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男子やめました  作者: 是々非々
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のんびり過ごす里帰り

 今日もオレはばあちゃんに叱咤されながら、帰省シーズンを過ごしている。

 オレを青山の嫁にさせようと画策するばあちゃんは、味噌汁の味からオレを作り替えた。「ちょっと濃いんじゃないのかい?」と言われる日が来ようとは、オレは全く思っていなかった。

 縁側でばあちゃんと座っていると、廊下を芋虫のように這って夏生が近づいてきた。


「おばあちゃーーーん、ひまーーーー」


「外行っておいで。昔よう遊んどったやろ」


「え――無理。焼けるから」


「夏生も色気づいたねぇ」


 オレはそんな会話をスイカをかじりながら聞いた。帰省しても例年やることはなく、せいぜい帰省する日に温泉に入るくらいがイベントなのだ。


「あっ!お姉ちゃんスイカ食べてる。私も欲しい」


 夏生はそう言ってオレにかぶさり、肩越しにスイカをかじった。中腹の甘いところがほぼ持っていかれる。


「ちょ、夏生食べすぎ。これ()のだから」


「むふ、美味しい」


 オレはばあちゃんに自分を私と言うようにも直された。

 私私と言っていると、最初から女の子だった気もしてくるから不思議だ。

 オレは前から抱えていた自分のことを私と呼ぼうかという悩みを、ばあちゃんに背中を押される形で解決した。悩んでいたのは周りに驚かれないか心配だったからだけど、「あんた自身はどうなんよ?」と聞かれたので変えた。オレだってそう言おうかとも思っていたのだ。新しい一歩を踏み出した気分で、気持ちは晴れやかだ。


「――む」


 正座をしているおかげでポケットのスマホの振動がよく分かる。私は足を崩すと、スマホの画面を見た。


 そこには谷口と名前が表示されていた。私は興がそがれた気がして、スマホをポケットに入れなおして足をただした。ばあちゃんの世話話や心構えを聞いている方が、谷口からの話よりも有意義な気がする。


「……青山さんじゃなかったって顔だね」


「私、そんなピンポイントな顔してる?」


「浮かない顔はしてるよ~、あむ」


「あっ、全部食べるな!」


 いつの間にやら夏生にスイカを平らげられていたので、私は新しくスイカを切りに台所へと向かった。

 私たちのやり取りを見てばあちゃんは呆れていたけど、頬はふんわり緩んでいた。


 台所では母さんの「青山君に会ってみたいなあ~」という追及をかわして、私は三切れのスイカを持って縁側に戻った。


「私の分らええのに」


「遠慮しないでよ、余ったら私らで食べるからさ」


「そうかい、ならいただこかな」


 私はばあちゃんと夏生と並んでスイカをかじった。スイカを食べるのが下手な夏生は、服にシミを作ってばあちゃんに小言を言われている。

 私はそれを聞きながら、ぼんやりとしてスイカをかじった。


 ーーー


 いくら私が青山が好きとはいえ、四六時中青山のことを考えるわけじゃない。

 ばあちゃんに大声で話さない、背筋を伸ばせなどと言われた後、私は居間の座布団を枕にスマホを見た。

 谷口からのメッセージを見るためだ。チャットを開くと、何件か連続で送信されていた。


『なあ志龍よ。それで青山とはうまくいったのか』


「……考えることになるのかよ」


 谷口が振ってきたのは青山の話だった。男の時から友達だったので、私は気軽に返信した。


『いったよ、いったいった。いきなりどうしたんだよ』


 はぐらかしたくも否定したくもないので、私は大人しく認めた。


 返信すると、すぐさま既読が付いた。あいつはあいつで暇人らしい。


『そうか。良かったな。友人がまた一人リア充になり、俺は誇らしい気持ちだ』


『なんだその誇り。てか、そんなことでわざわざメッセージ送ってきたのか?』


 谷口はそこまで私と青山の関係に肩入れしてくるのは変だ。違和感を感じてそう返したら、『本題は別なんだ』と谷口は言った。


『そして西出の奴もリア充になろうとしていたんだが、相手の反応が芳しくないらしい』


『西出も?あいつが好きな子って言ったら誰?紬とか?』


 私はちょっと驚きながら、あてずっぽうで誰か予想した。


『いや、違う。あいつが攻めたのは日比谷なんだが、西出にとっての初デートがコミケだったのだ。有明でショッピングとしか聞いていなかったあいつは、求められるまま始発に乗り込み、日比谷の趣味の同人誌をしこたま買いに走らされたらしい。それで自分に自信が無くなっている』


『情報が多すぎる』


 いや、皐月は何をしてるんだろうか。確か彼女と西出は小学校が一緒だったとか聞いたけど、流石に気を遣わなすぎじゃないだろうか。私は何度も谷口からのメッセージを読み返すと、『で、私に何して欲しいの?』と送った。


『日比谷に西出のことをどう思ってるか聞いてやってくれ。西出が真面目に「俺が男が好きならいいのか……?」とか言い出してやがる。今はラブコメを読ませて正気を保たせているから、早く聞いてくれ』


『……まあ、わかった』


 皐月は西出に何というものを買わせているんだろうか。好きな女子にそういう系統の本を買わされる男の気持ちに同情しながら、私は皐月に『やほ』と送った。


 ーーー


 皐月から返信が来たのは、私が布団に潜り込んでからだった。今日は午後ではガニ股の矯正ゼロという素晴らしい日だ。そんな浮かれた気持ちで布団に入ると、スマホがぶるぶる振動した。


『やほ。どうしたの?青山君との近況報告?』


『そんなんじゃないよ』


 青山と付き合い始めたあの日の夜、私は何度もかかってくる電話に耐えかねて応答して、その日あったことを洗いざらい話したのだ。おかげで散々照れたし、みんな次会った時は色々聞くからねと脅しをかけてきた。


『皐月西出君とコミケ行ったんでしょ?なんかそのことで谷口が聞きたいことあるっていってきてさ』


『聞きたいこと?』


『いやまあ私も気になるんだけどさ……西出君のことどう思ってるの?』


 そう送ったら、皐月は既読を付けたっきり返信を止めてしまった。


「……あれ?やばかったかな」


 もしかすると、流石に踏み込みすぎたかもしれない。やっぱ人付き合いのことを色々聞くのはダメだったなあと、『ごめん、もういい』と打ちかけていると、皐月は返信してきた。


『昔の悪友?コミケの時は、前みたいな扱いしただけ』


『なるほど』


「……悪友かぁ」


 私は勝山のことを思い返して呟いた。

 確かに、あいつからアプローチなんて受けるとも思えないし、受けたところで何にもない気がする。

 いや、あいつとバカやってたのが男だった時だからそう思うのかもしれないけど。西出の試みは失敗するのかもなと、私は無責任なことを考えた。


『了解了解。谷口にそう言っとく。ありがとね、こんなことで』


『ん。空もお疲れ』


 私は谷口に『皐月は西出のことを単なる悪友としか思ってないっぽい』と伝えると、数分の間を開けて谷口が『情報の衝撃によって西出が筋トレしかしなくなった』と送ってきたが、何と返していいかもわからず、既読を付けるだけで私は目を瞑った。


「悪友かぁ」


 今度勝山たちと格ゲーでもするか。そんなことを思いついて、私は意識を落とした。


 ーーー


 翌日……つまりは帰省の最終日に、私は早朝から目を覚ました。寝苦しいのだ。朝だというのに熱気が籠る部屋の襖を開ければ、朝日が姿を見せたばかりの空があった。まだ白んでいる空は、青くなるまで時間がかかりそうだった。


「まあ私はもう青いかもだけど……何言ってんだろ」


 今は廊下に一人なので、私は気が大きくなっておどけたことを言った。


「はー、やめやめ朝っぱらから。気分転換に歩こうかな」


 私は頭を振ると、恐らく起きているだろうばあちゃんを探して居間に向かった。案の定、ばあちゃんはニュースを見ながら茶を飲んでいた。


「おはよ、ばあちゃん」


「おはよう。珍しく早起きだね」


 昨日の甲子園の結果を報道するニュースキャスターを見ながら、ばあちゃんは茶をすすった。


「目覚めちゃってさ。気を紛らわせに散歩行こうかと思ってるんだけど、いいかな?」


「ん。気を付けて行っておいで。朝ごはんまでには戻るんやで」


「あーい」


 私は返事もそこそこにスニーカーに履き替え、まだ本格的に熱を持つ前の街を歩きだした。


 ばあちゃん家は何も少し歩けば田んぼと山ばかりの所ではない。マンションより一軒家が多く立ち並ぶ住宅地の一角に、ばあちゃんの日本家屋はある。住宅地を少し抜ければ、広い国道沿いに出る。私はコンビニでもないかしらと、看板を探しながら国道に沿って歩き出した。

 数分もすればコンビニを見つけたので、私は小さめのアイスを買った。コンビニのイートインでそれを舐めていると、この辺りの高校の人らしい男の人二人が入ってきた。竹刀袋らしきものをぶら下げていて、私はひそかにドキッとした。


「合宿できてるあの人ら強いなあ。金剛ってやつバケモンやろ」


「花丸って部長の人もヤバいな。気いついたら入れられてるわ」


 私はその人たちの会話に聞き耳を立てた。青山はどうなのだ。強いんだろうか。


「あとあの顔怖い青山って一年にさ、なんか知らんけど女子が告ってたらしいで」


「はあ?他県やのに?」


「うん。この前の試合えぐかったやん。それでらしい」


「へー」


 私はそれを聞いてアイスを落としそうになった。

 人の彼氏に何をしてくれているんだろうか。顔も知らない女子を呪った。


「まあ秒でフラれたらしいけど。彼女以外無理言われたって、昨日なんかしょげてたわ」


「知らんわもう。とりあえず急がな練習遅れる」


「ほんまや。急ごか」


 男二人はパンを片手にぶら下げて、早足でコンビニから出て行った。

 私はイートインの席で、アイスを口で溶かしながらニヤけていた。


「ふへ……彼女以外無理……」


 朝っぱらから良いことを聞いた。どこか浮かれて家に帰ると、今日の運勢は三位だった。まだまだ上があるのかと、私は塩辛い漬物を食べながら思った。

 帰った時に靴を脱ぎ散らしたのがまずかったらしい。

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