集う私と男ども
タイトルのわりに男どもをよそに会話は進みます。まだね。
帰省の最終日、私たちはみんなで温泉に来ていた。海沿いのこの温泉は、夕日の沈む水平線を眺めながらゆったり過ごせる中々良いスポットだ。
去年までは父さんと軽口を叩きあっていたのに、今年は母さんや夏生、それにばあちゃんと語り合っている。一年の行事を過ごすたびに、私は変わったんだなぁと実感させられた。
「命短し恋せよ乙女」
湯に浸かりながら、ばあちゃんはそんなことを口にした。母さんは「また古い歌ねぇ」と呑気に肩に湯をかけて、夏生は「病人の歌?」と小首を傾げた。
「大正の、結婚が恋愛だけじゃあ出来なかった頃の歌や。若い女は皆、結婚するまでに精一杯恋をして、知らん婿さんに嫁入りして行ったんや」
ばあちゃんは朱に染まる空を見上げた。
夏生は「うわ、やだなあそれ。みんな好きな人のお嫁さんになりたいんじゃないの?」と言い、ばあちゃんは「せやな。でもそれは許されへんかったんや」と言った。
「ばあちゃんのお母さんはそういう人やった。お父さんは戦争行ったけど、無事を願ってたんは二人ほどおったみたいやった」
「それって?」
私はばあちゃんに聞くと、ばあちゃんはほんのり笑って頷いた。
「恋した人やろね」
なんだか寂しい話だと思った。その結婚のおかげで私がいるのは分かっているけど、そのひいばあちゃんの恋はどうしても叶わなかったのかと思わずにはいられなかった。
「恋した男の人は幼馴染やったそうや。新しい男の人を心から好きやったというてたけど、たぶん、最初の人は心残りやったんやと思う」
ばあちゃんは私の方を見た。私はどういうことか分からず、ばあちゃんのことを見返した。
「空、ほんまに、あんたは最初の人を捕まえるんやで。二人目がどんな人かは分からへん。二人目があんたのことを全部受け入れてくれるか分からへん。あんたがほんまにその人を好きになったんやったら、必死になって頑張りや」
「……うん」
ばあちゃんは何度目かの忠告をすると、私の肩に手を置いた。皺の寄った手だったけど、やけに力強く思えた。
何度も聞いたことでも、私は重く受け止めた。
その後、ばあちゃんの関心は夏生に向かい、もっと落ち着けだとか、焼き魚と称して炭を出すなとかの訓示を垂れていると、ゆうに数十分は湯に浸かっていた。
流石にのぼせ気味になって湯から上がり、着替えてロビーに戻ってみると、父さんがマッサージチェアでいびきをかいていた。
そういえば、去年までは私もこうして待たされていたなあと思いつつ、父さんを叩き起すのだった。
父さんを叩き起こせば、私たちはばあちゃんを家まで送り、その足で帰宅することになった。
温泉効果で肌がやや健康的になったばあちゃんは、背筋を伸ばして私たちを見送ってくれた。
「元気でやりよ。だらしなくするんやないで、空」
「わかってるって。また来年ね」
「ん。ばあちゃん待ってるで」
ばあちゃんの特訓もとい嫁になるための「指導」は仕草とか態度とかが多かったけど、いつかものにできればいいなと思った。あんたよりええ女ら山ほどおるわ、という言葉は、私にやる気を漲らせたのだ。
そこいらの女に負けるものか。
帰りの車内で自動車の揺れに舟をこいでいると、スマホに通知が入った。画面を見ると、勝山からメッセージが入っていた。
『明後日谷口とかと格ゲー大会するんだが、くるか?』
「……ほほう」
私はついに女子の間に格ゲーをやりこんでいる子を見つけ出すことはできなかった。最近はずっと一人でか、オンライン対戦ばかりで味気ないと思っていたのだ。
私は勝山に『もちろん行く』と返事した。帰ってから少しリハビリをしないと、コンボの練度が落ちている気がする。どんなキャラを使おうかと悩んでいるうちに、私は眠ってしまっていた。
ーーー
勝山らと遊ぶ当日、私は寝ぼけ目をこすりながらベッドから這い出した。軽く体を伸ばして、私は適当な服を見繕って着替えた。どうせ会うのは勝山とかであるので、スウェットやらなんやら目に入ったものを合わせた。
「おー、お姉ちゃんおはよ。今日は遅いね」
夏生は既にリビングで寛いでいた。テレビではワイドショーの夏のスイーツ特集とやらが流れている。
「んー。今日遊びに行くから、昨日その準備してた」
「どこいくの?」
「勝山とかと格ゲーしに行く」
そう言うと、夏生は興味を失ったようで、つまらなそうにテレビに視線を戻した。
「なーんだ。由佳さんたちと遊びに行くのかと思った」
「行かない行かない。夏生はこの前行ってたっけ?」
夏生は私が青山と遊びに行くのに舞い上がっている最中に、由佳たちと遊びに行ったことがあった。なにやら随分可愛がられたらしく、いくつか袋を下げて帰宅していた。
「ちょっと前にね。お姉さまの女子会て感じがしたよ」
「お姉さまねえ……」
私は由佳や紬にそんなイメージを持てはしないが、夏生はそう思ったらしい。私のいないところではキャラを作ったのかもしれないし、私は深く考えないことにした。今度会った時に聞こう。
とりあえず私はパンを焼いてもそもそと頬張った。お昼は谷口の実家の定食屋でごちそうになれると聞いたので、私はちょっと少な目で満足しておいた。
「お姉ちゃん、どしたの、にやけてるけど」
「んー?楽しみだなって」
勝山とかと遊ぶのは久しぶりだ。何となく私はワクワクして、浮かれてアイスを一つ食べた。
暑いし汗かくから太らないよね、と腹をつまんだ。ついてるようなそうでもない感触だったので、まあ大丈夫かなと無視をした。
ーーー
私は自前のコントローラーをカバンに押し込み家を出た。真夏の昼間は茹だるほど暑いので、私はキャップを深々と被って谷口家に急いだ。今日遊ぶのはやつの家でだ。
自転車で行くには近く、歩いていくには遠いような距離を歩けば、『飯処かっちゃん』と書かれた看板を掲げながらも、イタリアンでも出されんばかりの店構えをした、洋物和物何でもありのお店だ。
「おじゃましまーす」
店に入るにしては不自然な挨拶をしながら店内に入ると、窓際の人気席にて見知った顔が並んでいた。
勝山、谷口、西出に照井の四人だ。みんな一様に重い顔を浮かべていた。
「……よ、どうしたの?沈んでるけど」
「…………あっ、志龍か……俺たちにはキく奴が来たな……」
西出が丸刈り頭をなでながら言った。
「いや、俺を巻き込むな」
「うるせえ勝山!!勝ち組みたいな名字しやがって!」
勝山がお冷を飲みつつそう言えば、谷口は彼にかみついた。私はキャップを取りながら、通路側の椅子に腰かけた。この席は六人掛けだ。
「なんでこんな空気になってんのさ。私反省会に呼ばれたつもりないんだけど」
私が勝山を見やると、彼はやれやれと首を振った。
「菊池も呼んでたんだが、あいつ、久遠さんとデートって言ってすっぽかしやがった。これが今朝九時ごろに久遠さんの連絡を入れて断るやつのメッセだ」
勝山はそう言って私にスマホを見せてきた。そこには『麗子に拉致られた』とだけ送られたメッセージがあった。
「久遠さん押し強いのかな~、菊池に」
「ええい、格ゲーの集まりより麗しの彼女か!照井、お前の幼馴染はどうなってる!?」
「俺に言うなよ……」
えらく荒ぶる谷口は照井の腹を突っついて、照井はゆさゆさ揺られながら困った顔をしていた。
「マサト~、お友達みんなきたんなら手伝いなさい、ただ飯食わせろって言ったの自分でしょ~。あら、えらくかわいい子がいるじゃないの、こんにちは初めまして」
谷口がそう騒いでいると、厨房の方から女の人の声がした。ひょっこりカウンターから顔をのぞかせているのは谷口のお母さんで、この店を谷口父と切り盛りする人だ。どうやら私以外はみんな注文を済ませているみたいで、すでにじうじうと肉を焼く音がしていた。
ちなみにこの店……もとい谷口は、中学校の時の転校生だ。この店を開業するまで転勤族だったという谷口父の影響で、谷口に幼馴染という関係はない。でも、私と勝山とはゲーム仲間だ。
そういえば、この姿になってからは初めて来た気がする。私はちょっと緊張したけど、谷口曰く「最近勝山は来るのに志龍は来ないなと言われてぼろった。すまん」とのことなので、改めて名乗ろうと思った。何と驚きべきことに、おばさんは私の変化を聞いて母さんに連絡を入れたらしい。これは夏休みに入ってからの話になる。まあやっぱり元男の女なんて一癖も二癖もあるだろうけど、私は母さんに「元男ってことは隠さないで欲しい」と言ってある。なので、おばさんは私がもう女の子なのは知っている。
「お久しぶりです。話は聞いてたと思いますけど、志龍空です。今日はごちそうになりに来ました」
「……え~~っ!?噂の!?病気なんだっけ?え、ほんとに空君!?」
おばさんはえ~っと叫びながらカウンターから飛び出し、私の肩を掴んで揺すった。他のお客さんがいないからできる暴挙だ。お盆明けの平日の今日は、お客さんも少ないらしい。
入れ替わりに厨房に入った谷口が、悲鳴を上げながら肉を焼いていた。
「えええとえと、空です、志龍です。ほら、これ学生証っ」
私が財布から学生証を取り出すと、おばさんは何度も名前の欄を読んで、私の顔写真をじっと見た。
「あらぁ……可愛くなっちゃって……雰囲気も女の子ですごいわね。色々聞きたいからカウンター座って!おばさん心配だったのよ~最近見なかったから」
おばさんはそう言って強引に私をカウンター席に押し込んだ。おばさんはそのままお冷やらお箸やらを配膳して私をカウンターに括り付けると、料理をしながら色んな世話話をしてくれた。結構長い付き合いになるおばさんの、訝しげな眼で見ない大人の対応に感服していると、おばさんは「彼氏とかできたの?」と突っついてきた。
「……まあ」
「やだ~。空ちゃんも隅に置けないわね、イケメンなの?」
「……私的には」
「く~っ!うちのマサトにも春は来ないのかしらねっ!私やきもきしてるわ。あの子はいつになったら彼女の一人もつれてくるのかしらね」
おばさんは遠目にスパゲッティを啜る谷口を眺めて言った。「色気ないから」という口調は呆れが大いに含まれていた。
「空ちゃんは立派に女の子ね!女性の先輩として太鼓判を押してあげましょう!花丸!!」
「あは、ありがとうございます」
私はなんだか、やっと私の周りにじんわりと女としての私が受け入れられ始めている気がして、胸に温かな思いがした。
ふと、青山の両親にもこうして受け入れられるのか気になって、ちょっと思考が止まったけど、それはまた考えたらいいことだ。
私は今日の遊びに思いを馳せた。背後では、男連中がいかに菊池に仕返しをするかについての策を練っていた。私はそれに呆れた。




