大概女子は打ち解ける
金剛先輩というキャラに崩し甲斐を覚えています。
オレは青山と別れ、試合に出ない剣道部の人たちと一緒に観客席にちょこんと座り、四方を剣客たちに囲まれていた。
この剣客とは名もなき女剣士たちであり、恋バナに飢えるハイエナである。いや、恋に飢えてるかは知らないが、オレの身の上を聞いてキャイキャイ言ってるのは事実だ。
「――志龍さんが元男なんて見えないわ」
オレの頬をいじりながら、ベリーショートの凛々しい先輩――牧谷さんは言った。男物を持ってることを意外に思った彼女の「珍しいね、そんなカバン持ってんだ」という指摘に、「身の上的に……あ」と答えてしまったのだ。
久遠さん効果でひっそりと出回っている「元男女子」の存在は、例え上級生でも小耳には挟んでいるらしい。緘口令が形骸化したのは久遠さんがオレを認知してすぐの出来事であった。
「そうですか?結構身内にはうるさく言われますけど」
「そうなの?こういう子結構いるけどね~、まあ姐さん気質とかいじられてるけど」
「ははあ、なるほど」
「――ところでさぁ」
ふとハイエナが一人の女の人が話題を変えた。オレとは同級生らしい。
「志龍さんは元男なのに、青山が好きなんだね?」
「……え、あ……まぁ」
オレがそう言うと、その子は不思議そうな顔をした。
「中身というか……精神は変わってないんでしょう?なのに男好きになるって変な感じだね」
「……変?」
オレが彼女に聞き返すと、彼女は当たり前のようにうなずいた。
「あ、いや、文句言ってるわけでもなくて、元からそういうケがあったのかなって……悪気はないよ?」
なるほど彼女はオレが元より男色家だったのかを疑っているらしい。それが今では青山の彼女とか言って顔を赤らめているんだから、そういう疑問も当然だと思う。
そんな彼女に、オレはしっかり笑顔を向けた。
「いーや、男の時は間違いなく女子が好きだった。青山は変な奴としか思ってなかったし、女子といれば落ち着かなかったよ」
彼女は面食らった様子でまばたきをした。周囲も疑問を深めたようで、どういうこと?と小声で漏らした。
「じゃあ、どうして今は青山が好きなの?」
オレだってはっきりとは分からない質問だが、オレは今思い当たることを並べた。
「さあ?女子になって志向が変わったのかもしれないし、本当はそうだったのかもしれない。でも、女になったオレは青山のことが好きになったし、男の時は女子が好きだったよ。これだけしか言えないけど、これで十分と思ってる」
結局そうでしかない。いくら御託を並べても、最終的には好きなのだから、オレは照れてしまっていても、こう言うしかないのだ。
その宣言に周りはどよめき、聞いてきた彼女は「ほんとに男子だった?」と疑問を深めていた。
「まー私なんて志龍さん見たのは今日が初めてだから、正直男子とは見れないけどさ……頑張ってね、女の先輩として応援してあげよう」
「あはは、ありがとうございます。優しいですね、先輩」
「私が初対面の子につらく当たるような性悪と思わないで欲しいな。そんなのするのは部活の外部の青山のファンだけじゃないかな」
牧谷さんはクールに笑い、周囲もそれに頷いていた。オレの男時代を知らない人は、オレを女子としか見れないらしい。むしろそういう過去を「面白い」と見て取っているようだった。
やっぱり、それでも男だったことを過去だけのことにはしたくないな、オレと俺は地続きなんだから。そうとも思ったが、それより気になる言葉があった。
「青山のファン?」
「うん。外部の子はあいつの外面しか知らないんだろうけどさ、結構今でもついてくる熱心な子たちがいるのよ。どこがいいんだろうね、あの変人の」
牧谷さんの言葉に、さっきオレに質問した子もすぐさま反応した。
「ほんとですよ!あいつ、部室でずっと盆栽眺めてるし、無口で何言いたいのか時々わかんないし、夕方薄暗い剣道場でずっと一人で黙想してたし、怒ったら顔めっちゃ怖いし、何なんですかあいつは!」
随分な言われようである。顔は勘弁してあげて欲しいが、他は確かに直させた方が良いかもしれない。
……直させるって何だ。オレは慌てて頭を振った。
「やー、ほんとね。めっちゃ気取ってるしね~、あの子たちもよく分からんわ」
青山が変わってるという話題が勢いを増していくが、オレはちょっとかわいそうな気になった。というか言い過ぎである。青山だって良いとこが沢山あるのだ。
「……青山も結構優しいとこあるんですよ?」
「あ、彼女さんの前でごめん」
牧谷さんはそう言ったが、オレは一言くらいは言っておきたかった。青山は変わっていることに違いはないが、それは彼らしさであるのだ。
「……オレが変わりたての頃なんて、ずっと態度変えないで話してくれたり、一緒に帰ったりとかしてくれたりとか、優しいやつなんですよ」
「……あ~」
オレがそう言ったら、牧谷さん始めみんなが楽しそうな笑顔を浮かべた。これはオレが何か変なことを口走った時の雰囲気だ。
「なるほど志龍さんはそれで青山が好きになったのね」
「ひょっ」
牧谷さんは笑った。一方オレは固まった。同期の子――後で聞いたら佐久間さんというらしい――はオレの肩に手を置いた。
「変わりたての時一緒に帰って嬉しいって、もうそれ一目惚れじゃないの?気づいたのが最近なだけじゃない?」
「ひと、メボレ?」
武道を嗜む人には第六感が備わるという。様々な角度から繰り出される勘繰りという白刃を、オレは成す術もなく受け止め続けた。
オレはチョロいというか、むしろ鈍い?そんな疑問が溢れてきたが、嬉しかったのは相談できる友達が増えたからだと譲るわけにはいかない。それはそれでチョロいからだ。でも一目惚れは男女共通もののはずなのだし……。オレはこの曼荼羅をどこか頭の向こうに放り投げた。
悩みとは悩むからこそ悩みなのだ。つまり悩まなければ時間が勝手に解決する。
「で、志龍さんは青山のどこが良いの?」
そんな佐久間さんの問いに、オレは半ば無意識に答えた。
「オレのことちゃんと見ようとしてくれるとこ」
「うわ、めっちゃ惚気るじゃん」
オレはやらかしたと頭を抱えた。そんなオレにはお構いなしに、次々みんなが話してくる。
みんなの変人青山の恋は、無二の変人元男子とのもので、それは大層な人気を博したのだった。
――ガールズトークにおいて。
ーーー
試合は個人戦と団体戦に分かれる。
個人戦も進んでいっているようだったが、ある時ホールが一斉にざわついた。
何があったのか覗き込めば、さっきの金剛先輩が立ち上がっていた。これから先輩の試合らしい。
「……でっか」
「大きいよね~。あれで体弱いってんだからびっくりだけど」
オレの感想に牧谷さんは笑った。
金剛先輩はどうやら見た目に反して体は繊細なようだ。
「金剛先輩って、体弱いんですか?」
オレが聞き返すと、牧谷さんは頷いた。
「うん。体育祭の時なんて、リレー出そうかと思ってたのに、前の日に食べたアイスでお腹下して休みだよ?繊細過ぎるっつーの」
「金剛ってダイヤモンドじゃ……」
「ありゃガラス玉よ」
ともあれ、今日はそんな金剛先輩がコンディションを整えてきたのだ。青山が絶賛した金剛先輩の戦いぶりを、オレは眺めることにした。
金剛先輩の対戦相手は、中肉中背の人だった。そんな彼が金剛先輩と見合う様子は、鬼討伐に来た武士のような趣を感じる。
試合開始の合図がされると、金剛先輩はその繊細だという巨躯をあっという間に翻らせ、見る間に鍔迫り合いに持ち込んだ。一瞬そうはなった均衡も、相手の人が押しのけられて終わる。金剛先輩はもう一度構え直すと、またも彼から接近した。
上段から振り下ろされる一閃に、相手は身をすくませて竹刀を上げた。
それに対する金剛先輩は、地鳴りのような雄叫びを轟かせながら、竹刀がたゆむのではないかという速度で振り下ろした。
その一撃は相手の防御を弾き、そのまま脳天に叩き込まれる。すくんだ防御は、正しく頭を守らなかったようだ。
一瞬で勝利をもぎ取った金剛先輩は、確かに化け物のように強かった。
「いやー。やっぱあれでアイスでお腹壊すのはよくわかんないね」
「……オレは信じられない」
倒れ伏す相手が担架に乗せられるのを見つつ、オレは金剛先輩を眺めていた。
そういえば、団体戦はいつなのだろう?
ーーー
団体戦は結構後だった。個人も団体も、ある程度は明日に回されるらしく、小休止の後、団体戦一回戦が行われた。複数試合場が備えられているホールでは、今でも無数の竹刀が打ち鳴らされている。
そんな中、満を持してうちの高校の出番がやってきた。
「……ありゃ?」
「……うわ、全国でもやるの?」
やっとかと思っていたのだが、団体戦の列に異変が生じていた。
さっき鬼神のような強さを見せつけた金剛先輩があからさまに挙動がおかしい。さっきのスキンヘッドの人がスポドリのボトル片手に金剛先輩を詰問している様子だ。
どうやら金剛先輩は腹を下したらしかった。青山は動じず黙想をはじめ、場は混乱状態に陥った。




