帰宅と罰ゲーム
即主人公のターンにして甘みを取り戻す。
バレーは熾烈を極めた。壮絶な打ち合いの結果オレは罰ゲームを受けることになったのだが、その内容は後だ。
今はみんなで再び海に繰り出している。皐月は波打ち際から進む気配はないが、他のみんなは深くまで出て浮かんでいたり、水をかけあって笑い声を上げていた。オレは浮かんでいる側だ。
「空はいーの?青山君浅瀬にいるけど?」
楓が言った。
「浅瀬にいるから浮かんでるんだよ……」
オレはぶくぶくと泡を吹いた。あんなことを仕掛けた手前、どうにも意識してしまって近寄りがたいのだ。青山がドキドキしてくれてたのは嬉しいけど、ちょっと大胆すぎた。てか、「抱いて」って……。
「うおおぉ……やばいめっちゃハズいぞ。なんだあの誘い方……痴女じゃん」
「なんて言ったのよ全く……」
楓は呆れている。しかしオレは詳しく言えずに悶絶した。
「言えるかぁ……。んやあもうダメだ……顔見れん」
大胆すぎたかなあ。空を見上げれば雲一つない晴天だったが、オレはむやみに悩みを浮かべていた。
そりゃ、結構安心したし、青山にも意識くらいさせれたろうけども。
「やっぱ恥ずかしいって~!うあぁ手つなぎで満足すべきだったかなあ!?」
「知らないわよ。ナンパされて弱ってたんでしょ?ならまあ勢いあったらそれくらいやっちゃうんじゃない?」
楓はぶっきらぼうにそう言った。「勝山にそうしたことがあるのか」と聞いたら、彼女は「ナンパされる前にくっつくし」と言った。するしないよりいつするかの問題らしい。
オレは二人の進み方におののく一方で、まだオレはあいつに好きとも言えていないことに気づいて項垂れた。どうせならこっちから言ってやりたいが、あっちから言ってくれないものか、などとあべこべなことを考えているうちに時間は過ぎてゆく。
波打ち際の数多くの男を嫌った後藤さんが漂ってくれば、オレは彼女とゆらゆらたわむれた。
……罰ゲーム、どうしようかなあ。
ーーー
海でずっと浸かっていては、夏とはいえ肌寒くなる。それなりに満足したオレ達は帰る支度をし始めた。
テントなどは慣れがいるということで、またしても勝山達が片づけるそうだ。オレ達はその言葉に甘え、シャワーを浴びたりして身支度を整えた。
「うふふ~、今夜はお楽しみもあるし~、濃い一日ね~」
桐野さんがくねくねしながら言った。お楽しみとは昼間の一件である。話すのが恥ずかしいとオレが訴えれば、顔を見なくていいアプリのグループ通話で手を打とうという話になった。
「きりのん、飢えてんね……」
後藤さんは苦笑いを浮かべた。親御さんが厳しいという桐野さんは、ちょっと浮かれたことがあれば何でも飛びつく性分らしい。午後六時が門限という彼女は探求心に溢れていいる。
「いや~、濃かったね。もうくたくただわ」
由佳も流石に疲れたのか、声色がいくらか落ち着いていた。水泳部の泳力を誇示しようとした結果、水着が外れかけるというアクシデントに見舞われた彼女はみんなより体力を奪われたらしい。
ともかくも、オレ達は緩慢と着替えていった。行きよりも少し重くなったカバンを持って出ていけば、近くのベンチで男子らがたむろしていた。着替えに思ったより時間がかかっていたらしい。
みんなで合流しようとした時、楓に肘で小突かれた。
「――ほら、罰ゲームだよ」
「――わ、分かってるよ」
そしてオレの罰ゲームが執行される時が来た。桐野さんは既に砂浜で埋められるという罰ゲームを受け終わっている。なら、オレの罰ゲームは何なのか?
「――あ、ぉやま?」
「……どうした、志龍」
オレはちょっと震えながら青山に声をかけた。もちろん目は合わせていない。色々当ててしまったと思うと照れるので仕方がない。もちろんこれから言うことも然りだ。
「――こ、今度っ、二人で遊びに行きませんですか!?」
「――もちろんいいぞ」
「ひょっ、マジ?」
意を決してオレは言った。周り――というか男子――からの視線が気になるが気にしてはいけない。正直この罰ゲームに割と乗り気な自分もいたのだから。罰ゲームとは「青山を遊びに誘う」だった。果たしてこれが罰なのか。それはどうかは分からないが、みんなが罰ゲームと言うのだからそうなのだ。
そして青山は即答した。オレは自分から言っておいて何だがひどくびっくりした。
「まあな。また後でメッセージを送る、で良いか?」
青山はスマホのメッセージアプリを見せながら言った。オレは反対するわけもなく頷いた。
「――お二人よ、話はもういいかい」
「――あ。……おう」
テントを担いだ勝山は小声で言った。奴の方を見やれば、男子一同が意味深な目をしてオレを見ている。
「――青山、お前いつまでも気取ってんなよ」
「……わかってるよ」
そんな男子たちのよく分からない会話が聞こえたが、オレは構わず女子連中の所に逃げ帰った。あんな目で見られて逃げ帰らないやつがいるもんか。
一同がニヤけ面でオレを出迎えた。前門の虎後門の狼といった状況だ。どっちにいても顔は赤くなりそうだった。
「空~誘い方テンパりすぎ。可愛かったから良いけど~」
由佳はにやにやとそう言った。みんな口々に「案外あっさりしてたね」だの「次でどこまで進むかのう」なんて声を上げた。
「――そりゃ……冷静に誘えるもんかよ……」
――進むと言ったらどういうことだ!?
オレはこれがデートというやつではないかと今更思い、ふわふわとした心地のまま電車に乗った。
途中色々話を振られた気がするが、返せるのは生返事ばかりだった。
今日だけでも青山の前で落ち着けなくなったのに、一対一で出かけたらどうなってしまうと思うだろうか。オレは空気が固まるような気も、そんなことさせたくないような気も、全くその日が楽しみな気もして、思考がごった返した。
全くふらふらしてしまったオレは、気づけば青山と一緒にうちの近所を歩いていた。そう言えば、楓がナンパ除け最後の仕事とか言って、男子を帰る方向ごとに別れる女子につけていた気がする。
そっか、変な気をまわして青山と一緒に帰らされたんだな。
「――おい、志龍、本当に大丈夫か?」
「――ひぇっ?だ、大丈夫……だぞ?」
青山が背を軽くたたきながら顔をのぞかせた。変に意識しなければ今までみたいに軽く受け流せたはずなのに、オレはそれだけで冷静を欠いた。
「そうか。ならいいが、疲れてるんじゃないか?ゆっくり休めよ」
「おうっ。そうする」
青山のねぎらう言葉に、オレはちょっといつもの気を取り戻して返事をした。なんだか名残惜しくなってきて、後ひとかど曲がればウチというところで止まった。数歩遅れて青山も立ち止まった。
「……何かあったか?」
「あ……ううん、えっと」
青山が静かに聞いてきた。
……というかこいつ、オレに全然気負わないで話してくるな。オレ割と今日は頑張った気がするんだが。あれでは足りないというのか。オレは青山の、かつてのオレのものより遥かに高い女性免疫に恐怖した。
返事に困っていれば、青山は「――そうだ」と話を切り出した。
「志龍、その……前にお前は本気の相手がいるって言ったよな」
「うん。……言ったよ」
青山のその言葉を聞き、オレはギシリと心臓を軋ませた。こんな時に、その話題ってどういう意味だ?
「俺にも、そんな相手がいる。だが情けないことに、最近まで俺が相手にされるわけないと思っていた」
「……へーぇ、青山がねえ」
そんな相手存在するのだろうか。恐らく見た目も女子的にはアリな部類というか、愛好する子も多いと思うし、優しいところも受けると思うのだが。
……オレは別に顔で好きになっていないことは念押ししておく。青山という人柄が良いのだ。
「……結構、思い知らされたんだよ。俺は動くのに時間がかかる男なもんで、即日で動けるような胆でもないが……今度遊びに行く時は、よろしくな」
「へっ……う、うん。よろしく?」
青山はオレの返事に頷くと、オレの手を引いて歩き出した。オレはわけの分からないまま付いて行く。
二、三軒先に行けばオレの家というところまで来ると、青山は手を離した。なんだか残念な気持ちがして、オレはしばらく手を空握りした。
「もう遅いから、早く戻った方が良い。話なら、次会った時に好きなだけ話そう」
「――おう、そーする」
そうか、次があるんだものな。
宴もたけなわ、という言葉がある。まだ宴会の熱も冷めないうちに切り上げ、次に鋭気と熱気を残しておくというものだ。オレは青山が心配してくれたということくらいで心を弾ませ、によによと表情を緩めて「じゃあな」と言った。
珍しく青山も少し微笑み「ああ、またな、志龍」と言って去っていった。
晴れやかの気持ちで玄関を抜け、着替えを放り投げつつリビングのソファに身を投げたオレは、ふと青山のさっきの話を思い返した。
――ん!?本気の相手ってもしかする!?というか思い知らされたって今日のことって思って良いの!?
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
「ぎょえっ!?いきなり叫ばないでよお姉ちゃん!」
オレの横でソフトクリームをなめていた夏生は本気で驚いたのか、オレの頭上にバニラを被せた。
オレは熱気がアイスを溶かすのを感じながら、すぐには動けないって動く気でいるのかよ、と勝手にドキドキしていた。




