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男子やめました  作者: 是々非々
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動け心の赴くままに

主人公は海には攻めに来ました。

 オレはどうやらナンパをされているらしい。

 人混みの中で青山を探すのに苦労していると、背の高い髪を金髪に染めた男の人達に囲まれてしまったのだ。ほんの3人だけだったが、三方を塞がれてしまいオレは立ち竦んだ。

 もはやこれは壁だ。男の人らしくがっしりした体格に囲われては、オレはどうしていいか分からなかった。ナンパされるなど初めてなのだ。ちょっと放心してしまった。

 ナンパ男達の中でも正面に立つ、鼻なんかにピアスを開けた、サングラスの男の人が声をかけてきた。


「どうしたの〜キミ?一人?大丈夫?」


 パーソナルスペースギリギリに迫った鼻ピサングラスはそう言った。口調はまるでオレを案じているもののようだ。


「いえ、友達を探してるだけなので大丈夫です」


 オレは毅然とそう言った。オレはナンパなどしたことも無いので確かなことは分からないが、ビクビクして返事するよりマシではあるはずだ。

 オレの左後ろの当たりに陣取っている茶髪の日焼けした男の人が、オレの顔ないし胸界隈を見下ろしつつも顔を覗かせてきた。


「へーえ、でも見つかんないみたいだねぇ?」


「こんな可愛い子放ってどっか行くなんて信じられないな〜。夏の海は危ないし、俺たちが一緒になって探してあげようか?」


「いえ、大丈夫です。たぶん近くにいるはずですから」


 危ないのはお前達の方である。にこやかと言うべきか軽薄なニヤケ面か迷う顔を浮かべつつ迫る男達は、オレに悪寒を走らせるには十分だった。耳に障る猫なで声がそれを助長していた。その二つが化学反応を起こし、全く信用出来ない男という物体を形成していた。


「いや危ないよ〜。俺の知り合いなんて、一人で海行っちゃって大変なことになってたんだから。俺ら不安なんだよね〜」


 鼻ピがゆっくり距離を詰めてくる。逃げたかったが、逃げる先にも男がいるので動けない。オレは言葉で逃げるしかなかった。


「知らないです。ぉ……私、友だちと来てるので」


 オレは変な一人称を聞かせて興味を引かれるのも嫌だったので、何とか私と言い直した。


「遠慮しなくていいんだよ?俺ら困ってる子助けんの好きだからさぁ」


「遠慮なんてしてないです。私待ち合わせしてるので、もう結構です!」


 ナンパ男全員が、オレが言葉を返すと、楽しそうに笑い声を漏らした。オレは少しずつ不安になる。青山はどこにいるんだろう?もしかして本当にどこか行ってしまったのか?


 右側に立つソフトモヒカンの目つきの怖い人が中腰になって目を合わせてきた。オレは何をする気か得体がしれなくなって、ゾッとして腰を引いた。無遠慮にそこらじゅうを見回す目線は、一緒に探す以上の何かを疑らせた。


「ふつー待ち合わせてたらすぐ見つけるって。いないんならどっか行ってるんだよ。俺たちが怒ってやるから、ついておいでって」


 暴論を展開したソフモヒは、目つきの悪い目を薄め、ヤニで黄色くなった歯を見せ笑った。息まで嫌にタバコ臭く、肌にべったりと吐息がへばりついたような気持ちがした。気色悪い。


「い、いや。ほんと大丈夫なんで――」


「良いから良いから!遠慮しないでおいでよ」


「――ぇ」


 必死に断り逃げようとすると、サングラスの男がオレの肩に手を回してきた。がっしりした男の腕は万力のようにオレの体を拘束し、がっしりしたその体に引き寄せた。弱々しいこの体では、抵抗らしい抵抗もできなかった。男も手馴れているのだろう。あっという間に胸に収められていた。

 オレはもう一度抵抗するも、すっぽりと収まった体を逃がすには、この男に体を擦り付けないといけない。それがどうにも気持ち悪くて、すっかりオレは固まってしまった。


「大丈夫?顔色悪いよ?俺らの車で休もうか?」


「変なことしないからさ〜」


「俺救命免許持ってるから安心してよ」


「ほんと、大丈夫なんで……離して」


 オレの肩に回された手に力が入る。こんなのに動かれたらどうしようもないなんて、オレが半ば絶望していると、後ろから「おい」と低い声が飛んできた。


「――青山っ!」


 振り向いた先に彼がいて、オレはこの上なく安心した。ポっと胸が暖かくなる。


「ん?なに、カレシ?」


 ソフモヒがギョロリと目を動かして威嚇した。その声は平坦で、そこいらの優男なら瞬く間に退散するような恐ろしさがあった。


「……あぁ、彼氏だ。だから彼女をさっさと離せ」


 青山はそう言って男達を睨みつけた。負けず劣らず目つきの鋭い青山は、ソフモヒ以上に迫力があった。

 一方オレは、彼の言葉にドキドキしていた。嘘でもそんな風に言われて、しかも相手が好きな人なら喜ばずにはいられるものか。


「――チッ、外れかよ。へいへい、親切に介抱してやったから文句言うなよ。じゃーな中古」


「は!?」


 男達は大層失礼なことを言って、さっさとどこかに行ってしまった。あっという間に人混みに紛れてゆく。去り際に冷や水をぶっかけられた気分だ。オレは気分が落ち込んで、さっきまでの嫌なことを思い出した。

 ぽつんと残されたオレの前に、青山がゆっくりと近づいた。


「……すまない。あんなのに絡まれるまで放っておいて。知り合いに話しかけられてた」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる青山を見て、オレの中からナンパされた不安が噴出した。


「……ばぁか……怖かったんだからな……」


 まあそれも、ひどく弱々しかったんだが。

 青山に対する怒りより、来てくれた嬉しさと安心感が勝ってしまい、オレはバカと言ったっきりで満足してしまった。


「……すまない、間に合わなくて」


「間に合ったよ……でも遅いんだよ……」


 助けてくれたけどもっと早く来て欲しかったよ。心細かったんだからな。

 オレは目に少し水が貯まっているのを感じて、ぐしぐしと手でそれを拭った。安心して涙が出るなんて、それも青山の前でなんて恥ずかしい。でも青山なら大抵の事は受け止めてくれる。だからオレは別に取り繕いもしなかった。


「……移動するか?」


「……する」


 オレが手で涙を拭っていると、青山はそう言った。

 でも、嫌な思いをしたオレは、相当弱ったみたいだった。足が竦んで、手が震える。だから、青山に甘えたくなった。


「……手、つないでもいい?」


 もう変なのに肩なんて組まれないよう、お前に繋ぎとめてくれ。じゃないと、心細くて潰れてしまう。

 青山は手を一瞬ピクリと動かせ、その後ゆっくり左手を前に出した。オレはここにきて緊張して、ちょっと遠慮がちに右手を置いた。

 すっぽりと大きなゴツゴツの手に収まったが、全く不安にならなかった。むしろ胸が暖かくなる。


「えへへ……ありがと」


「…………気にするな」


 すっかり涙の気は引いていた。


 ーーー


 場所を変えるといっても、青山はどこに行こうかオレに聞いてきた。

 そしてオレはと言えば、もう海にどっぷりと入りたい気分だった。

 何しろあの痴漢どもに触られたところが気に食わない。ヤニ臭い息を掛けられたのも腹立たしい。キレイさっぱり流したい気分だった。


「海入りたい」


 そう言えば、青山は少し固まった後、


「分かった」と言った。


 青山に手を引かれて砂浜を横切る。オレはふとさっきあいつが言った「彼氏」と「彼女」みたいと思い、恥ずかしくなって小走りになった。

 周りにそういう目で見られてるのか?いや、割と嬉しいかも?でもまだそんなのでもないし。

 でも、やっぱり嬉しいな。


 小走りになったところで、足場の悪い砂浜だとそんなに速くは走れない。結局青山と並走し、オレ達は再び波打ち際に辿り着いた。


「さっきより深くまで入りたいな」


 サンダルを脱ぎつつそう言うと、青山の手が強ばった気がする。

 なんでだろう?しかしその疑問を考える前に青山は口を開いた。


「分かった。行こう」


「うん。……わっ」


 青山はざぶざぶと海に入っていく。それに引かれ、オレも一緒に水をかき分けた。

 腰あたりまで水に浸かると、腰のパレオが浮いて邪魔だった。オレはパレオを外すと、手早く畳んで手に持った。

 その横では青山が突っ立って波に抗っている。オレはまた手を差し出した。


 「ん」


 握れ。そういう思念を送りつつ、オレはあいつが手を取ると確信して手を出した。青山は先ほどより力強くオレの手を握った。


 「もっと行ってもいい?」


 「……いいぞ」


 青山が頷いたので、オレはあいつの手を引いて進んだ。ゆらゆら揺れる波がオレの体を揺すっている。ちょうど胸の半分あたりくらいの深さまで来たのでオレは止まった。


 「……ねえ、青山」


 「な……なんだ?」


 さっきから動きがぎこちなくなりつつある青山は、珍しくどもって返事をよこした。

 もしかして水が苦手なのかな?だったら、オレの提案は頼もしかったりするのかな?


 「オレのこと、抱いて?」


 これには二つの意味がある。

 一つ目は青山に恋の戦を仕掛ける意味。

 二つ目は、やっぱり生まれて初めて受けた体目当てのナンパは、とても怖かったからという意味だ。助けられた青山に、ただならぬ想いを向ける彼に、こうして欲しいと思うオレはおかしいのだろうか。


 青山は珍しくすっかり赤面していた。

 なるほど、なかなかどうして可愛いじゃないか。

敵の本丸に突入――。

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