志龍空は考える
最近作者ですら「ええい!はっきりしろい!!」と思っていたことに決着がつきました。
書いてて「うそ……」って思ってましたね。
由佳の家にたどり着いたオレ達は、事前に由佳の家に搬入しておいたカバンに水着を押し込み、少し早いがひとっ風呂浴びることになった。
もう一度言おう。風呂に入るのだ。オレはこれでもかというほどに緊張した。
「あれ、空どした……あー、もしかして?」
「……もしかしてだよ」
一緒にはいろーぜーなんて言いながらオレを連行した由佳に、脱衣所で緊張を見抜かれた。
「ふふ、友達とお風呂入るくらいで動じちゃまだまだだぜ。てか空だって女の子なんだし、いちいち意識しなくても良くない?」
「……でもさあ」
いくら考えても、やっぱり男だったときの名残は消えないのだ。最近自分でも感覚がフワついていてよく分からない。可愛いと言われて喜んだりだとか、女の子って割り切っちゃえと言われても、こうして緊張していたりする。オレは本当の意味で女の子になりたいんだろうか。
……青山を好きには、なったけどさ。
「良いから脱いでさ、ちょっとハダカの付き合いと行こうよ」
「うあっ!ちょ、由佳!?」
オレは後ろから由佳に服をはぎ取られ、あっという間に上の服を全て無くしてしまった。ここまでくれば、もう今更着なおせない。オレは大人しく服を脱いだ。
「よっしゃー、そいじゃ、洗いっこしよっか!」
「へぇ!?」
由佳はぐいぐいオレの背を押し、さっさと扉を閉めてしまった。二、三畳ほどしかない空間に、由佳と裸で二人きりになる。夏生とかの家族とそうなるのとでは、丸きり意味合いが違っていた。
「ほーら、そんなに肩に力入れないでってば。ちょっと洗うだけなんだからさ。ほら座ってよ、まず私が洗ったげるから」
「う、うん」
由佳はといえば、動じる様子もなくオレを椅子に座らせると、シャワーを片手にオレの髪を梳き始めた。
「空は髪短めだけどサラサラだね~。伸ばさないの?」
「あ、え……うん、どうだろうなあ」
髪は女の命。そんな言葉すらあるのだし、伸ばした方が良いのだろうか。……そういえば、まだヘアゴム買ってないな。そんなことが思い返された。
「伸ばしても可愛いと思うな。青山君も見直すかもよ?」
「……そうかな。うん、そうかも」
自分が髪を伸ばした姿を想像する。今くらいの短めも良いけど、長髪もそんなに悪くないかもしれない。
「美容院とか、前髪カットなんてあるくらいだしね。伸ばすなら伸ばしてもいいかもね~」
由佳はいつの間にかオレの髪でシャンプーを泡立てていた。頭皮をくすぐる細い指が気持ちよくて、オレは思わず目を細めた。
「おやおやお客さん、寝ちゃったら困りますよ」
「寝ないって。……ねえ、オレが髪とか伸ばしても変じゃないか?」
オレはついそんなことを聞いた。大丈夫だって分かってるのに、どこか遠慮がちな部分がそう聞かせた。
「もー。何回も言わせないでよ。かわいいから良いって言ってるでしょー」
どこかからかうような口調で由佳は言った。声色に合わせて指を立ててくる。それもまた心地よいのであるが。
オレが返事するより早く、由佳はオレの頭にシャワーを降らせた。丁寧に洗われた髪は、心なしかいつもより出来がよさそうだ。
「んじゃ、私の髪も洗ってよ」
「……うん。分かった」
由佳に洗われるうちに、いつの間にやら緊張は溶け去っていた。オレは由佳を椅子に座らせ、いつもの要領で髪を洗っていく。
「ねえ、空はさ~……私たちに女の子女の子って言われて、辛くない?」
「え?」
由佳はポツリとそうこぼした。オレはたまらず聞き返す。
「空が今まで来たのってさ、私たちが分かりやすい分かりやすいって言ってただけでもあるって思うんだよね。そりゃ、柊先輩の件で空が自覚したってのもあるけどさ」
「……そうなのかな」
「私は……たまーに思ってるよ。私らが女の子だって言ったから、もしかしたら空は変わっちゃったのかもって」
「……そう、なのかなあ」
確かに、色々意識したのは周りのみんなが言ってきたからかもしれない。体育祭の時だって、多分あんなに意識してなかったら、あんなにショックは受けなかったかもしれない。
青山とは、親しい友達のままだったかもしれない。
「……空は、本当に女の子になりたい?男の子の自分じゃなくなって、空はいいの?」
「……オレは」
どうなんだろう。確かに、女の子らしくしなくたって生きていける。オレは男だったことを無かったことにはできないし、したくもないのだし。オレは体は女の子、なら、心はどうなんだろう。――男なのか、女なのか。
いつの間にか髪を洗い終わっていた。由佳が「交代、次体ね」と言っているのを聞きながら、オレはずっと考えた。
『正直、理屈で考えても分からないな――自分のしたいようにするのが一番だろ』
何の話だったか、青山がそう言ったのを覚えている。
オレは今どうしたい?
オレは、正直可愛いと言われたら嬉しい。自分が褒められてるってことだから。オレは女の子だって言われて悪い気なんてしていない。だってこの体はオレのものなんだから。オレの性別は女の子で、気にしないなんて言ったけど、いつの間にか、鏡に映る女の子の自分を受け入れていた。
あの時はまだ、こんな気持ちになるなんて思ってもいなかったから。
「……オレ、別に言われて無理矢理女の子らしくなんて、してないよ」
「空……」
「してないよ。オレ、自分で自分のこと、ちゃんと女の子だって思ったよ。青山とだって、きっと、女の子として一緒にいたよ」
オレは、あの青山と一緒にいたい。変わらず接してくれたあいつのそばで、できれば、何の気負いもないような風に。
……柊先輩みたいなことになんてならないように。オレはきっと嫌なんだ。どうしようもなく、彼が深い想いを他所に向けるのが。だからあの時、寂しくて泣いた。ちょっと体が涙もろすぎると思うけど、それだけ気持ちが強いのかもしれない。
オレは、あのきちんとオレ自身に向き合ってくれた青山に、今の心の中を知って欲しい。きっと、あいつが一番オレのことをちゃんと見てくれるから。
オレは、女の子として一緒にいたいんだ。オレはオレのことを、男だなんて思っていない。そりゃ、元男かもしれないけれど、オレだって分からず屋じゃない。しっかり体は女の子ってわかってるし、こんな気持ちになるなんて、きっと、心が体に追いついたってことなんだろうから。
オレは、女の子だ。ちゃんと自分の気持ちを好きな男の子に知って欲しい、一人の女の子としてオレは今生きている。元男だからなんだというんだ。そりゃこんな時は緊張するさ。でも、オレが女の子っていうことは揺るがない。
オレは、青山に恋したんだから。漫画みたいな劇的な恋じゃないけれど、オレはこの恋で変われたのだから。
「オレ、女の子になりたいよ?みんなの言葉を言い訳にして、女の子っぽくなってるのを否定したくない。オレ、もう女の子だから。だから気にしないでよ。みんなのおかげで、オレは変われたんだから」
だから、オレはもう石山医師に見せられた、顔中傷だらけの女の子にはならない。……妊婦になるかは想像がまだできないけど、もっと深い感情――久遠さんが言ってたみたいな――を、これからもっと知ってみたい。
それがきっと、前に進むことなのだ。
「――うんっ、ごめんね空、変なこと言っちゃって」
「謝んなって。由佳のおかげで、勇気出たんだから」
オレ達はにんまりと笑いあう。オレはすこぶるホッとした。今まで逃げていた結論を、この親友と一緒に出せたのだ。
「「――っっくしゅん!」」
胸がじわ~っと温まるような余韻に浸っていると、二人同時にくしゃみが出た。
そういえば、二人とも濡れたままにずっと話し込んでいた。いくら夏でも、冷えるものは冷える。
「――急いで洗おう!」
「がってん!」
いつになく雑に体を洗えば、紬や楓が「おそーーーい!」と風呂場に乱入してきた。皐月は後でソロで入る。安全保障の観点から満場一致で決定された。彼女に持ち票は無い。
由佳と湯船に浸かりながら、楓や紬と談笑する。そんな一幕も「元男」なんて気にせず楽しめている自分がいて、オレは嬉しくてますます笑顔が深くなった。
お泊り会は続くよ深夜まで……。




