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男子やめました  作者: 是々非々
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青山仁の見栄心

長いです。青山視点です。

苦手な方はご了承ください。最後の方になれば主人公がまた惚け……デレて?ますので。

 今日は大会以外で妙に色々起こる日だ。


 俺が志龍の想いに確信を深め、彼女を少し泣かせてしまいながらも恋人になってより暫し経った。

 正直告白の時の心の揺れ具合はこれ以上無く情けないので、俺は詳細を省くことにする。

 確信したのはなぜかと言えば、志龍に抱きつかれた時、混乱する中で彼女の耳の赤らみと胸の鼓動を否応なしに認識したからだ。


 志龍の本気の相手とは、俺じゃないのか?そうじゃないなら、この距離感は何なんだ?


 そして志龍が女子として褒められて嬉しい、それを2人きりで出かけた時に言うものなので……俺は我慢できず、告白に至った次第だ。

 嘘でも彼氏と言って助けてくれて、嬉しかった。その嬉しい理由が助けたことか、はたまた彼氏と言ったことか、そんなことは分からなかった。しかし、あそこまでされて、しかもいきなり綺麗に着飾られて来られれば、勇気を出さずにはいられなかった。


 そんな具合だ。


 一緒に出かける前は、告白をするならもっと自然と口にできる間柄になってからだとか、一応場所やタイミングを見計らってしようかと思っていたのだが、慌てたように告げてしまった。こんなようでは先が思いやられる。性根がヘタレているから黙想を増やしているというのに。


 まあ、勝山に言われた「いつまでも気取ってんな」という言葉には応えられたので良しとする。


 長々と語ったが、俺はそういう経緯で志龍という彼女を得た。家に帰ると姉さんが「うわ、なにニヤついてんの珍しい」と言っていたので、どうやら思わず頬が緩むくらいは喜んでいた。


 そんな志龍は今度出場する全国大会に観戦に来るらしい。

 なんだか最近になって俺は彼女に情けない面ばかり晒している気がして、必死になって練習した。俺とて彼女にはいいところを見せたいのだ。


「そんな腑抜けた剣では勝てんわ」


 脳裏で厳格な父の仏頂面が浮かんだが、俺は黙想をしてもその気が収まらないので、いっそ糧にしようともくろんだ。先輩や同期から「気合入ってんな」と言われたが当然だ。

 誰だって、きっと惹かれた相手にも自分に惹かれて欲しいものに違いない。


 勝てば、志龍は何と言ってくれるだろうか。飾らない気質の彼女だが、その分率直で気持ちが良い。彼女の胸のすく笑顔を見ようと、俺はしこたま剣を振った。


 ……そんな彼女は、予定より三十分も早くに会場にやってきた。全体のミーティングも終わって団欒としていた時だ。金剛先輩と紺谷先輩に連れられてやってきた志龍は、照れたようにはにかみながら早く来たことを謝ってきた。

 俺としては早く来てくれても良かったのだが、柊さんの件で妙に志龍が話しかけられそうなことを伝える前に、彼女は遠征組と鉢合わせてしまった。

 思った通りみんなから俺はいじられ、志龍は首まで赤くしながら彼女であることを自白していた。


 みんなから「あんないい子をお前というやつは!」「とっかえひっかえとは!あの子は幸せにしろ!」「妬むぞ青山、甘んじて呪われろ」という歓声を受けていれば、志龍がぐいっと俺の手を引いてみんなと引き離した。なにやらゆったりと手を引く彼女は、自販機前までやって来てようやく手を離した。


「……すごかったね」


 志龍の第一声はそれだった。まあ、そうなるだろうな。


「……そうだな。志龍は早く着いたんだな、迎えに行こうかと思っていたが、金剛先輩にあったのか」


「うん。なんかすごい笑顔で案内してくれた。親切な人だな」


 やたらに腹の弱いあの人は、見た目に反して親切だ。あの人が善意で渡してきたスポーツドリンクを、入部したての時はどういう因縁をつけられたのかと小一時間睨め付けたものだ。

 まあ、今回は趣が違うと思うが。志龍に話のネタにされるかもしれないことを伝えると、彼女は照れながらも、そこまで動揺はしていなかった。

 それどころか表情を引き締めると、志龍は海で抱き着く前に見せたような表情を浮かべた。


「試合、頑張ってね。応援してるから……ひ、仁……さん」


 急にしおらしくなった彼女は、伏し目がちにそう言った。赤くなりながら名前を呼ばれて、俺はどうしようもなくむず痒かった。


「…………あぁ、頑張る。ありがとな……空」


 そう返したら、志龍は顔を完全に俯かせ、ふらふらとその辺の椅子にへたり込んだ。俺はそんな志龍を見ていたくなって、隣に腰を下ろした。

 もちろん俺だって顔は赤いだろうが、志龍は比べようもなく動揺しているみたいだ。男だった過去を持つ彼女は、むやみに女子らしく振舞えばすっかり弱った風になる。

 俺はしばらく彼女を見ていた。俺の視線に気づくことなく志龍は胸を抑えたり何やらうめいたりしている。時間がありそうだったので、俺は自販機でスポドリを買った。志龍の好みはどうかと思ったが、この暑い時期だ、スポドリでもいい気がしたので俺と同じものを買った。


 スポドリを持って彼女の下に戻ると、彼女は軽く深呼吸をしていた。その様子を立って見つめていると、志龍はそっと顔を上げた。スポドリを見ていたので渡せば、彼女は賞状でも貰うかのように手を出した。


「あぁそうだ。観戦席は先輩たちもいるからな。その……色々聞かれるかもしれん。先に言っとく」


「えっ」


 この大会への遠征と時期を重ねて、このあたりの地域の高校と合同合宿が行われることになっている。なのでまとまった数の席をうちの高校は取ってあるのだが、顧問に席の融通はきくかと聞けば、うちの高校の席なら問題ないと言っていた。

 なので志龍はあの先輩たちと同席になるはずなのだが、きっと俺の手前、色々聞かれるはずなのだ。

 そのことを伝えると、志龍はパッと笑ってコクリと頷いた。


「うん、教えてくれてありがと」


 なんだろう、志龍は前に合った時よりも、「彼女」と言われたり、そういう扱いを受けているのに慣れている気がする。女っぽい風に振舞うのは苦手なくせに、そういうところの肝は据わっている。

 これは志龍の適応力が高いのか、はたまた進んで彼女っぽく振舞おうとしているのか。

 あらぬ期待を寄せた俺が返した返事は、少し弾んだ声となった。


 ーーー


 志龍と別れ選手控室に向かうと、金剛さんや部長らは既に準備が終わっていた。黄金世代とも言うべき三年生は、複数人が全国を決めている。


「よう、デートは済んだのかい?」


 花丸(はなまる)部長が話しかけてきた。


「そんなんじゃないです。まあ、彼女とは少し話してきました」


 そう言うと、部長は何度か頷いて「妬けるねぇ」と言った。それ以降はそのことに触れる様子もなく、ただただ椅子に座ってボーっとしていた。まんじりともせずに虚空を見つめるそれは、部長独特の精神統一の構えらしい。

 その横では金剛さんが必死になって腹を守っていた。時季外れの腹巻を巻いて丸くなっている。見れば空調の風が絶対に当たらない位置にいた。


「青山、彼女さんに入れ込むのは結構だが、そのせいでペースを崩すなよ。お前は考えすぎる癖があるんだから」


「……そうですね、分かりました」


 それはできるだろうか。何せ一週間近く志龍のことを考えながら素振りしてしまったので、俺はそんなことではいかんと黙想した。先輩らが出て行っても俺は黙想を続け、ようやっと試合への意気込みが出来れば、既に金剛さんらの試合は終わっていた。無事に明日のトーナメントに進んだらしい。


「おめでとうございます」


 二人にそういえば、二人ともにやりと笑った。


「やー。俺はなんとかやっとって感じさ。それよりこいつのがすごいね」


 部長は肘で金剛さんの腹を突けば、金剛さんは野太く悲鳴を上げ、控室の腹巻を手繰り寄せた。


「やめろっ!大会のために万全を期したんだぞ!」


「そう簡単に腹が壊れるものかのう。いやまあ君はそうかもしれんが、外力まで恐れるかね」


 そう言って部長はのほほんとしだした。一方金剛先輩は部屋の隅で腹巻を巻いて丸くなる。俺は控室に居場所を見いだせずにいると、二年の紺谷さんと丸鐘(まるがね)さんがスポーツドリンクも引っ提げてやってきた。


「失礼しますよ、先輩も青山も水分を取って下さいね」


 紺谷さんにスポドリを渡された。さっき買っていたが、まあいいだろう。金剛さんは頑なに受け取りを拒否していたが、部長に「熱中症にでもなられたら敵わん。腹に冷えたこいつをぶっかけられるか飲むかを選べ」と迫られて大人しくなっていた。

 スキンヘッドの丸鐘さんが俺の横に座った。


「で、青山よォ。あの子とはどこまで進んだんだ?柊とはなんも無く振られたんだろ?」


「……まだ一週間ほどなので、特に何も」


「かーっ、奥手だのう。恋愛っちゅうもんはお前、もっと攻めんと!」


 過去に懇意の相手と付き合って二時間で別れたという記録を持つ丸鐘さんは、手をもぞもぞと蠢かせて言った。すかさず紺谷さんがペットボトルでスキンヘッドを叩いた。


「阿呆。人の恋愛に口を出す前に試合に集中しろ。先鋒のお前に流れを作ってもらわないと困るんだからな。青山も受け答えなんてせず、集中!」


「「はい」」


 試合前の団欒は、このようにしてミーティングへと移り変わった。

 いよいよ出番か。全国という舞台に上がれたという事実は、この直前に喜びと緊張を伝えてきた。

 俺はいつになく高揚した。


 ーーー


 ――金剛さんの腹が下った。


 試合前、全員で入場する運びとなった時、なぜか金剛さんの動きが鈍かった。その時は違和感くらいで済ませていたのだが、入場してからしばらくすると、金剛さんはいよいよ腹を抑えてうずくまってしまった。


「こ、金剛さん!?どうしたんスか!?」


 丸鐘さんが真っ先に気づいて詰め寄れば、金剛さんは「は、腹が……スポドリで冷えて……」と呻いた。


「まぁたこれだ!十分温めたはずなんですけど!?」


 丸鐘さんが喚いたが、金剛さんの顔が晴れることはない。

 この団体戦は金剛さんありきで組まれているのだ。今更金剛さんがいつもみたいに剣を振れないともなれば、たちまちこちらが不利となる。元より勝てればいい方、という相手なのだ、金剛さんがこれなら二回戦へは進めない。しかし、せっかくの大会なのだ。勝ちたい。

 俺は気合を入れるために黙想した。負けたらどうしようといった不安は忘れるべきだ。絶対に勝つ。


 目を開ければ既に金剛さんはトイレに行った後だった。空席の副将の席を見て、俺は一層気合を入れた。

 がむしゃらでもいい。とにかく、勝たねば。


 ーーー


 先鋒の丸鐘さんはあっさりと負けた。

 丸鐘さんはその粗暴そうな見た目に反し、非常に慎重な試合運びをするのだが、大一番で慎重が躊躇いに変わってしまっていた。すっかりと落ち込み、地蔵のような出で立ちになった丸鐘さんと入れ替わりつつ、俺は格上の相手に慎重すぎては手玉に取られると感じていた。

 丸鐘さんの二の足を踏むわけにはいかない。


 面越しに相手と睨みあうと、いよいよ打ち合いへと意識が傾く。正中に構える切っ先の向こうには、相手の面があった。あそこに叩き込まねば、いよいよ勝利が遠のく。


 グッと足を踏みしめれば、いつもの間で試合が開始された。


「――なっ!?」


 開始と同時に踏み込んだつもりだったが、相手の方が早かった。中途半端な体勢で鍔迫り合いに持ち込まれ、俺は急いで足を踏みしめなおした。

 しかし、後手に回ったがために流れが悪い。()()()()()()()攻めに行っているので、この出だしは具合が悪かった。


 なんとか押しのけても、すぐさま相手が先手を取ってくる。体勢を整えることもできないままに、俺はどんどん押されていった。


 何度目かの中途半端な防御で籠手越しに手を痛めていると、歓声が大きくなっているのに気が付いた。うちの高校が発生源らしい。


「――気負わず行くとは嘘だったのか!ヘタレるのはオレだけにしとけ!仁!」


 そんな声が俺の耳に一層響いた。

 志龍は肩をいからせ叫んでいた。ヘタレる?俺は必死のつもりだが。

 そうは一瞬思ったが、俺はミーティングで部長に「平常心だよ青山。勝たなきゃだめだから試合をするのではない。自分なりに試合をして得る勝利こそ意味あるのだ」と言われたことをようやく意識した。


 俺は志龍……空に感謝して、竹刀を握りなおした。

 いつものように、必殺の隙を捕まえるため、俺は切っ先を相手の面に向けた。

彼女の気取った言い方を見るに、また小難しい言葉を使いたくなる男時代の癖が出たみたいです。

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