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男子やめました  作者: 是々非々
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帰省の時期

更新頻度が落ち気味で申し訳ない。

今後もこのくらいかと思われます。

 夏休み何をするかと言えば、当然室内で冷房のありがたさを享受するしかないと言える。

 青山との初デート、もとい告白劇を演じた日はすぎ、今日はその二日後だ。リビングでごろつきながら、夏の高校野球中継を流し見ていた。


「おねーちゃん今日も甲子園?よく飽きんね、それ」


 夏生が冷蔵庫からアイスを取りつつ言った。

 今は地方の強豪校と名前も知らなかった初出場の高校が戦っている。またも痛打を飛ばす強豪校を見ながら、オレは寝返りを打った。


「高校野球ってのは流しとくだけで気が紛れるのー。それよかついでにアイス取ってー」


「お駄賃はいくら?」


「姉からの感謝」


「足りんなぁ」


 グダグダと会話をするも、夏生はオレの方にバニラアイスを投げてよこした。割れたりすることのない最中アイスの封を切り、高校野球を見ながらもそもそと頬張った。

 この試合はワンサイドゲームだなあと考えていると、夏休みでも忙しそうにする母さんがキャリーバッグを引いていた。


「母さん、キャリーとか出してきてどうしたの?」


「ソラ忘れたの?明日から実家帰るでしょうが」


「実家……あぁっ!?」


「忘れてたの……デートとか色々はしゃぎすぎよ」


 オレはつい先日母さんに言われたことを思い出した。父さんが有給と盆休みを併用したのを利用して、ちょっと早めに帰省しようということになったのだ。お盆の高速は混む、なので先手を打った形だ。

 そんな帰省の出発の日は明日で、帰省先は関西だ。


「和歌山のおばあちゃんが首伸ばして待ってるから、ちゃんとおめかししていきなさいね」


「へーへー。……長くして、じゃないの?」


「細かいことは良いの」


 ともあれ、オレは支度をするために自室に上がった。すっかり大きくなったリュックに思い当たる限りの荷物を詰めながら「この姿になってばあちゃんどう思ってんだろ?」と思いをはせた。

 写真とか動画は送ったらしいが、やっぱり生の反応は気になるものだ。オレは久しぶりの緊張感に身を包まれた。ばあちゃんは柔軟な人だけど、やっぱり孫が別人みたいになったら距離感ができるんじゃないだろうか。

 ……今から考えても仕方ないことだ、オレはとりあえず楽しみなことを挙げることにした。

 ばあちゃん家のある地域には確か温泉があった。そんな大きくないとこだったけど、なんやかんや帰省するたび入っていた。後は……うん、まあそれくらいか。南に行けば色々あるらしいが、そこまで遠出する気もしない。田舎のアクセスの悪さは折り紙付きだ。

 あと何かあるかな、そう思っていると、そういえば青山の大会も和歌山ではなかったか、と思い至った。


「……被ってたら、応援いけるかな」


 オレはすぐさまチャットアプリを開いた。二日前を最後に更新の無い青山との個人チャットを見つめた。


「……えっと、『おはよ、全国大会って、いつあるの?』……ほい」


 おまけにちょっとした絵文字を入れてみて、オレはメッセ―ジを放り投げる気持ちで送った。絵文字とかなんか入れるだけで女子っぽい思いだ。送って相手の反応があるまでいてもたってもいられなくなり、オレはリュックの整理をして気を紛らわした。

 もしかすると今は部活中かなと思っていると、次の瞬間通知が鳴った。ベッドの上のスマホを覗けば、青山から返信が来ていた。


『明後日からだ。今はバスで移動してる』


 なるほど全国大会ともなれば結構前から現地入りするらしい。オレは「観戦って大丈夫?」と聞くと、『問題ない。というか来るのか?』と返ってきた。


「母さんの実家に帰省するんだよー……と」


「お姉ちゃん、なにニヤけてんの?」


「おわぁっ!?」


 ちろちろとメッセージを送っていると、夏生がドアから顔をのぞかせていた。


「ニヤけてない。明日の準備してるだけだ」


「ほんとー?ちょっとスマホ見せてよ~」


 夏生はじりじりと部屋に侵入し、慌てるオレを他所に余裕の態度でオレの前に陣取った。

 オレは一縷の望みをかけて脇から逃げ出そうとしたが、夏生の長い腕によって巻き取られ、あえなく隣に引き寄せられた。


「……夏生よ、なぜ姉よりもここまで大きいの」


「運動部だかんね。はい、それよりスマホ見せて。前話してた青山さん?くっついたんでしょ?」


「…………エスパーめ」


 オレが青山に惚れてしまい、そのことが家族にばれてしまったのは結構前の話だが、それからというもの家族はオレの恋に協力的……というより熱狂的な後押しをしていた。

 理由はオレにもわかる。いきなり女子に変わった息子だ、一生を孤独に過ごすことも考えただろうし、こうやって女子として踏ん切りをつけたのが嬉しかったのだと思う。

「早いに越したことはないわ!安心したよソラ!」と笑った母さんの笑顔に陰りは無く、父さんは「娘はやらん」と復唱していた。顔には陰りも威厳も無かった。


「はい、御託はいいからみーせーて……うわお姉ちゃん絵文字使ってんじゃん……キャラ違う……」


「うるさいな……ちょっとくらい気も使うわ」


「うえー彼氏さん大会で和歌山?すごい偶然じゃん。良かったね」


「……そうだけど、彼氏とか言うな」


「へ?なんで?」


 夏生からスマホを受け取りつつ、オレはそう言った。

 理由は簡単だ。


「……まだ実感ないし、照れるだろ」


「……お姉ちゃんも奥手だねぇ、まあ元々モテなかったし仕方ないよね」


「うるへー!なんもないなら出てけー!!」


 オレは夏生を追い出し、青山に口利きしてもらって観戦席を手に入れるのだった。


 ーーー


 父さんの呑気な運転で高速を走ると、右の車線にはたくさんの車がみられる。オレはいつもそれをボーっと見つめていたのだが、今回はそうもいかないらしい。


「へー、その青山君が大会であっちにいるのね?」


 夏生と母さんが談笑している。母さんがいたずらにこちらを見て笑うと、夏生もにんまりと笑った。


「そうそう、もうびっくりだよね、遠征先にもくっついてくなんてさ。見事に彼女してるわ~」


「オレが何したって言うんだ……」


 さっきからあの二人の話の針の筵なのだ。しみじみとした空気が照れ臭い。


「ソラ、お母さんは嬉しいわよ。早くに女の子として生きてくれて。まあそのきっかけが恋なのも良いと思うわよ」


 母さんはぐっと親指を立てた。その顔は満面の笑みだったが、どこか楽しんでいるような笑顔だった。


「空、父さんは早いと思うぞ。第一まだ三か月じゃないか。もっとだなぁ――」


「お父さんは今「人生で娘に言ってみたいことリスト」のセリフを言ってるだけだから気にしなくてもいいわよ」


「ばらさないでおくれよお母さん」


「棒読みだったからよ」


 助手席の母さんと運転席の父さんが声を合わせて笑った。そして揃って「がんばれよ空!」なんて言うものだから、オレも「おう」と答えてしまった。

 頑張るって何すればいいんだ?そんなことを考えているうちに、父さんのマイカーはどんどん道を進んでいった。


 ーーー


 ばあちゃんは半ば妖怪じゃないのかというほどに元気な人だ。

 じいちゃんは大昔に亡くなったらしいが、それでもばあちゃんはオレ達の家に来ることを必要とせず、御年八十を超えているにも関わらずに大きな日本家屋を一人で切り盛りしている。背筋は曲がることなくまっすぐ伸び、いつでもはきはきと言葉をぶつけてくる人だ。


 そんなばあちゃんとオレは、母さんの生家の一室で対面していた。これはばあちゃんに頼まれて実現した面会である。


「そうか、あんたは空なんやな?」


「……うん。こんなになったけど、空だよ」


 そう言うとばあちゃんは一つ頷いた。


「その座布団に胡坐かく時の仕草とかで分かったわ。そやかて女いうからには正座で座りや」


「あ、うん。そうする」


 ばあちゃんに半目で見られ、オレはもぞもぞと正座をし直した。ばあちゃんは延々と正座をしていられるようで、昔はばあちゃんの足に血が通っているのか疑ったものだ。


「空、あんたは今、女としてちゃんと生きてるんか?」


「へ?」


 ばあちゃんはいつもの穏やかでいて、静かに人を捉える目を向けながら言った。


「女いうからには、世間様にはそういう風に見られるいうこっちゃ。それやのに男みたいに振舞ってたら、あんたは一人になるかもしれん。ばあちゃんはそれが心配で、最近ずっと悩んでたんよ」


「あ、あー……」


 ばあちゃんだってオレを心配してくれてたみたいだ。なんだか安心して顔がほぐれた。


「……なんだか恥ずかしいんだけどさ、オレ、今好きな男の人がいるんだよ」


「――ほう」


 オレがそう言うと、ばあちゃんは片眉を上げて身を乗り出した。


「それに、女友達もいるし、だから、ばあちゃんが心配してる風にはならないと思う。オレは、自分のことちゃんと女って思ってるから」


 ばあちゃんは好ましげな顔をして「良かった」と言った。


「それやったら安心やわ。ばあちゃんホッとした」


「そう?ならよかったよ」


 しばらく二人で笑いあった。オレは出されていたお茶をすする。そうすると、ばあちゃんの目つきが変わった気がした。


「…………どうかしたの、ばあちゃん?」


「空、あんたその好きな子とはもう付きおうてるんか?」


「へ、あぁ、いや……うん」


 そう頷くと、ばあちゃんはますます身を乗り出し、真面目な顔になった。


「……それやのに、そんな男っぽい仕草でおるんか?」


「え?」


 男っぽい仕草とは何だろう?そう思って手元を見ても、片手で掴んだ湯飲みがあるだけだった。


「ばあちゃんが心配やったんは、仕草が男の時のままやったからやで?まさか、自分の意中の人にも野暮ったい振る舞いでおるんか?」


「いや、まあ、自然体で」


「あかんで空。女たるもん、女房たるもん相応しい“品”っちゅうもんがあるんや。ほんまにその子が好きなら、ちゃーんとデキるとこ見せな嫁には行かれへんよ?」


「よ、よよよよヨメェ!?!?」


 ばあちゃんの言葉にオレはのけぞった。

 昔の人は結婚にお堅い考えを持ってるイメージだったが、それがまさか自分の身に降りかかってくるとは思えなかった。というか、嫁だとか考えられるもんか。


「ばあちゃん、それは流石に……」


 早くない?そう言いかけたが、ばあちゃんにすごまれて口をつぐんだ。


「早いもへったくれも無いわ!あんた元々男やろ?そんなあんたのこと嫁にする男がなんぼいてると思てんの。その男引っ掴まえんと、あんた一生一人やで?」


「元男……」


 確かにオレは男だったことは隠す気は無い。どうせばれるだろうからだ。でも、確かにそんなことを言われてオレのことを色眼鏡無しで見てくれる人は少ないだろうし、それに青山との関係を切りたくも無いし。


「ええか、ばあちゃん今一人やけどな、それはじいさんおったから一人でもいてられるんや。初めから一人なんは寂しいで?その子と一緒に暮らしたないか?」


「え、一緒て……まだそんなことは」


 付き合ってまだ数日ですよ?しかしばあちゃんはあきれ顔だ。


「なんや、好き言うことは一緒におりたいんやろが。それともその男とは遊びなんか?」


「いや!そんなことない!本気も本気だって!」


「ほなら気合入れり!あんたよりええ女ら山ほどおるわ!その男の心もらうために頑張らないかん、ここにおる間にしっかり仕込んだる」


「――は、はいぃ!」


 かくして、オレの、ばあちゃんによる、青山のための女らしさ特訓は決定された。

 普通のカップルならそんなことも無かったんだろうけど、元男のオレの恋は途切れさせるわけにはいかない。

 オレは気合を入れるために「っしゃあ!」と頬を叩き、ばあちゃんに「喝っ!」と頭をしばかれた。

 すでに特訓は開始されているらしかった。

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