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男子やめました  作者: 是々非々
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楓作「オレ浸透作戦」

 夏休み初日、オレは軽装で駅前に来ていた。理由は簡単だ、みんなで遊ぶのである。


「――あ、志龍さん!早いねえ、そして今日は暑いねえ」


 駅前には既に見覚えのある面々が何人か集まっていた。今のんびり話しかけてきたのは、皐月と同じ文芸部の矢田(やだ)さんだ。おかっぱ頭の素朴な子である。他にも何人かのクラスの女子が手を振ってきたので、それに応えた。

 今日はクラスの女子で遊ぶのだ。奇跡的ともいうべき、クラスの女子全員が仲の良いこのクラスでは、全員で遊びに行くことも可能であるらしい。


「遅れると悪いから早めに出たんだけど、結局早めに着いちゃったな。まだ二十分くらいあるし」


 スマホを見れば、今は十時四十分を過ぎたところだ。集合が十一時なので、かなり早い到着になる。


「まあ座って待っとこうよ。ところでさ、志龍さんはカラオケとかよく行くの?」


 矢田さんとその友達に囲まれて座れば、すぐさまそんな話になった。今日遊びに行くというのはカラオケだ。


「んー……。あ、そう言えば変わってから初めてくるかも」


 最後に行ったのは、ゴールデンウィークに勝山や照井らと行ったのが最後な気がする。女子になってからは、歌うと言ってもせいぜい風呂で口ずさむくらいだ。


「そうなんだ。声も変わってるし、歌う曲あるのかなとか思っちゃって。前は何歌ってたの?」


「んー。そうだなあ――」


 そんな具合に、穏やかな待ち時間を過ごす。いつからか、みんなこういう風に話しかけてくれることが多くなった。オレのこの姿に慣れた、大変だろうが頑張ってと、矢田さんらに言われたことは忘れない。オレは非常に人に恵まれている気がする。


 のんびり今日のことについて話していると、だんだんみんな集まってきた。最後に由佳が「寝坊したーー!!」と言いながら走ってきて、今日のメンツは全員集合した。

 ぞろぞろと女子が大挙してカラオケに押し掛けるというのは見慣れない光景だ。オレは初めて通されたパーティールームに少しドキドキしながらも、今日の女子だけのクラス会の首謀者楓の言葉を待った。一応の司会役である。


「えー。今日は空以外には言ってあった通り、空の歓迎会です!女子になっちゃったけどこれからもよろしくね~~!」


「はいぃ!?」


 みんなが拍手喝采と共に「イェーイ!」なんて声を合わせるものだから、オレはすっかり動転した。楓は続ける。


「いやあ、みんな最初は歓迎してなかったけどさ、何か月かしたら慣れるもんなんだよね。入学してすぐだったし。でもなんか空もみんなも距離感が微妙だったので、ハッキリさせとこうってね」


「な、なるほど」


 確かにいつの間にか普通に話せる人も増えていたが。そういえば桐野さんとかには遠慮していたなあと思いつつ彼女を見れば、彼女はにこにこと手を振ってきた。

 なるほど確かにもうみんな慣れたようである。日頃あまり絡みのない子たちも来ている辺り、本当に大丈夫なのだろう。オレは気が休まったような気がした。


「んじゃまあワンドリンク制だしなんか頼んでってよ。適当につまめるの頼んどくからさ」


 楓が注文用のタブレットをみんなに回していく。こんな具合に、オレの歓迎会なるものは始まった。


 ーーー


「――何入れよう」


 コーラを飲みながらオレは歌うものに困っていた。まだ三週目であるのだが、困った問題が起きていたのである。

 ――声が違うから、歌う感覚が合わない。


「なんかさっきのは音程困ってたよねえ」


 隣に座る矢田さんと皐月が表示されている曲を見て首をかしげていた。これもボーカルが低い声の男の人で、声が出なかったのだ。


「空、女の人が歌ってるアニソンとか、知らないの?」


 ふと皐月がそう言った。オレは今期追っているアニメの主題歌を思い返した。男の時は「出るかこんなもん!」と嘆いていたのだが、案外今なら出るかもしれない。

 オレはその曲を入れた。


「あ、それ今流行ってるやつだよねえ」


 矢田さんが言った。


「うん。追ってるんだけど、前はこれ出なかったんだよ」


「今なら出せるかもねえ」


「……ちなみにこれ、いい感じ?私追ってない」


 皐月が言った。


「面白いから今からでも見て」


 これは一押しである。紬がどこから出しているか分からない野太い声で「Youはshock!」と叫んでいるのを聞きながら、オレはこの曲の音程を思い出していた。


 皐月が日曜朝から放映されている子供向けアニメの曲を歌い切れば、オレの番が来た。さっきから音程を外しまくっていたので、みんな「がんばれー」と気軽に言葉をくれる。

 曲名を見て、何人かはピンと来たらしい。「あれ見てるんだ」とか声を上げた。


「――”声が――」


 驚くほど自然に声が出る。特に意識もしていないのに、見事に採点機能が表示する音程バーにぴったりの声が出た。さっきまでとは全然違う。スピーカーから流れる女子の声は、弾んでいるがオレの声だ。

 歌うという行為はいろんな声が出る。女の人が歌うために作られたこの曲は、それこそ出したこともないような声が出た。


「――なんか照れるなぁ」


 割といい点数が出て嬉しいが、オレにもあんな声が出るものなのかとむずむずとした。「うまいじゃん」とか周りにおだてられて、照れる思いだ。

 しかしまあ、前は歌えなかった曲が歌えるようになっていて満足である。本気を出せばアイドルの裏声のような声も出せるかもしれない。まあみんな出していないが。


「志龍さんうまいねえ。私もがんばるかぁ」


 矢田さんは「よいしょ」と掛け声を上げて立ち上がった。佃煮のような親しみを覚える子である。

 そんな佃煮の矢田さんは、新気鋭の萌え声アイドルの新曲をダンスも完コピの上で歌い切った。女子の間では有名な話らしいが、彼女の得意技は萌え声であり、趣味は女性アイドルの追っかけなのだという。

 オレは今日で一番びっくりした。


 何曲かローテしていくと、喉が疲れてきたので小休止を挟むこととなった。みんな継ぎ足したジュースでのどを潤し、注文したポテトやら揚げ物やらで小腹を満たす。「お昼食べない感じなんだ」と聞けば、「まあ小腹なら足りるし、晩御飯食べるしいいでしょ」と由佳に言われた。どうやらそういうものらしい。

 みんな口々にアーティストの話に没頭していたのだが、誰かが男子で誰がどのアーティストに似ているか、という話題を持ち出し、話は見事にそちらに流れた。


「――いや、谷口君はレスタのギターだって。髪伸ばしたら絶対あんな感じ。ぼさっとした感じの」


 書道部の船橋(ふなばし)さんがそう言えば、みんなそれに同意した。谷口というのは同じ帰宅部の男子で、オレとは男時代からの友達だ。二次元に嫁を作り現実から逃避する男である。レスタというのは最近流行りのロックバンドで、テクノミュージック寄りなのが人気を博しているグループのことだ。アンチからはレタスと呼ばれている。


「レスタなら、ボーカルは青山君だね。目つき悪いのとか似てる」


 船橋さんとよくつるんでいる坂田(さかた)さんが言った。確かに、思えば目は似ている気がする。


「う~ん、確かに目元は似てるよなあ」


 オレがそう言うと、坂田さんは「でしょ!?」と食いついてきた。


「まあ雰囲気は似てないけどな」


 あいつはもっと呑気な男である。三股騒ぎでニュースになったバンドマンとはかけ離れた男だ。

 坂田さんはきょとんとした。


「そーお?結構怖い雰囲気だし、近いと思ったんだけどな~」


「もうちょい呑気だな、あいつは」


「へええ、やっぱ好きな相手となるとよく見てんね」


「――へっ」


 そういう話になるの?

 周りを見れば、ニヤけ面がずらりとお面のように並んでいる。


「みんな志龍さんがときめいてるの見てるけど~、志龍さんは素直になってるのかな~?」


 船橋さんは畳みかける。坂田さんと船橋さんは、クラスの中でも制服を着崩したりよく遅刻してきたりする、ちょっとやんちゃな女子たちだ。女子高生にしては化粧が厚めだったりする、一昔前で言うところのギャル寄りの子たちである。

 オレはそんな二人のからかいに本気で動揺した。


「い、いやぁ~どうだろーなあ?わかんないけど、つ、次の曲入れない?」


 こんなみんなの前で変なことを口走ってなるものか。オレは話を流そうと手を彷徨わせた。

 予約用のタブレットは既に楓が奪取していた。逃げ切られない予感が鼻を衝く。


「まだ休んどこうよ。フリータイムだし。ところでどうなのさ、噂じゃ好きなのは認めてるらしいじゃん?」


「いい加減私らにもときめきを分けてほしいな~。青山は誰も狙ってないから応援するし」


 全員の満場一致によるニヤけ面が深みを増す。生暖かい目線に炙られ、オレは顔から火が出そうだった。


「ぃや……それは認めるけどさ……よく引かないな」


 周りから「おぉ~」と感心したような声が湧き上がる。みんなの前で認めてしまって、オレはなんだか女子としての階段を駆け上がっているような気がしてならない。


「ふはっ、引かないって!むしろハッキリできる口実になるし良かったじゃん、青山君に惚れてさ」


 坂田さんはポテトをかじりながら言った。


「ハッキリとね……まあそうかもだけど」


「どっちでもないとか私はいい感じしなかったけどね~。結局人間本能には敵わないよね」


 船橋さんはそう言った。


「本能?」


「ほら、やっぱ男と女って一番違うの身体だし。いい加減女子っぽくしてくれた方がこっちも気を使わなくていーの。素直になりなよ、志龍ちゃんっ?」


 いたずらな船橋さんは、口紅に彩られた唇をにんまりと引き伸ばした。

 この日のこの時、オレは女子たちに正式に受け入れたたのである。オレは「元男子として意識して気を遣うくらいなら、いっそ女子として割り切ってくれた方がさっぱりする」という彼女らの説教を何度も聞き、迷いながらもラブソングを熱唱した。

 割り切るんだから、いい加減オレの心臓には早鐘を打たないで欲しい。気を使って避けてきた女子らしさが出てくる気分に落ち着かず、オレは勝手な照れから心臓を高鳴らせたままに一日を過ごした。


「ええい!男ならビシッと決めろい!!」


 これは帰宅後もうずうずしていた自分を叱咤するために出た雄叫びである。

 自分が女だとはわかっているが、志龍空という男の属性は、よく志龍空という女の子を支えてくれる。

よく恋をするのに周りが突っかかってきたりする流れがありますが、自分の周りだとこういう流れにしそうな女子が多いなあという思いからこうなりました。

あとは、クラスの女子を少しでも出しておきたかったのです。

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