ赤にして奇声を上げた。あぁ、そりゃまだだよな。俺は思いのほか余裕のなさそうに動揺する志龍を見て、漏れ出る笑いをかみ殺した。
「いやあ、みんな気にもしてなさそうだけどよ、お前すげえ変わったな。そんだけ変わんのに結構苦労しただろうけどよ、まあなんだ、俺は応援するぜ、親友」
「……応援してくれるのは良いけどさ……し、シチュの話は急にはやめて……あと、ありがと」
志龍は俺を半目で睨みながらも、俺の肩を小突いて笑った。俺も志龍の肩をノックするように叩いた。
「おう。心の準備してからやれよ」
「――やめろって言ってんだろーー!」
志龍は怒っているらしかったが、相も変わらず恐るるに足りない迫力に、俺がゲラゲラ笑ってやった。
志龍もだんだんつられてきたのか、フルフル震えると笑い出した。
そんなことをしているうちに、照井はとうとう負けていた。
「うわあー、そんなコンボで俺負けるのかぁ」
「まだまだだな照井。次は西出だな」
「……お、そうか」
西出はわずかに一勝しただけなので、序盤の方から元気がない。一方かなり仕上げて来たらしい谷口は、既に20連勝を突破していた。
「何だ西出、もう元気がないじゃないか」
谷口が言うと、西出は「なあ志龍よ」と振り向いた。志龍は「何か用?」と返す。
「日比谷ってさあ、好きな奴とかいんの?」
「好きな……あー、気にしてんの?」
「……まあ」
西出は風の噂では日比谷にコミケに連れて行かれた末に、「じゃ」の一言で駅に放置されたらしい。
気の置けない――と言えば聞こえはいいが、荷物持ちしかしてないという西出はすこぶる凹んだようだった。あと、日比谷の買った本のジャンルがあいつには衝撃だったらしい。BLだったか。まあそれは好むやつもいるぜと説得はしたものの、結局日比谷に利用されただけの感じがする別れ際に、西出は自信を失っていた。
「私からは皐月だって信頼してない人と一緒に出掛けたりしないとしか言えないなあ。皐月、そういう話しないし」
志龍がそう言うと、西出はコントローラーそっちのけで頭を抱えた。
「それは嬉しいがなあ……」
思ったより西出は日比谷にご執心らしい。志龍が「悩んでも皐月は振り向かんぜ」とドヤ顔をすれば、西出はそれに感じ入ったように「なるほど!」と声を上げていた。西出が何を感じ取ったかは知らないが、なにやら妙に力強い笑顔を浮かべていた。
そういえば、もうすぐ夏休みが終わる。
俺が小学生の頃は9月までみっちり休みだったのに、最近は八月末で休みが終わる。
「宿題終わってねえなあ」
そう言うと、部屋の空気は凍り付いた。真面目な照井は知らん顔だが、谷口と志龍は震えている。
昔から変わんねえなあと、俺も一緒にブルついた。




