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男子やめました  作者: 是々非々
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あと一線

 青山の口元にフォークを突き出せど、彼はそれに食いつくことは無かった。体の動きを止め、キョロキョロとオレとフォークを見比べている。


「……くれるのか?」


「そうだ。何せ美味しいからな」


 余裕たっぷりな笑顔を作ってフォークをちょいちょいと動かしてやる。青山は困惑気な顔を少し赤らめ、ゆっくりとした動きでオレが突き出したフォークに食いついた。意外に素直に食べてしまった。

 ちょっとフォークが奪われそうな力が入ったかと思うと、もうパスタは無くなっていた。青山は口をもごもごと動かしており、「あ~ん」が成功したのだと告げていた。なんだかこそばゆい気持ちだ。

 しかし、ここでオレが動じてはならない。さっきまでの余裕の態度を崩さずにオレは新たにパスタを絡めた。これはオレが食べる。


「美味しいだろ?」


 そう聞くと、青山は片手で顔を覆った。


「……味が分からん」


「へーえ」


 青山はすっかり動揺したようで、小さくポツリとそう言った。オレの勝ちだ。このまま主導権を握り、青山という巨城を陥落させてやろう。

 オレは新たに巻き取ったパスタを食べようとして手元に目をやった。……これ、青山と間接キスになるんじゃないか?


「――ぉぅぅ……」


 そう思った瞬間、この小さなパスタの群れがとんでもなく食べづらい色物になってしまった。動揺してるじゃないかと言われれば、するしかないだろと怒るしかない。

 よりにもよって、キス!いや、これがそうじゃないことなんて、高校の制服にそでを通したものなら全員が分かることなのだが、好きな人とそんな接触を果たした経験もないオレは、すっかり手が止まってしまった。

 青山が目の前で小口気味にパスタを巻き取っていた。


「……おかえしだ、志龍。口開けろ」


「ひょっ」


 青山はそれを、先ほどオレがそうしたように、そのままオレの口元に持ってきた。もちろん彼が口をつけたフォークであり、オレが口をつけるのを恐れるシロモノだ。

 ……というか、青山がちょっと笑っている。仕返しをされているようで、オレはまたしてもしてやられたと悔しい思いがした。青山は無表情の域を出ない勝利のほほえみと共にフォークを揺らす。オレは面と向かって口を開けるのが恥ずかしくて、顔を俯かせ気味にしてパスタを食べた。

 ……美味しいんだろうけど、味が分からない。


「どうだ?」


「……味わかんない」


 何度も何度も咀嚼するが、お互い食べさせ合ったことを意識したら全く味など分からなくなった。青山は何の気なしに食べ進めていて、意識しているのはオレだけなのかと悶々とした。


 ーーー


 映画までの時間をつぶすために、オレ達はスポーツ用品店に来ていた。青山は勝手知ったる様子で店の奥へと進み、比較的こじんまりした剣道用品の売り場に入っていった。オレもそれに続く。


「……こいつだ。悪いな、これだけのために」


 小さく包装された紐を見繕って青山は言った。スポーツ用品店は映画館とは反対側に位置しているので、ここまで結構歩いたのだ。


「いいよ、暇してるより良いし。それより全国大会っていつどこでやるんだよ?」


「和歌山で来週からだな」


 結構近いうちにやるらしい。そんな時期にオレと約束して大丈夫なのかと思ったが、来ているということは大丈夫なのだろう。息抜きは大事ということかもしれない。


「……そっか、頑張ってな」


「あぁ、気負わず行く」


 青山はなんだか使い古された常套句を口にしたが、この男なら本当に飄々と試合に臨むんだろうなと、オレはぼんやり試合の青山の姿を思い描いた。


 この前言った海でゴーグルを持って行ってなかっただの、そう言えばサッカー部は県大会でうまく勝ち上がっているらしいだのと話していると、そろそろ映画の時間も迫っていた。青山がさっさと会計を済ませると、オレ達は早足で映画館に向かった。……手は繋いでない。まだ付き合ってもいないのに、そう易々と常にイチャつけるものか。


 目当ての映画はアメリカで随分な興行収入を叩き出し、鳴り物入りで日本に渡来してきたアクション映画だ。理想の細マッチョなイケメンがやんごとなきお宝を手に入れるために悪役はびこる貨物船を火薬で蹂躙してゆき、ヒロインや裏切り者らと協力して大暴れという話らしい。史上最大級の火薬量とのことで、賛否両論別れるものの人は入る、という映画だ。

 オレは結構見てみたかった映画だったので、素直にワクワクしていた。青山からチケットを受け取ると、いよいよ楽しみでソワソワしてきていた。

 青山はぼんやりと映画のコマーシャルが流れる液晶を覗いていた。


「……青山はこういうの苦手なのか?」


 そう言えば、青山はすぐに首を振った。


「いや……アクション映画はよく見る」


「ふーん。その割にはぼんやりしてるけど」


「……そうでもない」


 何とも歯切れの悪い返事を返されてオレは不満だったが、そうこうしているうちに劇場が開場したようだった。

 何はともあれ、今は映画だ。痛快な映画を見て今日の青山との攻防の傷を癒そうと考えた。


 ーーー


 ―――そう、オレは思っていたのだが。


 映画は良かった。空気が震えるほどの爆音に、痛快なストーリー、登場人物達の怪しげかつ快いキャラクターは二度目も見たい!と思わせる魅力があった。

 ではなぜ今オレと青山はカフェにて向かい合いつつも目を合わせていないかと言えば、あのアメリカ映画は洋画独特の開放的な恋愛すら生々しく描写していたのだ。

 事あるごとに主人公とヒロインは深いキスを交わし、主人公は明け透けにヒロインにセクハラを投げかけ、ヒロインはどういうわけか主人公を誘惑し、桃色の妄想を掻き立てる妙な場面のカットが入ったりする。

 オレ、そしておそらく青山もそのシーンが衝撃的だったのか、ふらふらとなだれ込むようにカフェに入ったのだ。映画の見せ場の前後にそういうシーンが敷き詰められているため、下手に内容の話もできないのである。いや、話してもいいが、引かれないかちょっと心配だ。それに触れずにうまく話しても、意識してるのが丸わかりで気まずくなりそうだった。


「……映画、前評判であんな感じとは知っていたんだが……その、すまん」


 青山はブラックコーヒーを傾けつつ言った。オレがそう言うのが苦手と思っているのか、はたまた変な空気になったことを謝ってるのか。ともかくオレは首を振った。


「いや……オレもああいうの含めて映画見れるタイプだし、それに元はそう言うのが好きな男だったわけで、気にすんなって」


「あぁ、いや……そうか、まあ、そういえばそうだったな」


 青山は今思い出したように抜けた口調で言った。


「……オレのこと元男って忘れてた?」


 今のオレをしっかり見ていたか?そう聞けば、青山ははっきり頷いた。


「あぁ。忘れてた」


 今度ははっきりとした口調でそう言う青山に、オレはついついニヤけ顔をこぼした。


「くふ、オレも結構頑張れてんだな~、じゃあ」


 化粧はしないとはいえ、なんやかんや日焼けは気にするし、髪はちゃんと手入れしておきたければ、妙な濃い毛は抹殺している。生粋の女子と比べたらまだ手を出してないのもあるけど、世の中大事なのは意識があるかどうかだ。明日になったらオレも母さんと夏生に混じって顔にパックを張り付けているかもしれない。あれはする気は無いが、保湿クリームで勘弁していて欲しい。

 普段も足を開いたら、制服がスカートなので色々見える。意識して足を閉じていたら、すっかりそっちが自然になった。こんな風に、オレの所作は色々と変わっているのである。


 口調は急に変えるとみんなに茶化されそうで変えてない。でも、それ以外なら女子っぽくなってるかなとは思う。

 それが青山に太鼓判を押されたみたいで、オレはちょっと浮かれてしまった。


「志龍は意識して女子っぽくしてたのか?」


 青山は意外そうに声を上ずらせた。眉がちょこっと上がっている。


「んー、割と?声とか自分で聞いても女子だから、たまに口調は意識しないでも女の子風になるけど、普段は頑張って女子してるかな~」


 今更男子っぽくしようとか思わなければ、むしろそっちは嫌なのだ。

 ……オレ、今は男に戻れるって言われたら戻るのかな。


「そうか、すごいな。俺はもうずいぶん前から女子として見てたからな」


「……へぇー、そうなんだ」


 青山の顔を見る。ホッとして、胸が暖かくなる。心なしか、前より熱い。男子の時に好きな女子に向けているもの……とはちょっと違う気もしたけど、これはきっと好きということに違いない。


「男にはもう戻りたいとか全然思わないけど、女子って言われたらやっぱ嬉しいんだよな。今のオレとちゃんと向き合えてるってことだし、その……」


 オレはいつもみたいに青山に言葉を漏らした。今まで踏み込まなかった部分にうっかり触れかけて口をつぐんだが、青山の興味を引いたのか、青山は「その?」と促した。


「……オレが、嬉しいし……。今朝の青山のかわいいも、だいぶと」


 オレは素直に今朝の心境を言った。ちょっといじっただけだったが、それでも青山をびっくりさせられて、青山に褒めてもらえて嬉しかったのだ。

 言うつもりも無かったことを吐露してしまって、オレは自分で勝手に撃沈した。ぽてぽて火照る頬を抑えた。


「…………なあ、志龍」


「ん、どうしたの、青山?」


 青山はひどく真面目な顔をして、オレの瞳を覗き込んでいた。思わず生唾を呑み込む。人によっては怖いと思う顔なんだろうけど、オレはもうすっかり怖くないと知っていて、なのにこんなに真面目な表情見たことなくて、思わず言葉を短く切るほど面食らった。


「――場所をかえさせてくれ」


「――わ、ちょ!?」


 青山はオレの手を掴むと、そのまま先払い式のカフェを出てモールを進んだ。


「なあ、青山、どうしたんだよ?」


「……後でな」


 一体なんだというのだろう?

 そんな風に考えている半面で、オレは……非常に安直か身勝手なことかもしれないが。


 ……告白されないかなぁなんて考えていた。

ドラマチックな恋は書けない。泥臭くなだれ込んでしまえ。

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