踏み出したはいいが
青山は真っ赤な顔でこっちを見た。そしてすぐさま周囲を見回す。
結構深いところということもあり、周りに人はいなかった。それがオレの気を大きくさせたのかもしれない。青山はもう一度オレの顔を見て固まった。
「……どういうことだ?」
固い声で彼はそう言った。
オレは隠さず心の内を吐露しようと思った。
オレは今、すごく怖い。変にじろじろ見られて、強引に肩を抱かれて。挙句「中古」という言葉に頭を殴られて。青山が見つけてくれてなかったら、今頃何をされていただろう。考えるのも嫌になる。
……中古とはどういう意図なんだ。あいつらの思考回路的には、そういうことか。……オレは当然そんなことはない。
とにかく、オレは心細いのだ。安心できる何かが欲しい。目前には安心できる、信頼できる青山がいる。
オレは無性に人肌が恋しくなった。だから抱き着きたい。こんな考えじゃ、ダメだろうか。本気で青山に縋りたいと思うのは、ダメなことだろうか。
きっとお前なら何ともないから、許してくれないかな。
「オレ、怖いんだ。やっぱ男にあんな風に絡まれるの、嫌だから。全然敵わなくて、何してくるかもわからなくて」
「……それは、分かるが」
そしてお前にオレが女だって思い知らせてやる。海にはそういうつもりで来たんだ。
せいぜいオレを意識して、それで……。オレに恋して、くれるだろうか?――否、させるんだ。
恋愛は攻城戦だ。時には敗れ、他の奴に城が奪われる。そんなこと、オレは許したくない。この城はオレが頂くのだ。きっかけはいつの事かも分からない。でも、オレは青山が好きなのだから。
「心細くて、怖くて、そんな時に、青山みたいな安心できるやつがいて、ぎゅってしたくなるのは、ダメなことかな?」
この自分の声を聞いてると、男口調が気になってくる。だから時々女の子っぽくなることがある。今はその時だ。
「――……」
青山は絶句している。
今、このあたりにはオレ達しかいない。オレは青山になら何でも話せるくらい気やすい仲だと思ってる。
だからこんなセリフが出た。火照った顔を彼に向けると、彼もまた顔を火照らせていた。
……脈、あるんじゃないかな。
「……俺だって力は強いんだぞ」
この返事は、やっぱり引かれたわけじゃないみたいだ。思いついた勢いで口走ったお願いだったけど、ダメじゃないみたいだ。
「じゃあ、オレを襲うのかよ?」
ちょっと強気に返事をする。青山は強張ったまま首を振った。
「……んなわけないだろ」
「じゃ、良いじゃん」
オレは海をかき分け、水音を立てて青山の胸に飛び込んだ。ぐにゅりと餅がつぶれるが知ったことか。むしろ大歓迎である。青山は息をのんだかと思えば、そのまま何をするでもなく固まった。
青山が腕を所在なく漂わせる。オレはこうしろとせがむように腕に力を込めた。これは叶わなかった。
「――青山が嘘でも彼氏って言って助けてくれて、嬉しかったよ。ありがとう」
「あ……あぁ」
青山はたじたじだ。しかしオレとてたじたじだ。
いや、実際こうしてみると安心感というか、「あ、大丈夫だ」という感慨はある。心からホッとする感じがしてリラックスできるのだ。
だがしかし、いきなりこんなにくっつくものだから、心臓がはちきれんばかりに跳ね回った。自分からしておいて情けない限りだが、緊張やら安心やら何やらで、体温が瞬く間に上昇する。身体と身体の間で海水がぬるくなってゆく。まともに顔が見れなくて、オレは厚い胸板に頭を寄せた。
オレの頭に、早鐘を打つくぐもった音が響いてきた。出所は、青山の左胸だった。
そこに何があるかは、もはや言うまでもない。
「―― 一緒だ」
そう言った時のことだ。
「あああっ!!」
「――げぇっ!?」
いくらか浅瀬の所で、ずいぶん前に別れたはずの谷口たちがいた。今谷口は桐野さんに頭を掴まれ、海中に没している。さっきの声は彼のものだ。どこからか勝山と楓が飛び出してきて、谷口は波打ち際に引きずられていった。
とんでもないところを見られてしまい、オレは慌てて青山から離れた。自分でも過去最高だと思うほどに体中が熱い。青山の逞しさを思い返すたびに胸の高鳴りと湯気が出るほどの熱が増し、オレ達はお互いに何も言うことなく浅瀬に引き上げた。
ーーー
さて、時間は既に正午過ぎである。ともすれば、昼食を摂るのは当然だ。
今の今までテントでのんびりしていたという西出と皐月に出迎えられ、オレ達は全員再集合した。
「色々聞きたいことはあるけど~、それを聞くのは後が良いかな~」
「……聞かないで下さぃ……」
朝買ったおにぎりをついばみつつ、オレは膝に顔を埋めた。由佳は楽しそうに笑うと、豪快にカツサンドにかじりついた。
「空……そんなに大胆になるなんて。誰か写真撮ってない?」
皐月はハムサンドをかじりつつ言った。幸い誰も撮っていないようだ。
オレは本気で安心した。
「青山!お前、何があった!言え、言うんだ青山ぁ!」
「言い訳はよくないぞ色男、お前は完全に包囲されている」
「ようわからんが志龍を襲ったのか、黙想が足りてないな」
パラソルから離れた日向にて、男子たちは青山に詰め寄っていた。その言葉がこちらにまで届いてきて、オレはいたたまれずに唸った。
「うぅぅ……すぐ止めたら良かった……なんで見られるかなあ」
「あれは偶然を呪うしかないな。でもいきなりどうしたんだよ。なんかあったわけ?」
紬は煮卵爆弾というでかいおにぎりを頬張って言った。しかし流石にみんなのいる前で事細かに話す気力は無い。
「……ちょっとアレなナンパされて、助けてもらって、我慢が出来ませんでした」
「……やば」
いつも温和な桐野さんからも率直な感想を頂いた。
短くしたらより恥ずかしくなった気がする。というかまとめ方を間違えた気もする。でもこれ以外にどういえばいいのかも分からず、オレは色づく周りの空気から逃げた。方法としては後ろを向いた。
「ええぇ志龍さん大胆!ところで抱き合うってどっちから?抵抗しなかったってことは志龍さんから?でも青山君に迫られても受け入れそうだよね志龍さん。その先のこととか考えてた?何なら今日で――」
後藤さんが背後から囁いた。オレは我慢できずに言葉を遮った。
その先のことなんて、想像できるわけないだろ。
「あああうるさいうるさいっ。もう、今度洗いざらい話すからもうやめてぇっ!」
「――よし、言質とったよみんな」
「ナイスよごっちゃん!!」
由佳は親指を掲げていた。オレはこのことを詳しく話すことになって項垂れた。しかし、それきり話はこの後何で遊ぶか、という話になったので、とりあえず安心するのだった。
ーーー
そして時は移り変わり、オレ達は砂浜でビーチバレーもどきに興じていた。
もどきというのは、もはや点を取りあうことを止めたからである。最初こそそれっぽく線を引いてボレーやサーブの応酬を楽しんでいたのだが、だんだん悪ふざけがエスカレートして、三回ワンバウンドさせたら罰ゲームという遊びに変わっていた。
「おあーー!!」
「はい空ツーアウトー!」
プロバレー選手もかくやというダイブを見せたオレだったのだが、体勢を整える前に桐野さんの追撃を受け、2度目のミスに甘んじている。
「ふっふ〜、志龍さんの罰ゲームは何にしようかな〜」
桐野さんは転がったビーチボールを拾った。胸元でボールを押さえつけ、胸元がぐにゅりと形を変えている。非常にふくよかだ。
何故か敗北感を感じる。
「そういうきりのんもツーアウトだもんね〜。どうしてやろうかな〜」
紬は余裕の態度であざ笑った。身軽な彼女はオレたちを追い込みこそすれ、自分は飄々と返球する。オレのダイブは彼女が原因だ。
「そーいや志龍さん、パレオもういいの?」
後藤さんが言った。オレはパレオを一度外してからというもの、畳んだままテントに置いてきている。
「もう邪魔くさくてさ。それにバレーするならもういいかなって」
「あーね。それもそっかぁ」
ももに付いた砂を払いつつ後藤さんと話した。
向こうでは桐野さんが「次行くよ〜」と声を上げている。
オレも後藤さんも円に加わり、トスがどこに上がるのかに集中した。
ビーチバレーの円陣よりほど離れた砂浜にて。テント前で肌を焼いているという男達は、そんなオレたちに視線を送っていた。




