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男子やめました  作者: 是々非々
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恥じらうわ、嫌でも

お約束……?

・追記 文体が気になったので改稿しました。

    柳さんが助手席に座ってる感じになっていたのも直しました。

 日比谷(ひびや)さんの提案により、俺は本当に女子になったのか調べられることになったらしい。

 そんなものはこの胸を見よと言いたいが、ぶかっとしたブレザーのせいで分かりづらい。確信に至るには不足のようだ。

 いや、足りてるだろ。


「はーい志龍君、暴れないの~」


「うるさい……なんでこんな非力なんだ……」


 俺は今、南原さんと柳さんに両脇を拘束される形で、日比谷さんと柏木さん先導の下、女子トイレへ向かっている。抵抗しないのかと問われれば、した後だと答えるしかない。

 しかし、この華奢な体では運動部女子たちに毛ほども敵わなかったことを明かしておこう。妹の夏生にすら力負けした時点で察してはいたが、俺も随分とか弱くなったものだ。帰宅部だからだろうか。

 そうこうしているうちに、トイレの前にたどり着く。そして入るのはいつもの左側の男子トイレではなく、男子禁制の女子トイレであった。


「ま、待って、やっぱ無理だって!ほら、元男子なんて入れたくない子もいるだろうし、こんな男子制服が入っていったら変な目で見られるって!」


「はいはい、どうせトイレ行きたくなったら入ることになるんだし、今のうちに慣れといたらいいのよ。顔見たら違和感ないから大丈夫」


 柳さんはそう言うと、平然と俺の腕を引いて女子トイレに入ってしまった。

 俺の身をなんだかいたたまれない気分が駆け巡った。

 ちなみに女子トイレは男子トイレと比べて雲泥の差があるほど清潔だった。心なしか、向こうと比べて空気も澄んでいる気がする。種族差というやつだろうか。

 しかし感慨にふけっている場合ではない。男の心を持つ俺が、女子トイレに入ってしまっているのだ。振り返ると、にこにこした日比谷さんが立っていた。


「うふふ、まるで小説みたいよね、女体化なんて。あ、この女子トイレあんま人気無いから人こないよ。音姫ついてないの」


「いや、人が来る来ないの話じゃなくてだな」


 確認と言ってわざわざトイレまで来るということは、確実なモノを改めに来たと思って差し支えないだろう。世が世であればいじめ案件であり、目下その世の中である。


「志龍君、女の子になったというのなら証拠があるはずよ、大丈夫、私たちもそこまで疑ってるわけじゃないけど、急な変化すぎて物的証拠が欲しいだけよ」と諭す柳さん。


「柳さん、落ち着いてくれ。急なのはわかるけど目視!?教室でもいいじゃん!外からわかるよ!?」


「やだ……教室でなんて恥ずかしいじゃん。てか他のクラスの女子に証拠は?とか聞かれた時どうすんのさ。私らさえ見とけば言い逃れできるじゃん?」


 南原さんまでそんなことを言う。確かに他のクラスの女子は面識ないから女装が疑われるかもしれないし、その度に胸やらなんやらを触らせるのは非常な手間であり、俺が恥ずかしい。果ては噂を聞きつけた男子らから痴女の烙印を押されかねない。

 そこまで考えて俺は敗北を感じた。目の前にいるのは一切悪気の無い顔を浮かべる女子たち、一人だけ鼻息の荒い日比谷さん。日比谷さんは勘弁して欲しいが、女子的にはそりゃ実は男でした的な展開は恐れるものなのだろう。柳さんの言う事態も起こるかもしれないのだ。

 なんだか、もう流れに身を任せた方が良い気がしてきた。

 万が一の事態に備え、手近な個室に入る。柏木さんらが個室の前に来たのを確認し、俺はやけくそになってベルトを外した。


「……い、言われた風みたいになるのが、嫌で、こんなことするんだからな……!!」


 顔が熱くて仕方ない。サクランボ男が持つ繊細なハートは、こんな多くの女子に見られることを許容しきれるわけがない。恥ずかしくて肩が縮こまるが、せめてもの抵抗に俯きがちながらにらみを利かせる。

 しかし、空気は何故か弛緩した。


「――皐月ちゃん、あんたとんでもないことやらかしたね」

「――私も、ここまでグッと来たのは初めてよ……」

「志龍君、無自覚ならぜったい気を付けてね、そんな顔誰にもしちゃだめよ」

「首まで真っ赤て……体育できんのそれ」


「うるさい!早くしてくれ……空気感の差すら辛い……」


 なぜここまで注目を浴びねばならないのか。さらには空気的に俺が自分で脱ぐみたいになってるし、女子は動じないし。女の子は裸を見るのに抵抗はないのだろうか。

 しかし、彼女らが平然としていたのはそこまでだった。震える手と茹だった頭を制してズボンをずらせば、呆けていた女子たちが息をそろえて絶叫した。


「え、な、なに?」


 顔を真っ赤にして狼狽える女子ら。しかし唯一飄々としていた柳さんが、笑いながら指をさした。


「志龍君、そのルックスで男物は無いって。ふはっ、全然似合ってない」


 俺はボクサーパンツをはいていた。当然である。今まで男だったんだから。妹も母さんも女物を着せようとしてきたが、断固拒否した。俺に合ったサイズの下着を買うまでという期限付きだが、見事俺は肌着の自由を得たのだ。こんなことならゴールデンウィーク中に変わっておけと言われたが無視だ。今日の帰りに買いに行くと言われて涙を流したが、それはもういいだろう。


「仕方ないだろ、これのが落ち着くんだから」


「ぶふっ、ないない、似合わない!それに由佳たちが驚いてるからさっさと確認しちゃおう」


「……えぁっ!?」


 高身長で男物のパンツにも動じない柳さんに動きを封じられ、俺はまた一つ大事な何かを失った。

 見られるというのは想像以上に恥かしかった。二度としたくない。日比谷さんの視線も怖かった。鼻息荒くこちらを見ていたのは、体調不良以上の何かがあると見て間違いない。

 もしかすると同性な分彼女の方が危険かもしれない。真の敵は味方である。

 ――今日の出来事にちょっとドキドキしたのは墓まで持っていくことに決めた。


「まさか志龍君があそこまで見事に女子とは……」


 教室へ戻る途中の廊下にて、南原さんがさっきのことをぶり返した。

 正直二度と思い出したくないので、ご遠慮いただきたい。女になってからというもの、ことあるごとに出てくる俺の声が可愛らしくて調子が狂うのだ。


「志龍君、照れちゃって……さっきは結構大胆だったのに」


 日比谷さんがなぜか残念そうだ。さっきは面倒ごとになりたくなかったからであり、自ら望んでしたわけではない。肉を切らせて骨を断つ覚悟を固めたに過ぎない。


「きっと女子としての自覚が出たのね、意外にも女子っぽかったみたいだし?」


 にやりと笑う柳さん。俺の恥じ入った声のことをいたく気に入ったらしい彼女は、隙を見ては俺の脇界隈をくすぐってくる。しかし、今ここで彼女がいじっているのは「確認」の時の一段と高かった悲鳴だろう。

 不意にそれを思い出さされ、揉みくちゃにされた羞恥心に火が付いた。


「――あんなこと、誰だって恥じらうわ!!嫌でも!!」


 名前に恥じず、俺の言葉を柳のようにかわして笑う柳さん。しかし、なんとなくみんなとの距離が縮んだように感じ、怒る反面俺は少し安堵した。


 ーーー


 俺は女になったことを除けば、おおむねいつも通りの一日を終えた。クラスでの立ち位置がまるきり変わったが、おいおい慣れていくしかないだろう。

 それはさておき、俺は西先生からの呼び出しを受けて職員室に向かっていた。

 そして西先生に会うや否や、応接室に通された。結構大切な話のようだ。


「――僕は、志龍君の症状に心当たりがあるんだ」


「――まじですか」


 かなり大事でした。


「と言っても、直接知っているのは僕の知り合いの医師なんだがね。彼は学生時代の親友なんだけど、彼は医学部で、僕は教育学部。同じサークルに入っていたんだよ」


「はぁ、なるほど。それで、心当たりとは!?」


 正直身が震えるほど興奮しているが、西先生は落ち着きたまえとコーヒーを淹れて渡してきた。カフェオレだ。ありがたく頂戴する。


「で、最近もずっと交流は続いているんだけどね、何年か前に、彼が東方医学に没頭して書き上げた論文の話をしてくれたんだよ。未発表のまま没にしたみたいだけど」


「東方……医学」


 陰陽とか気とか、そういったものなのだろうか。東方医学には悪いが胡散臭い気がしなくもない。西先生も微妙な表情だ。


「それで彼に打診したら、すぐにでも来てほしいといわれてね、志龍君の返事次第だが、今週末にでもこの病院に行って欲しいんだ。もちろん、かかる料金は彼が持つし、君を無理矢理研究なんてしないように頼んである。もちろん、口外も一切無しだ。ただ、カルテは書けないそうだが」


 そう言って渡された紙に書いてあったのは、このあたりで住んでいれば嫌でも聞いたことくらいはある大きな大学病院だった。先生の個人的な連絡先も書いてある。

 正直に言えば怖いが、行ってみたい。


「君の親御さんからは志龍君の思うようにさせてくれと言われているよ。どうかな?」


 俺は考えた。戻れるのならば戻りたい。しかしそれ以上に、戻れないと分かった時どうなるかが恐ろしかった。

 でも、それでもだ――


「――行きます。行きたいです」


 これしか選択肢はないだろ。はっきり俺が頷けば、西先生は「話は通しておくよ。保険証は忘れないように」とだけ言うと、ちょっと高い饅頭を引っ張り出した。

 飲み物はコーヒーだが、俺は先生とお茶をしてから帰るのだった。


 ーーー


「――そう、やっぱり受けるのね」


 裏門まで車で迎えに来ていた母さんに診断を受けることを話した。母さんとしても受けるだろうとは思っていたそうだが、少し不安げな顔だった。


「まあ、色々融通も効かせてくれるみたいだし、思い切ってね」


「そうね、せっかくのご厚意だもの。袖にするのは失礼ね」


 少ししんみりしてしまう。

 だが、そんな空気は志龍家において長続きしない。

 軽自動車の後部座席の窓が開き、中から夏生が飛び出した。


「お姉ちゃん!!下着!!買いに行くよ!!あと制服!!」


「うるさい!そんなこと大声でいうんじゃありません!はしたない!」


 夏生は嵐のような女だ。俺は遠巻きに視線を感じつつ、慌てて車に乗り込んだ。


「――あれ、お姉ちゃん、あの人知り合い?」


「え?別に誰とも一緒には……」


 夏生の指さす方向に目を向け、俺は言葉を失った。

 なんと、柳さんと日比谷さんが歩いてきているではないか!しかもまっすぐに。ためらいなく。この車に。


「――母さん、急いでくれ。あの子らはダメだ。嵐の予感がする」


「――なるほどお友達ね?いいじゃない可愛い子たちで。あなた達ソラのお友達~?よかったら送っていきましょうか~?」


 そう言われ、あの二人はにっこり笑った。


「いえ、もしよろしければ、空君の服選びを手伝えないかと思いまして」

「流行り、とか、疎そうですし」


「そうねえ、正直夏生も私も、女子高生の流行りは分からないから困ってたのよね。いいじゃない、ついでに送っていくから、後ろに乗って!」


「はーい!失礼しまーす!」


 ――あゝ、不安が身を包む。

 夏生よ、そいつらは女豹だ。いじりがいのあるウサギを見つけて追ってきた捕食者なんだ。頼むからそんな即迎合しないでくれ。お菓子を分け合うな、なんで声が弾んでるんだ。

 途方に暮れていると、助手席に座る俺に柳さんが後ろから囁いてきた。


「――可愛いの選んであげるからね、空ちゃん」


「…………はあぁぁぁぁ……」


 今日という日は、まだまだ長く続きそうである。


 余談だが、南原さんがソフトテニス部なのに対し、柏木さんは水泳部だ。二人とも運動部独特のハードスケジュールに忙殺されている。サボり上等の軽音楽部の柳さんと、図書館の虫の日比谷さんがこうしてついてきたのであった。

沢山のブックマーク、評価ありがとうございます。

これほどPVが付くものと思っていませんでしたので、非常に驚きました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 細かいことなんですけど、軽自動車は定員4名です・・・。
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