戦衣装に想いを乗せて
カッと日の照る駅前ロータリーにて、オレは上手く見つけた木陰で帽子を被りなおしていた。いつものワークキャップではなく、大きめのリボンのついた麦わら帽子だ。角度を調整していれば、後ろのつばがまとめた髪にこすれたのでやめた。
何を隠そう、今日は青山と出かける当日である。
青山にいつもと違うオレを見せて驚かせたいと思ったオレは、いつの日かむず痒く思った白いワンピースを着ていた。オフショルダーで風通しの良い生地のそれは、女の子然としてオレは落ち着かなかった。一応一緒に買わされたショーパンも下に仕込んでるけど、かつてない解放感にこれが夏ものかとびっくりした。
髪は頭の斜め後ろでふんわりまとめたサイドアップというやつだ。オレの髪はあんまり長くないし、いじって意味があるのかとも思ったけど、どうやら大丈夫みたいだ。一筋だけ流した髪の束が右の頬を撫でている。バッグはこれも女の子っぽいポーチみたいなものだ。肩にかけられないらしいハンドバッグを、今は両手持ちでぶら下げている。靴はサンダルみたいな靴だ、黒い革靴みたいな素材だけど、最低限の留め具があるだけで非常に防御力が薄い。でも涼しいから良しとしていた。麦わら帽子とも合ってるし。靴下も履いてるけど、レースだしくるぶしまで位しかないから気にならない。
そう、今オレはかつてないほどに女の子な恰好をしているのだ。薄いが化粧を施された顔をこわばらせながらオレは青山を待っていた。
もうそろそろ時間なのだが、青山は来る気配がない。意外にも、彼は遅れてくるかもしれない。汗で化粧が流れるかもな~とぼんやりしながら、オレはけたたましいセミの音を聞いていた。
「――おっ?」
バッグの中でスマホが鳴った。画面を見れば青山からだった。
「「もしもし」」
割と近いところで声が重なった。オレと同じくもしもしと言った人を振り向いたら、木を挟んだ反対側に青山が立っていた。お互いいるのが意外だったのか、しばらくオレ達は見つめあった。
「……志龍か?」
青山はそんなことを言うので、オレはムッとして彼に詰め寄った。
「……見て分かんないかよ。いつから来てたんだ」
オレが来たときは誰も木陰にいなかったはずだ。つまり青山はオレを無視していたことになる。どういうつもりかと思っていると、青山は申し訳なさそうに頬をかいた。
「五分前だ。その……最初、遠目で見てもきれいな人がいるくらいしか思ってなかった。……すまん」
「……へあっ、きれい……?」
それはもしかしてオレのことですか?オレが面食らうと、青山はしまったとでも言うように顔を歪ませた。うっかり漏らした言葉のようだ。
……それってつまり、本音ということか?
「……オレ、かわいい?」
オレはつい言葉を変えて青山に聞いた。
この一週間くらい、結構頑張って化粧とか髪型のセットの練習をして、今日はびっくりさせようと気合の入った女の子っぽい服を着てきたのだ。鏡で見て良い感じかもと思ってはいたが、やっぱり見せたい相手にどう思われてるかは気になるのだ。なのでオレは重ねて聞いた。
なかなか答えないのでにじり寄ると、青山は顔をそらしつつも口を開いた。
「…………かわいい。これで勘弁してくれ」
「――お、おうっ」
オレは自分から聞いといて何だが、不覚にも胸をポヤポヤさせていた。なんだか自分がちゃんと女の子の階段を昇れたような、それでいてこそばゆいような思いが胸中に満ちた。
皐月の言葉は疑わしかったけど、ほんとに言われると嬉しいな。なんだかむずむずした感触がして、オレまで顔を俯けて黙ってしまった。
結局オレ達が駅に入ったのは、それからしばらくした後だった。
やけに日差しが熱かった。
ーーー
面と向かって……はいないが、可愛いなんて言われたものだから、オレはまともに青山と話せないままに目的地のモールにたどり着いてしまった。夏休みシーズンのモールは人でごった返しており、思わず二人で硬直した。
「混んでるな」
「夏休みだもんな」
あった時ぶりにまともに交わした言葉はこれだった。オレ達の両脇を次々と人が通っていく。はぐれないようにしないとなと思っていると、いよいよ肩をぶつけられた。慌てて頭を下げたが、「突っ立ってんな」と小言を言われた。
「……志龍、ぶつかると悪いから――」
「――ほぇ?」
青山はオレの手を握った。不意なことで、オレは変なところから声を出した。
「ちょっと混んでるところを抜けるまでだ。……だから大丈夫だ」
「そ、そう?大丈夫……かな」
大丈夫ならいいかな?
がっしりした手に引かれ、オレはずんずんモールを進んだ。
青山の手、大きいな。前ナンパから助けられた時も、おっきな手だなって思っていたけど。それを意識したらまたも胸がポヤポヤしてきた。おまけに青山の横顔を見やれば、温かさが鳴りを潜めて締め付けられる心地がする始末。オレはナンパ騒動のせいで、すっかりおかしくなってしまったらしい。前みたいに落ち着く気持ちより、青山を見て慌てることが多くなった。
――もう絶対次で決める流れよねえ。
桐野さんの言葉を思い出し、むしろオレは奮い立った。罰ゲームとはいえ、オレはその実一緒に出掛けるのは嬉しかったんだ。ずっとチョロいかもとかなんとか言い訳して、また第二の柊先輩が現れないとも限らないのだ。
青山の言葉を心臓を跳ねさせながら待つよりも、オレから仕掛けた方が楽に決まってる。
オレはそう思ってぎゅっと青山の手を握った。
「どこ行く?」
青山は気付いてないか動じてない風だったけど、オレは構わず声をかけた。気合を入れたからなのか、もう顔が見れないなんてことは無かった。
「……そうだな。デートらしくレストランでも入るか?」
青山はその切れ長の目を伸ばして微笑んだ。ちょっとおどけた口調で、彼が冗談を言ったのだと分かったが、それでもデートと言ったのだ。
「……ぉぅ」
オレはすっかり勢いを失い、青山に引かれるままにレストランの立ち並ぶフロアを彷徨った。
青山だって攻めに来たのかもしれない。そう思ったら、オレは青山が好きって白状しようかとも考えたけど、まだそんな気にはなれなかった。
なんとか空いてる店を見つけたけど、やっぱりオレは落ち着かなかった。
それもこれも、変に意識させる青山のせいだ。この店はイタリアンだけど、周りを見たらカップルらしい二人組も結構いた。オレ達もそんな風に見られてるのかな、だってデートというものらしいし。
デートといった張本人は、水を飲みながら注文を終えたメニューを片付けていた。
余裕綽綽なところがムカつく。こいつはなぜこんなに動じていないのだろう。
「どうした、志龍?」
「……いや、食べたらどうするのかなって」
オレは一先ず話をそらした。「オレばかりドキドキして不公平だ、お前ももっと動揺しろ」なんて誰が言えるものか。
青山はコップを置いた。すっかり水は飲み干されている。
「見るって言ってた映画まで時間があるから、先に備品を見ても良いか?」
「おっけ。剣道部って色々着けるもんな~。夏は大会とかあんの?」
そう聞けば、青山は水を注ぎながら頷いた。
「もうすぐ全国大会がある。個人は無理だったが、団体で出番がある。なのに防具の紐がほつれててな。ちょっと買いたかったわけだ」
「え”っ、全国?県とかじゃなく?」
青山はさらっと言ったが、全国大会ってかなりすごいのではなかろうか。野球でいうなら甲子園だ。西出が「準決でバケモンに当たった」とか言ってるのを思い出した。もしかして、青山がその化け物枠だったりするんだろうか。
「先輩に金剛って人がいてな。その人が相手の主将をことごとく潰して全国を決めたんだ。おかげで順当に強いうちの主将が他に回れて大助かりなわけだ」
なるほど金剛先輩という化け物が他にいるらしい。名前からして力強い人だった。
「青山はどうだったの?」
「俺か、まあ普通に勝ったな」
さらっと言いやがってこのキザ野郎め。でもオレはなんだか嬉しくなって、青山の試合のことについて根掘り葉掘り追及した。青山はどうも金剛先輩という人に遠慮して成果をさほど強調したがらないが、オレは前に見た青山の打ち合いを思い出しては実際の試合を見たいと思った。
試合ってどこでやるんだろう?そう思っていたところで注文の品が運ばれてきた。オレはジェノベーゼ、青山はなぜかソーセージやらミートボールやらが満載されたボロネーゼだ。いったいどこからこんなわんぱくメニューを見つけてくるのかと呆れた。
……まあそれはともかくとして、オレはさっきの仕返しに、攻めに転じることにした。
「――青山、はい、あーん」
「……は?」
一口二口たべて美味しいと思ったので、オレはくるくるとパスタを巻いて青山の口元に突き出した。
さあ青山よ、お前も赤面をさらすがいい。




