君はぐらかし給うこと勿れ
ちょっと短め。
オレは青山がクラスの男子らと談笑しているのを物陰――近くのインテリアショップの巨大な観葉植物の裏から見つめている。
女子なことを宣言するのではなかったか、そう追及するのはおかしくない。でもよくよく考えたら、オレは今これでもかとめかしこんでいるのだ。ちょっと照れるなぁ、などと考えて尻込みしたのが運の尽き、オレは彼らの前に姿を見せるのに勇気を必要としていた。
「……よし、よし、行くぞ」
二、三度深呼吸をして息を落ち着けてから、オレはなおのこと大股にならないよう注意して青山の下に歩いて行った。ある程度近づけば、男子面々の注意はオレに向く。ぎょっとするやつらを他所に、オレは軽く手を上げる青山に手を上げ返した。
「よ、待たせてごめんな」
「……いや、大丈夫だ。こいつらにも捕まってたしな」
すっかり知り合いの前でも女子らしい格好をしていることにむず痒さを感じつつ青山の指す菊池らを見れば、三人とも口をあんぐり開けていた。
「……志龍かよ、一瞬誰か分かんなかったわ」
万場はそう言って頭を振り腰を曲げてオレを四方八方から観察した。オレは「ジロジロ見んな」とけん制し、万場は「や、すまん。びっくりしててさ」とオレから視線を外さず言った。好色でいて色を得られない無地の布たる奴は、どこからどう見ても女子なオレを見て動揺しているらしい。そんなことでスポーツマンが務まるのであろうか。
「てか、青山は志龍と出かけてたんだな。さっきまでなんでいるか聞いても「ちょっとな」しか言わなかったくせに」
照井はゆさゆさとその豊満な頬を揺らしながら言った。身体は筋肉と脂肪でこの上なく仰々しく育ちつつある彼だが、顔は鍛えられることなく肥大している。
……というか、青山は今日来たのをはぐらかしたのか。オレは不満で青山を見れば、ばつが悪そうに目線を彷徨わせていた。
「でも……志龍の様子を見るに、もしかして」
菊池もまたオレを窺うように見た。オレはサイドアップに麦わら帽を乗せ、華奢な肩を出すワンピースを纏い、薄化粧も施している。男子目線で言ったらファッションに気を使ってるんだなぁと思わせる格好だ。その上二人っきりのお出かけだ、勘繰りが働いて仕方ないはずだ。
三人とも青山を見た。もちろんオレもである。
「青山、まさかお前が桃色生活啓蒙活動仲間を差し置いてこんなことになるなど思わなかったぞ……!柊先輩を振ったお前は不能説すらあったというのに!」
万場は早くもオレと青山が恋仲という風に話を進めている。まあ間違っちゃいないのだが、こういうのははっきり青山に宣言して欲しい気もする。なので、オレは照れる気持ちを踏みつぶし、青山の服の袖をつまんだ。腕を組め?それは早計というものである。
青山はオレを一瞥すると、すぐさま口を開いた。
「……あぁ、俺と志龍は付き合ってるよ。桃色うんたらは他所をあたるんだな」
「うああマジかぁ。密かに人気を集めてたのに、志龍は」
「えっ?」
頭をかく万場は何か妙なことを口走った。確かにあの集まりは気になる女子へのやるかたない想いを、本人ではなく掃き溜めに吐露することに注力していたが、そこでオレもやり玉に挙げられていたのだろうか?
「なんだっけ、幼馴染として朝部屋に飛び込んできて起こしてほしい系女子だっけ、谷口とかそんな感じのことを言ってたな」
照井はそう言った。やたら谷口の裏でのオレの認識が歪んだものになっている気がしなくもないが、それよりあそこで話に上がっていることが問題なのだ。あの場では女子への欲が留まることを知らず、やや暴発気味の話へと進化するのだ。
オレはちょっと警戒を強めた。そっと青山の傍らに寄った。
「……ほかに何と言われてるんだ?オレ、元男だけど」
「……言わせるつもりか、志龍。白昼堂々こんなところで」
「お前ら人で何考えてくれてんだっ!!?」
万場は痛恨極まると言わんばかりに深く皺をその眉間にたたえているが、オレとしては心外……というか、ぞくっとした感触を覚えた。男子も逞しいものである。
「船頭多くして船桃園にて盛る」という格言を生み出したあの活動団体は、既にオレを陥れていたようだ。安心して欲しいのは、あの場はちょっと旺盛な男子が自分に正直になる場というだけで、犯罪予備軍というわけではない。全員つまるところ純愛を愛する無垢な少年である。
「……簡単に言えば、そこが俺たちのツボを刺激するわけだ。志龍よ、男の情念をなめるなよ、お前はもう女子枠なんだからな」
万場は何故か深刻な顔をしている。なかなかどうして男とは罪深い生き物であるようだ。そんな万場に菊池が後ろから手刀を叩きこんだ。
「はいはい、女子枠ならセクハラは控えような。しっかしまあ、志龍はとうとう彼女になったのか」
図星を突かれて項垂れる万場をベンチに押しやりつつ菊池は言った。照井も「なー」と同調した。
「やっとかって感じもするなぁ。見た目は女子だから、俺なんて秒で女子にしか思ってなかったなぁ」
照井は懐かしむように言った。オレとしては複雑だが、やはり見た目は大事なんだと思う。女子ならもうそれは女子なんだと思われるんだろう。
もし男として丁重に扱われていたら、青山とこういう関係にはならなかったのかと思えば、オレは彼への想いを大事にしようと思えた。ちらりと見上げれば、青山はいつもより冷ややかな氷山のような顔をしていた。
おや、どうして表情が冷たいのか、そう思っていたら、青山はオレの肩に腕をまわしてきた。
「――へっ」
「まぁ、何回でも言うが志龍は俺の彼女だからな。他をあたれ、万場、照井」
青山はそうハッキリ宣言すると、冷たい顔を少し緩ませて笑った。
すごく自慢げで満足げな顔に見えたけど、オレは「そういう顔もできるんだ」と、青山の顔に見入っていた。いいじゃないか、彼女なんだから。
「くそおおおモテる奴め、中学でもお前は女子に困ってなかったもんなあ!」
「困ってなかったというか、あれはまた違う気もするけど……あぁ、行っちまったよあいつ」
照井と菊池が呆れるのを尻目に万場は何かを求めて退散していった。あぁいうキャラでクラスでは通っているので、オレ達は笑い交じりに息をついた。
「まあそのなんだ、二人ともおめでとう。俺ら信二追いかけてくるから」
照井はそう言って万場を追っていった。どすどすと巨体が遠ざかるのを見て菊池も「じゃ、俺も」と言った。
「じゃーなお二人さん。仲良くやれよ」
「言われなくとも」
菊池と青山はなにか目を合わせあっていたが、そんなことはオレの勘違いかもしれない。「またなー」と言えば、菊池は後ろ手を上げて去って行った。
ベンチ近くで肩を組む青山とオレがぽつんと残った。青山はゆっくりと腕を外した。
「……ねぇ青山」
「なんだ、志龍」
「……中学の時、彼女たくさんいたの?」
万場の「女子には困ってなかった」という言葉が気になって、オレはついそんなことを聞いた。
なんだか変な質問な気がして、「青山ってそんな女子のこと取っ替え引っ替えにするタイプじゃないって思うからさ」と付け加えた。
青山は「……これは本当のことなんだが」と前置きしたうえで、ベンチに腰を下ろした。オレも隣に座る。
「いつも向こうから告白してきて、断り切れないで付き合うんだが……中には押し切ってくる女子もいたんだが、気づけば大抵つまらない男だと振ってくる。俺が何したって言うんだ」
「……何もしないからじゃないかなぁ」
何とも情けない実態だったけど、オレはそんな青山に青山らしさを感じつつ、そんな彼が自分に本気になっているということを噛みしめていた。
次回からは恋人としての姿勢を模索していくターンになります。
夏休みは継続するので、主人公らの夏の思い出を楽しみにしていただけたら幸いです!
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