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男子やめました  作者: 是々非々
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照れるけど嫌じゃない

谷口のことを俺たちと呼んでいますが僕だけなのでしょうか。

 オレたちの住む地域から離れること六駅、オレたちはそこそこに有名な海水浴場に来ていた。

 メンバーはオレ、由佳、楓、紬、皐月、後藤さん、桐野さんの女子に、勝山が連れて来た男のナンパよけ(名目)である。彼らの扱いが雑いと思った方には我慢していただきたい。

 名前は嵩張るのだ。


 さて、オレたちは地元の駅にて集合した。ともすれば当然オレは青山との再会を果たした。久々に見ても、やはり青山は大きかった。


「お、おっす。青山、おひさ」


「――あぁ、久しぶりだな、志龍」


 彼はその引き締まった肉体こそがファッションとでも言いたいのだろうか。隣の谷口はシャツの上から無理して半袖のワイシャツを羽織っているが、彼はシンプルなTシャツ一枚にデニムという出で立ちだった。

 ……こんなに大きかったっけ?

 そういえば彼の私服は初めて見る。制服の夏服以上に薄着の彼は、オレが無くした雄々しさ以上にガッシリとしていた。

 夏休みに入ってからというもの、ことあるごとにオレは青山のことを意識していた。なので、妙なツボに入ってしまい、こうして心臓が高鳴るのは仕方の無いことだ。


「……どうした?」


「ぃ、いや?なんでも?」


 オレは思わず目を逸らした。

 このようにして、青山とオレは久しぶりの会話を果たしたのである。


 その後オレたちは、夏の課題やら今日の予定やらを話しながら電車に揺られた。

 勝山が重たげなテントを持ってきたことに賞賛が送られたり、谷口が借りてきた猫のように大人しくなっているのを見ているうちに、目的地に着いたようだった。

 電車のドアが開けば、けたたましい蝉の音と共に、視界には真っ青な海が飛び込んできた。


「うっわー……」


 そういえば、オレはこの海水浴場に最後に訪れたのは小学生の頃だ。久しぶりに見るこの景色に、オレは素直に綺麗だと思った。


「ここ綺麗だよねえ。電車降りたらすぐだし」


 楓は帽子を押さえつつ言った。オレはそれに頷きつつ、潮風に当たった。薄手のカットソーが揺れ、七分丈のズボンが風を通した。

 本日は晴天である。


 由佳や紬に急かされ改札を出れば、海水浴客らしき人たちがちらほらと歩いていた。流石夏休みシーズンだけあって、それなりに海水浴目当ての人はいるらしい。


「んー、今日はまだ空いてる方かな?」


 紬は背伸びをして砂浜の方を見やった。遠目に見える砂浜は、確かに人だらけでごみごみしているわけでもなさそうだ。

 これ幸いと、オレたちは道を急いだ。


「――んじゃあ、女子は着替えてくるから、場所取りよろしく!」


「んー、行ってこーい」


 先ほど楓が勝山を押し切って、男子を場所取り係に指名していた。よって、彼らはテントやクーラーボックスを提げて砂浜へと歩いていった。西出はまたすぐに会うのに、その逞しい腕を振っていた。その目線は皐月に向いていると思われる。皐月は控えめに手を上げた。


「――それにしても、皐月って西出君と仲良いんだな」


 紬がそう聞けば、皐月はこくりと頷いた。

 先ほどから、皐月は西出に話しかけられてちょくちょく会話していたのだ。普段はそこまで話さない二人が仲良く話すのを見て、オレたちは面食らっていた。


「……まあ、小学校のとき、仲良かったから」


「えぇ〜、そんなの聞いたこと無かったよ。隠してたの?」


 桐野さんがそう言えば、皐月はぷるぷる首を振った。


「言う機会が無かっただけ」


「それもそっかぁ」


 そんな他愛ない話をしていれば、オレたちは女性向けの更衣室に着いた。

 学校の教室ほどの建物に入ると、オレは震える手で水着を引き出した。


「志龍さん、それかわいいね。自分で買ったの?」


 後藤さんが堅実な作りの水着を取り出しながら言った。


「うん。ちょっと見返したくてね。……まあ、着るには勇気がいるんだけども」


 オレは青山のことを思い返した。

 似合ってるって言われたいし、オレが女子だって意識させたい。多分、結構いい感じだし。


「……よし」


 オレはいよいよ水着に着替え始めた。

 少し照れるが、この露出は必要経費だ。青山に「オレは女子だぞ好きになれかし」とまじないをかける旗印だ。


 恋愛は攻城戦だ。しかし、戦をするなら自分が敵だと認識されねば始まらない。なので、勇気を出して青山を誘おう。この戦衣装と共に。

 ずいぶん細くなった腰にパレオを巻き付ければ、オレの準備は完了した。


「志龍さん、似合ってるけど、そのひらひら邪魔じゃない?」


 胸元を隠す水着を纏った後藤さんは言った。オレは少しパレオをいじった。


「……あんま足出したくないんだよ」


「へえ、胸は出すのに」


「これは必要経費というか、なんていうか……」


 そう言えば、後藤さんはにいと笑った。どうやらオレをからかっているらしい彼女は、そのままオレの手を引いた。


「話は聞いてるよ~。青山君とこ、行こっか」


「分かった、分かったから、引っ張るなって」


 少し急かされつつも、オレはみんなと合流した。安く済むからと、紬がいち早く大きなコインロッカーを占拠していた。そこにオレも荷物を詰め込み、青山達に合流するべく外へ出た。昼前ということもあってか、人は少なからずいる。空いていると言っても、決して少ないわけじゃない。


「……うぉう……」


 大人数の中で水着を晒すというのは緊張した。みんなが明るく話しながら歩くそばで、オレは脇をしめて慎重に歩を進めた。


「……空、胸強調されてる」


「うへっ?まじ?」


 皐月が小声で忠告してきた。下を見れば、確かに胸元のぜい肉が浮かび気味になっている。オレは思わず背を丸めた。


「こういう時は、堂々と歩く。変に力を入れたら、やらしい」


 確かに皐月は背筋を伸ばしたきれいな姿勢で歩いている。普段の地味目な彼女からはうかがい知れないキレのある態度に、オレは大いに感心した。


「皐月って、けっこう堂々としてんのな」


 皐月は眼鏡を眉間に上げて口角を上げた。いわゆるクイッとするやつである。


「伊達に16年女の子やってないよ。……青山君の前なら、あれでもいいかもだけど」


「……変なこと言うなって……」


 彼女が色仕掛けを示唆したので、オレはたまらず赤面した。

 サンダル越しに砂の熱を感じていると、海岸からほど離れた場所で青山達が着替え終わった姿でたむろしているのが見えた。男は野外で着替えたらしい。ミゼリースケベも厭わぬ行為にオレは少し呆れ心地となった。


「おー……眼福だ」


「なーに言ってんの。他のみんなにはセクハラだかんね」


 開口一番で勝山が冷やかした。奴の目線はほぼ楓に注がれているが、他の三人――特に谷口――は、ちらほらとオレ達の方を確認しているようだ。青山は素知らぬ顔でテントの張り具合を調整している。

 しかし二次元にしか興味ないと豪語していた谷口といえど、目の前で水着女子が現れれば凝視するらしい。本人は当たり障りなく「暑いからさっさと泳ごうぜ」とか言っているが、横目でたまに目線を頂戴する。

 オレとてその対象なことに、少しの気色悪さとちょっとした安堵を感じた。ちゃんと女の子なんだよな、と思った。


「まー、最初だし適当に過ごしとこうよ。とりあえずご飯くらいまで慣らしで。ってわけで圭吾、付き合って?」


「おっ、デートか。腕組んだら考えちゃる」


「……じゃあ出しんさい」


「ん」


 そんな会話を繰り広げつつ二人は退場した。残されたオレ達は、おそらく全員あいつらを鋭く見守っていたことだろう。徐々に熱を上げていったというバカップルは、率先して好きなように過ごしだした。

 谷口はいつの間にやら足が沈み込むほど地を踏みしめ、プルプルと震えていた。青山はビーチパラソルを深々と砂に突き刺し、西出はビーチボールを膨らませている。


「ま、そういうわけなら私は海行こっかな~。紬も行こうよ、後藤さんも桐野さんも」


 由佳は伸びをしながら言った。紬も「おうっ」とそれに応じる。後藤さんや桐野さんもテントのナップサックに貴重品を入れつつ頷いていた。皐月は既にパラソルの下で砂をこねている。


「谷口君も行く?海行きたがってたじゃん」


「へっ、俺?……いいのですか」


 女子に免疫のない谷口は何故か敬語でそう言った。由佳は何の気負いもなくうなずく。


「うん。別々はおかしいでしょ」


「そ、そっか。じゃあお言葉に甘えて」


 谷口も女子たちの一団に加わった。平々凡々な奴が両手どころか全身に女子を侍らせているのは少し慣れない絵面であった。


「谷口、ナンパ除けをせいぜいこなすんだな」


「うっせえ志龍。てか、お前は来ないのかよ?」


「あ?……あー、うん、いや、後で行くかもだけど」


 当たり前の質問をする谷口に、オレは答えに窮した。反射的に青山の方を見れば、谷口は「あぁ」と合点がいったようだった。


「なんというか……がんばだ」


「うっせぇ……あんがとよ」


 なぜ青山はこんな中黙想をしていられるのだろうか。心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉もあるが、まさか海水浴場で繰り広げるとは見上げたやつだ。

 オレはなぜこんな変わった奴に惚れているのか分からない。わからないが。


「……オレを見ろよ」


 これははっきり言えることだ。

 由佳や谷口を見送った後、テントの外れにて正座をする青山の前に立つ。オレはあいつに聞こえないような声量でこう言った。

 西出もテントに残って荷物番をしているらしい。皐月とぽつぽつ話していた。昔馴染みということで、一人にはさせてもおけないみたいだ。


「……なあ、青山」


「――……なんだ?」


 なんだとはどういうことだろうか。むしろこっちのセリフであるのだが。


「海水浴に来てまで、そんな汗流して正座する?」


「……確かにそうだな」


 青山はそう言って立ち上がった。黒の地味な水着だったが、オレは眼前に生で迫った筋肉に気圧されかけた。

 オレ達はおそらく、ここにきてお互いの水着姿を初めて凝視した。上から注ぐ目線はどの辺りを見ているのか想像できない。オレは太陽のせいか何のせいか、顔が熱を持つのを感じた。


「――い、一緒に、海、行こうぜ?」


 言葉を発しなくなった青山を誘った。表情をうかがうために顔を覗き込めば、青山はすぐさま「いいぞ」と言った。


「よ、よーし、行くかー!」


「あぁ。そういや他の連中はもう行ったんだな」


「お前……どんだけ前から黙想してたんだよ。もーみんなどっか行ってるっつの」


 この青山という男はのんびりとしすぎではないだろうか。オレは先導して歩いた。


「……みんなどこか分からないし、入るのは二人でもいい?」


「……あぁ、構わないぞ」


 海岸を目前にしたときに聞いた。いつの間にか隣に並んで歩いていた青山は頷いた。

 ふと、オレは気になっていたことを聞けずじまいでいることに思い至った。彼の顔を少し見やれば、「入らないのか?」とでも聞くように首をかしげている。なかなかどうして可愛らしい。

 オレは照れで顔を背けながらも聞いた。


「――なぁ、オレのこれ……水着、どう?」


「どう……か」


 似合ってる?なんてことは声に出せず、オレは当たり障りのない聞き方をした。青山は今一度オレのこの姿を見たらしい。

 きっと、体格差的にほぼ胸元は隠せていなければ、当然布も頼りないので普段見せていない部分までも見られている。そこまで想像し、オレは考えなければよかったと後悔した。これからしばらく一緒なのに、妙な意識を持つなんて拷問だ。頭を振って変な意識を飛ばした。


「――似合ってるぞ」


「――そっか」


 青山は素っ気なくもそう言った。

 オレはどこか心を弾ませた。浮かれからか先に波に足をさらす。


「うひぃ、久々だときもちーもんだな。青山も入ろうぜ」


「……おう」


 サンダルを手に持ち、直の感触を楽しむ。青山も遅れて足をつけ、オレ達はしばらく波の感触を楽しんだ。

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