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男子やめました  作者: 是々非々
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敵城陥落せり

 ぐいぐい青山に連れられていけば、モールの屋上に設置されている「スカイガーデン」という大げさな名前を持つ、洋風の庭園を模した散歩道に連れてこられた。夏だからかなんなのか、人気も少なく、話もしやすそうだ。上を向けば、吸い込まれそうな青空が広がっていた。


「……志龍、いいか、話をして」


 そのスカイガーデンの一角、木漏れ日の差すテーブルベンチでオレと青山は向き合った。そして青山の問いには頷きを返そう。むしろ望むところだ。わざわざ改まって、いったい何を話すんだろう?


 ……これでまたオレ以外の女関係の相談でもしてこようものなら、オレからもう一歩踏み出してやる腹積もりだ。ここから一歩ともなれば、告白とかしか思いつかないが。貧相なオレの恋愛経験を恨んだ。


「いいよ。急に連れてこられて、結構びっくりしてんだからな」


 有無を言わさず連れてこられるなんて、オレとしては色々勘ぐってしまう。

 もしあの映画を見て青山の気が大きくなって、告白とかしてくれたら嬉しいかも?だなんて女々しいことを考えてるのは青山のせいだ。

 まあ、根本から青山が原因であるのだが。女の子っぽくなって、可愛いって言われて一番うれしかったのは青山だし。……まあ、そういうことだ。


「すまん、これは、ハッキリ言いたくて」


「……何をだよ」


 青山は深呼吸をし、一度長く瞬きをすればオレを見た。さっきも構えていたあの目だ。澱みなくオレを見据える青山の目は、オレと彼の空気を一瞬で静謐なものにした。


「志龍はもう女子として生きていて、今本気になってる相手もいるんだよな?」


 その切り口は、オレが緊張で息を弾ませ心臓を高鳴らせるには充分すぎるものだった。オレはこくこくと頷く。

 青山は少し身を乗り出したようだった。


「俺は今まで、志龍が好きになるとするなら女子だと思っていた」


「……うん」


 オレは青山に言われた言葉をゆっくりと飲み込んだ。

 そうか、誰よりも変わらないでいてくれたこの男子は、本当にオレのことを変わらないままに見続けてくれていたんだな。きっと、オレっていう人間の……本質?人格?とかが変わっていなかったから。ずっと律義に、オレが周りに女子だと言われて、孤独になんかならないように。

 たぶん、青山という男はそういうやつだ。


「だから俺は、友達として仲良くやったらいいと思っていた。厄介な男友達が増えたくらいに思っておけばいいと思ってたんだ」


「……そーかよ」


 オレはそれを聞いてムッとした。ちょっとくらい意識してくれても良いじゃないか。あいや、最初っからそうじゃなかったから仲良くなったんだけれども。あっという間に複雑にこんがらがるオレの心は、きっとめんどくさい女子って呼ばれるようなものなのだろう。……あれ、女子が好きだろうから、友達で良いと思ってた?

 オレは少し深呼吸をして気を落ち着けた。


「――でも、今は違うのか?」


 思ってた、思ってるの違いは果てしない。オレは身が震えるほどの緊張と共に聞いた。


「――違う」


 青山のその言葉は、オレが今日までしてきた努力が叶ったみたいな思いをさせる言葉だった。

 まっすぐ見据えられた彼の目から視線が外せない。早く核心に触れて欲しい、オレの望むものじゃないかもしれないけど、オレはオレが望む答えがある気がしてならなかった。


「俺は……志龍が好きだ。きっと、保健室で介抱したくらいから。でも、ずっとそれは叶わない気持ちと思っていた。俺にとって志龍は中身が男子で、俺はそんな志龍に向き合って友達になってたんだから」


「……うん」


「ずっとそう思ってた。でも、志龍はちゃんと自分と向き合ってたんだな。俺はそんな志龍と向き合えてなかった……変わったんだな、志龍は。俺は志龍が動いてくれて、やっとそれに気づけたよ」


「……うん、オレ、変わったもん……変わったんだよ?」


 オレがちゃんと女の子と気づいて欲しくて、口から出たのは弱々しい女の子の声だった。青山が、オレを好きでいてくれた。そんなことの確認が嬉しくて、急かすように言葉を投げた。


 ――だから、どうなの?


 青山はオレの手を取った。いつの間にか強く握りしめていたらしい手を、青山はゆっくりほぐした。


「普段からずっと好きだった。元男とか関係なく。正直なところ、無防備なところ、元気なところ、気さくなところ、強いところ、全部好きだ。志龍、俺と付き合ってくれないか?」


 青山ははっきりそう言った。それはたぶん、オレが欲しかった言葉そのもので、お互いが言いたかった気持ちに溢れたものだ。


 オレは声が出なかった。

 あ、いや、呆れてるわけじゃない。告白されてすっごく嬉しい。なのになんで声が出ないんだろう?なんて言おう?女子ってこういう時なんて言うんだ?あ、いや、青山とは本気で正直に向き合いたいんだ。えと、正直なんだから、なんて言ったらいいんだろう?


「――……ぅえぇ……好きなら早くそう言えよぉ……」


 出たのは嬉しいという言葉でも、喜んでという返事でもなく、嗚咽だった。

 だって、今まで女の子って思ってもらえてないと思って頑張ってたのに、もっと素直だったら良かったなんて、ドキドキし損だと思わないか?

 顔をくしゃりと歪めるオレを見て、青山は手を握る力を強めた。


「……いや、俺だって――」


「うっさい!オレ頑張ったんだぞ!なのに最初から好きなんて、ずるい!」


 オレは勇んで立ち上がり、青山の横に立った。座ってもあまり見下ろせない彼は、自分でもわかるくらいふくれっ面のオレを見ても、ちょっと目を見開くだけの無表情のままだった。

 そんな青山を見ていると、だんだん引き結んだ口元に力が入らなくなってくる。どうしてだろう、いろいろ苦労した話をぶつけようかなとか思っていたのに、好きってわかったなら良いかなと、悔しさを放り出すオレがいた。


「……オレも、青山が好きだよ。怒っちゃったけど、嬉しいよ」


 ちょっと頬を緩ませれば、青山は安心したように息をついた。

 でも、女子に苦労させたんだから、ちょっとくらいびっくりさせたって許されると思う。オレは元男だから、そういうとこではいたずらするぞ。


「ありがとう、志龍――」


「――でも、何したって動じてなくて、オレ不安だったんだからな。だから――」


 青山が思いっきり表情を変えるとこなんて見たことない。でも、今だったら見れるかもしれない。

 オレは思い付きを実行することにした。

 ゆっくり彼の顔に近づいた。少し腰を折るだけで、ほのかに赤らむ彼の顔は簡単に目の前にやって来る。


「――ありがとう青山、嬉しいよ。だから、彼女としての気持ちを受け取ってね」


 オレはわざとらしく作った女の子口調で笑いかけると、思いっきり青山の頬に唇を押し付けた。

 その勢いで首元に抱き着いて、そのままオレは固まった。青山だって硬直している。


 ――予想以上に恥ずかしい。表情を見る余裕とかない。むしろオレがひどい顔してる気がする。

 口じゃないのか、なんて思うだろうが、そんなところに口づけたら照れやなんやらで失神する。今はまだ、だ。


「……こっ、これから、よろしくおねがいします……」


 真っ赤な耳元でそう囁くのがやっとのことで、オレは再び顔をうずめた。

 今度は青山の腕はオレの背に回されている。


「――よろしく。遅れてごめん」


「……素直に言えなくて、ごめん」


 ともあれ、オレと青山というカップルは、このようにして爆誕した。

 じりじりと差す太陽光線から避難して建物内に隠れた頃には、オレも青山も真っ赤で汗だくだった。


 若い男女が汗だくで真っ赤でしわの寄った服を着ている……?オレはあらぬる誤解を排除するために化粧室に駆けこんだ。言うまでもなく化粧直しだ。この一週間で身に着けた女子力という付け焼刃を以て薄化粧をつけなおし、服のしわをこれでもかと引き伸ばして制汗剤でさっぱりすれば、そこにはニヤけ面の女子がいた。

 鏡に映った自分を見る。今までは元男として、男の頃の名残を探していた。今はどこが良いところかを探している。今までは外見だけだと思っていた。でも今は、中身から女子だと胸を張って言える。


()は、もう男子じゃない。これからは、女子だからな」


 覚悟を持ってそう言えば、なんだか後に引けなくなった気がした。

 前髪をちょいちょいといじったら良い感じになったので、オレは外に出た。


 ……青山はどういうわけか、菊池、万場、照井といった顔ぶれと談笑していた。


 オレが女子として踏み出した先は、そのことを宣言する舞台だったようである。オレは大きくため息をついた。

青山にもっとロマンチックな告白をして欲しかった、ハッキリした物言いで単刀直入に決めてほしかった、いろいろあると思います。

でも内面はクソヘタレな彼にとってはあれが精一杯だと思います。

自分から告白しなくても彼女はいただろうからな!!!!

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