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男子やめました  作者: 是々非々
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炎天不埒者会議

熱中症がなんぼのもんじゃい!!!

 昼飯を食った後、俺達は西出の提案の元で肌を焼いていた。

 なんでも西出は「野球部焼け」というのが気になるらしく、腕の先だけではなく全身くまなく黒くなりたいとのことだ。既に焼けている部分に日焼け止めを塗り、俺達と並んで座っている。


「――見てるか、勝山」


「――もちろんだ、谷口よ」


 さっきからボーッと女子の方を眺めている谷口と勝山は、クーラーボックスから取り出したアイスを舐めていた。しかし、主目的は肌を焼くことでもアイスを舐めることでもない。


「――めっちゃ揺れよる」


「――あぁ、焼き付けねばな」


 お察しの通り乳である。

 ……とはいえ、俺も身近な女子の声に釣られて見てしまっているのだが。他の三人に黙想を封じられているので、大人しくボーッとする他無いのだ。


「谷口、お前ずいぶんな役得を味わったらしいな?」


 テントで日比谷と留守番をしていた西出が言った。


「大半の女子と遊んでたんだったか?青山は後で聞くとして、谷口の話も気になるな」


 勝山は言った。谷口は不敵に笑った。


「ふっ、俺はもう一生分の尻と胸を目に収めたぞ。もはや悔いは無い」


「童貞こじらせおって。あの中に目当ての女子とかいねーのかよ」


 勝山は棒アイスを齧りつつ言った。当たりのようで、高らかなガッツポーズをした。

 谷口は「童貞言うな」とむくれた。


「正直頭の中の整理がついてない……あんなに女子と近かったの初めてだからな……」


「大層なヘタレだな……。そんなら青山はどうだったんだよ?」


 勝山は俺の方を覗いて言った。間に谷口を挟んでいるので少し遠いからだ。


「そ、そうだ!志龍と何があったらあんなことになるんだ?徹頭徹尾教えてもらうからな!」


 谷口は勇んで言った。西出は無言で頷いている。

 いつの間にやら後ろに回り込んだ勝山に肩を掴まれていた。妙に丁寧にほぐされる肩に圧力を感じ、俺は大人しく異変の起きた志龍について語ることにした。

 もちろん多少はぐらかしてだ。自分の気持ちなどを話すつもりは無い。


 柊先輩の警告を受けて志龍の所に行った時、すでに彼女は軽薄な男に肩などを組まれていた。思わず語気を強め睨めば、男の一人が「彼氏か?」などとのたまった。

 彼女には悪いと思ったが、俺は志龍の彼氏を自称した。そちらの方が都合が良いだろうと思った。

 そう言えばナンパ共はさっさと退散し、志龍がぽつんと残された。俺が話しかけると、彼女は瞳を濡らしていた。


 ――やっちまった……。


 俺は彼女からの不満に平謝りしていたが、それより彼女は打ちのめされているようだった。去り際に男の一人が何か呟いているようだったが、あれのせいなのかもしれない。俺は場所を変えるか聞けば、志龍は小さくうなずいた。日頃の快活さが影を潜めている様子はクるものがあった。


「……手、つないでもいい?」


 そしてこの提案にもクるものがあった。願っても無いと、思わず勢いよく手が出そうになったが、それは今の志龍には良くないだろうと踏みとどまれたのは称賛に値するものと思う。ゆっくり手を出せば、志龍はなぜかおずおずと手を置いてきた。


「えへへ……ありがと」


「…………気にするな」


 志龍にはとうに男の気は無いものだと感心していたが、同時にどんどん女らしくなっている気がする。俺は思わず足を折りそうになったが、身を律して彼女をその場から離れさせた。


 しばらく歩いて志龍にどこに行くか聞いた。情けないことだが、どこに連れて行けばいいか答えに窮したからだ。意外にも彼女は海に入ると言い出した。てっきり遊ぶ方面に考えが向かないと思っていたものだから、思わず足を止めて固まった。それに俺は泳げないので、そういう意味でも内心困った。

 まあ、志龍が言うならそうするべきか。さっきみたいに波打ち際で済むかもしれない。俺は志龍の手を引いて海に向かった。

 志龍はよほど嬉しいのか、小走りになって進んでいた。まあ、歩幅的には俺のペースに合ったくらいなのだが。俺は横の志龍を極力見ないように進んだ。

 なぜ見ないかと言えば、それは暴れる軟体のせいだ。少し目に入っただけで毒である。


「さっきより深くまで入りたいな」


 ――深くはいかなくていいだろう?そんなに上手くはいかないらしい。無慈悲にも志龍は波打ち際の先まで行きたがった。

 しかし俺にも見栄がある。「泳げないから一人で行け」など、口が裂けても言えるものか。男なら好きな女子に恰好はつけたい。割と自然な発想だと思う。


「分かった。行こう」


 なので俺は志龍と波をかき分けた。少しでも気を抜けば足が止まりそうになるので、驚いた様子の彼女に構わず進んだ。許せ志龍よ。しかし怖いものは怖いのだ。

 腰辺りの深さまで来ると、俺が攣りそうなほど体に力を入れるのをよそに、志龍は腰のパレオを外した。

 水越しに無防備な半身が見え、俺はつい邪な目を向けた。そしてそれ以上に押しては返す波に怯えた。


「ん」


 志龍が幾分か落ち着いた表情で手を出すものだから、俺はつい力を込めて握り返した。理由は簡単である。うっかり溺れたくないからだ。必死にいつもの感じを装っているが、その実、足は震えている。


「もっと行ってもいい?」


「……いいぞ」


 志龍はまだ行くつもりらしい。俺にはそれが恐ろしい提案に聞こえて仕方なかったが、どうやら泳げるらしい彼女は俺の手を引き海を進んだ。

 鳩尾辺りの深さまで進むと彼女は止まった。胸元でちゃぽちゃぽと水を跳ねさせる様子は目に毒だが、それ以上に俺は動揺していた。

 これ以上は動けない。なんとも間抜けなことこの上ないが、見栄でここまで進んだことに賛辞を送って欲しいくらいだ。気を抜けば足から崩れる極限の状態でいながら、俺は波に耐えていた。


「……ねえ、青山」


「な……なんだ?」


 こんなところで何をするんだ?

 なぜか頬を緩ませている彼女に返事をよこすと、彼女はゆっくり口を開いた。


「オレのこと、抱いて?」


 ――なんて?


 極限の状況において、人は望外のことを話されると思考が飛ぶらしい。俺は彼女の言ったことを反芻した。

 抱く――ハグか、はたまた……。いや、後者は絶対無いな。ちょっとでも思い起こした俺が馬鹿だった。いや前者でも信じられないが。

 慌てて周りを見回したが、深くまで来たせいか誰もいない。こんな状況で男にこんなことを言うなんて、志龍はやはり女としての自覚がないのか?と思い至った。


「……どういうことだ?」


 そう聞くと、志龍はうつむき気味になって黙った。いつもの志龍なら即答が返って来るはずだ。案外彼女ははっきりとものを言う。そんな彼女が黙るとは、俺は何かの思惑を感じずにはいられなかった。

 彼女はゆっくり顔を上げた。


「オレ、怖いんだ。やっぱ男にあんな風に絡まれるの、嫌だから。全然敵わなくて、何してくるかもわからなくて」


「……それは、分かるが」


 それと何が関係すれば、抱けなんて話になるんだ。いつかぶりの志龍の突飛な話に俺は混乱した。


「心細くて、怖くて、そんな時に、青山みたいな安心できるやつがいて、ぎゅってしたくなるのは、ダメなことかな?」


 彼女は潤んだ瞳で俺を見上げた。それは思わず心臓がはねるような、いつかの柊さんのような表情に見えた。見る間に彼女は顔を赤くする。

 俺は何も返せなかった。いつかの保健室で言われた、「青山だから」という言葉が思い出される。

 ――これではまるで、俺が好きみたいじゃないか?


「……俺だって力は強いんだぞ」


 お前のことを強引に押さえつけるなら、俺でもまた可能なんだ。元男として恐怖は覚えないのか?

 志龍の先の言葉を無視するように俺は聞いた。嫌なわけじゃない。本当にいいのか、自信がないだけだ。


「じゃあ、オレを襲うのかよ?」


 志龍は拗ねるように言った。俺はすぐさま首を振る。そんなことするはずがないだろう。好き好んで気になる女子に嫌われたい男がいるものか。

 ……欲が無いとは言っていない。


「……んなわけないだろ」


「じゃ、良いじゃん」


 俺が否定すると、志龍は半ば投げやりのような言葉を吐いて、さっき言った通りのことをした。

 ふに、と柔らかな体が密着し、俺はすっかり硬直した。もとより、波にさらわれ動けはしなかったのだ。俺は無抵抗のままに彼女に組み付かれてしまった。

 ――動ければ避けたのか。そんなことは今はどうでもいい。今はとにかくこの状況に耐えなければならない。


 俺は襲わないと言ってしまったのだ。自分の返答の素直さ加減に呆れが出るが、下手なところを触れない。心臓がその力強さを増す中で、俺は両の手の落ち着く先を失っていた。

 志龍には抱けと言われたが、そんなことをして安定できるほど俺は強くもなければ泳げもしないのだ。体勢を崩して溺れる予感がした。


「――青山が嘘でも彼氏って言って助けてくれて、嬉しかったよ。ありがとう」


「あ……あぁ」


 志龍が礼を言ってくるが、俺はもうそれどころじゃない。

 あろうことか志龍は更に体を密着させてきたのだ。色々当たって、俺はまともにものも考えられなくなった。

 ……この時は、溺れるだとかそんなことも忘れてしまっていた。胸元にこてんと落とされた重みを感じながら、俺は彼氏、嬉しかった、という言葉を何度も何度も思い返していた。


「――とまあ、こういうわけだ」


「訳が分からん……あいや、分かるには分かるんだがな……」


 かいつまみはしたものの、俺は全てを語り終えた。谷口は「なんだその絵に描いたような展開は」と呆然とし、西出は感心して「良いのぅ!」と叫んだ。


「なんというか羨ましいを通り越して呆れるな。お前よくそんな涼しい顔で帰ってきたな」


 勝山は呆れた。しかし、俺とて動じてないわけじゃないのだ。というよりむしろ――


「――谷口と同じだ……もう何が何だかさっぱりだ……」


 志龍は本当に女が好きではないというのか。俺だから抱き着きたい。正直好きかどうかを言うよりこっぱずかしいと思うのだが、あいつはそれを言ってのけた。……彼氏と言われて嬉しかったというのは、助かったから嬉しかったのか?

 今までの考えとそぐわない言動の数々に、俺はまともに思考できずにいた。


「なんだなんだ谷口も青山も。情けないもんよのう」


「……なんだと西出。ならお前はどうなんだ。テントでよろしくやってたろうが」


 谷口は不満げに声を荒げた。西出は不敵に笑っている。


「おう。今度二人で出かける。なんでも有明に用があるんだと」


「有明……そ、そうか……。ちなみに日比谷は何と言ってた?」


 谷口は狼狽えながら聞いた。勝山も何やら訳知り顔だ。


「そうさな……。ショッピングと言ってたな」


「そうか……。健闘を祈る」


「?ああ」


 西出は堂々と関係を進めていた。俺は志龍との今日の出来事を振り返り、一緒に出掛けられないものかと夢想した。

 勝山と谷口はしきりに西出を応援している。俺とて行動に移してみても良いかもしれない。なにせ志龍が向かってきているのだから。

青山回は今後減ってゆきます……。

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