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男子やめました  作者: 是々非々
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戦いの果てに

青山君との日常パートが地の文に隠れすぎてたから書きました。ごめんな。

 先生の「そこまで」という声と、チャイム音によって空気が緩む。教室中の誰もが薄い笑みを浮かべ、友達連中で顔を見合わせた。

 学生生活における最大悪、定期試験が終了したのである。いちいち誰も叫ばないが、叫んでもいいくらいオレは浮かれていた。結果はどうあれ、もう小難しいあれこれを覚えなくても良くなったのだ。明日からは短縮授業期間に入るし、もう夏休みまで秒読みだ。今日なんて、昼に帰れるのに何も勉強しなくていいのだ。オレは自分の頬がふやけているのに気が付いていた。


「おい志龍、お前すげえバカみたいな顔してんぞ」


「うるせえ勝山。お前こそ間抜けな顔してるからな」


 お互いニヤけ面を浮かべて軽口を叩きあう。テストが終わったという意識がオレ達の口の滑りを良くしていた。


「あ”ー疲れたなあ、でももうすぐ休みだな」


「そーだな。やっと怠けられる」


 オレも勝山も筆記用具を片しながら言った。


「そういや今年はもう、一日クーラー縛り百連勝チャレンジはできないんだな」


「あれはもう熱中症になったから永久凍結じゃなかったか」


 格闘ゲームのオンライン対戦で百連勝しなければ冷房に当たれないという挑戦だ。以前言った通り、オレと勝山はその試みで病院送りとなっている。ちなみに34連勝が最高記録だ。

 勝山は否定するように手を振った。


「違う違う。志龍はもう女子だし、んなことしたら楓に殺されそうな気がしてよ。それにお前、自分で『最近この体が脆すぎておしとやかになってる気がする』とか言ってたろーが」


「あぁ……そういうことね」


 そうか、いくら楓と仲がいいとはいえ、汗まみれになって一晩同じ部屋で過ごすとか、あらぬ誤解を受けかねないのか。なんだか悪友を失った気もして、オレは寂しい気持ちとなる。あの格闘ゲームをやりこんでいる女子にはあったことが無い。まあ、こんなバカみたいな挑戦に乗る人もいなさそうだが。


「女になりたてん時は精神不安定っぽかったから誘わなかったけどよ、またどっかで遊ぼうぜ。今んところ海は決まってたっけな」


 勝山はスマホのカレンダーアプリをスクロールしながら言った。赤い印の打たれた日は、事前に決めていた海に行く日である。オレはその日の準備のことを思い出して項垂れた。


「うぅ……海な、海なぁ」


「んだよ。女子だけで行って目の保養でもするつもりだったか?」


 勝山はそう嘯いた。


「バーカ、女子の体見て目の保養になるなら毎日潤いまくりだわ。そうじゃなくてさ、水着着ないとだからさ、ちょっとな」


 いくら女子として生きるだとか言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。試しに部屋で下着だけの姿になってみたのだが、これは決して外ではできないやつだと確信を深めた。……だからといって、もう水着を着ないという選択肢は残っていないのだが。


「んだよ、そんなことか。志龍もすっかり女子だよなあ。肌見せんの照れるって」


「……まあ、そうなるのかな。照れるけどさ、いい加減そのあたりの折り合いはついてるしよ」


 軽はずみに青山に聞いたことのある「人を好きになったら男女がはっきりするか」の答えは多分イエスだ。みんなの言葉がそれを裏付ける。


「ん。ま、頑張って愛しの青山君に一張羅見せてやれよ。お前もチョロいよなあ、毎日話して惚れたっつうんだから」


「うるせえ!オレだって自覚あるんだよ!」


 マジに他愛ない話してたら好きになったとか信じられないのだ。理屈っぽい頭はそれを許容しない。

 オレは好きなのかどうか確かめるべく、同じような口実で何度も何度も訪れた青山の席に向かった。


「……どうした?」


 意識がどこにあるかも分からない青山の言葉を受け、オレはあいつの顔を覗き込んだ。

 オレから見ても整った顔だ。万人受けしなさそうな冷たい顔立ちだが、ボーっとして気迫に欠けるので怖くない。いつもみたく話してくるが、声色は穏やかでゆっくりだ。オレはホッとする感覚を感じ取り、「やっぱ安心とかそういうのだよなあ」と思う。いや、好きではあるが。

 体育祭の夜の感覚は一人ぼっちになったとか、そういう寂しさの方が強かった。恋というものは炎に例えられる。オレのはまだ、きっと少し勢いの付いたマッチ棒くらいのものだ。もしかすると、好きにはもっと上があるのかもしれない。


「……おい、本当にどうした」


「いや、何でもない。それよりさ、青山は人の好意に段階があると思うか?」


 そう聞くと、青山はすぐさま「あるんじゃないか?」と言った。


「青山もか~。ちなみにどんな感じ?」


「どういう感じ……かは分からないが、いなくなってどれくらい嫌と思うかとかじゃないか?」


 いなくなってどれだけか……。それならものすごく嫌なのだが。案外オレは燃えているんだろうか。独占欲があれば恋なのだったか。


「う~ん」


 オレが考え込んでいると、青山は「……まぁ」と話を続けた。


「正直理屈で考えても分からないな。良いやつだと思って、自分のしたいようにするのが一番だろ。本気になれるかって、そう言ったのはお前だろう。どうなんだ、お前は本気の相手がいるのか」


 青山は微笑ましいものを見るように言った。その目には複雑な感情が浮いているようにも見える。これは女の勘だ。


「……まあ、いるな」


 少なくともお前にはもっと本気になってみたいと本気で思ってるよ。元男とか、気にしないでくれるのはもっと先だろうけど。……おや、そうなれば水着を見せてやるのも手なのかもしれないな。オレは少し躊躇いが消えた気がした。

 青山は少し口角を釣り上げて頷いた。


「あぁ、なら頑張れよ。俺は応援しよう」


 そのお前に惚れてるっぽいんだがなあ。やっぱりオレのことは恋愛対象じゃないんだろうか。前途多難である。


「――おう」


 なので、このいつもの返事に落ち着くのはしょうがない。後で由佳たちに「なにあの甘酸っぱくてほろ苦い会話は」と言われたが、元男の恋なんてああいうものだと言ってやった。


 さて、そんなこんなでオレは早めの下校をしていた。横には見上げるほど大きな背丈の青山がいる。

 なぜかと言えば、偶然である。由佳たちはどうやら部活の大会や発表会がどうとかで忙しいそうなのだが、今日は休みだという青山と都合があったのだ。


「そういや腹減るなあ」


 オレは小さく鳴った腹を抑えた。


「……なんか食うか」


 青山も同じらしい。オレ達は手ごろなファミレスを求めて彷徨った。


「あ”っづーー……」


 しかし、暑い。いくら団扇で仰いだり、タオルで額を拭っても汗が流れてくる。夏休みを控えたこの頃の気温は高い。きっと青山も暑いだろうと思い、オレ経由だが風が流れるようにしてやった。制汗剤をつけているのできっと臭くはない。


「別に気を使わなくていいぞ」


 青山はそう言った。だが暑いのかほんのり顔が赤い。汗も出ているので、気を使っているのかとも思う。しかし、オレには確認しなければならないことが増えた。


「気にしなくてもいいんだけどさ……え、もしかして……臭い?」


 男であろうと女であろうと忌避すべき事態だ。流石に汗臭いやつと思われるのは嫌というものである。

 そう言うと、青山は首を振った。


「いや、臭くはないが……」


「あ、それなら良かった。まあ気にせず仰がれとけよ。もしかしたらドリンクバーくらいは奢ってもらうかもしれないけど」


 そういうと、青山は「疲れる前に、さっさと店に入るか」と、少し先にあるファミレスの看板を見ながら言った。「そんなやわじゃないぜ」と言えば、「そういうわけでもない」と、よく分からないがはぐらかされた。制汗剤に女子らしさを感じ取っていたのなら幸いである。


 平日ということもあってか、オレ達は待ち時間もなく席に通された。全国チェーンのこのファミレスは、もはや足しげく通いすぎて馴染みのメニューから注文を考える。

 青山も同じようなものらしく、オレはハンバーグランチ、青山はバラエティランチ大盛りなるおぞましい量のものを注文していた。


「――そういえば、勝山の奴から話があったんだが」


 注文を待つ間、青山の方から話し出した。オレは水を飲みつつ聞く。


「海に行くんだが、志龍もいるんだったな」


「そーだな。元々女子だけで行くつもりだったんだけど、()()()()()()()に勝山を連れ出したら良いってことになって、青山にも話が行ったみたい」


 本当はオレのことを陥れるために皐月が提案したのだが。しかも勝山は添え物扱いなのだが。

 青山は「なるほどな」と苦笑いを浮かべていた。


「なんだか大所帯になってきてるみたいだが、志龍は泳ぐのか?」


「え?まあ、そのつもりだけど」


 お前に見せて反応を見てやりたいといういたずら心も芽生えてるしな。なにやら青山は一瞬目をそらしたが、元男が女物を着るのに抵抗がないのかとでも思ったのだろうか。


「――そうか。行く日が楽しみだな」


「えっ!?あ、そうだな、うん。楽しみだ」


 青山はたまに見せる、自分の中で謎の結論を出す行為に手を染めたようだ。急に出てきた楽しみだという言葉に、オレは少しびっくりした。

 オレの水着を楽しみにしているみたいじゃないか。「楽しみだな」が同意を求める口調じゃなかったら顔を赤くしているところだ。もっと口数を増やせ。


 そうこうしていると注文の品が来た。鉄板がじゅうじゅうと油をはねさせているが、冷房の効いた店内ではその熱を楽しむ余裕すらあった。青山のハンバーグやら鶏肉やらソーセージやらが満載された鉄板に胸やけを覚えつつ、オレはハンバーグに手を付けた。


「水着と言えばさあ、オレ、こんど買いに行かなくちゃなんだよな」


 これは由佳たちと行くことで決まっているのだが。ハンバーグを咀嚼してそう言うと、青山は「それもそうか」と返してきた。


「参っちゃうよなあ。あんまり派手なのは照れるしさ」


「……そうか」


 青山は鶏肉にフォークを突き刺しながら言った。そのまま一息に塊を口に突っ込む。いつもより大口だ。


「ま、リオのカーニバルみたいなのは買わないけどな」


 あんなもの着れたものか。局部以外も厳重に隠したいものである。オレはいつもの気分で頼んだハンバーグも多いなと感じつつ、大人しめのものにしようと決意を固くした。暑くて食欲がないのかもしれない。


「……そんなもん売ってるのか」


「あるにはあるらしいぜ。……なんだ?着ていってやろうか?」


「ブフッ!!?」


「ぎゃーーー!!」


 オレがからかうつもりでそう言うと、青山は見事にからかわれて口の鶏肉を吹いていた。とっさに下を向いて最悪の事態は逃れたが、だいぶ気まずくなった。


「……すまない」


「……いや、いいよ。オレもごめんな。からかっちゃって。オレのハンバーグ、食欲なくてもう食えそうにも無いから食べていいよ」


「……そういえば進んでなかったな。……もらう」


「おう……」


 案外オレのこと見てんなこいつ。

 その後、ハンバーグも貰ったからと言って青山は支払いを引き受けてくれ、申し訳ないなあと思いつつ帰った。しかし呑気な帰宅の後、あいつが鶏肉を吹いたのはオレ(ビキニver)を想像したからではないかという疑いが生まれ、オレはベッドの上で悶絶した。

 あいつのことからかえてるし、意外とオレも順応したな~とか思っていた自分が腹立たしい。順応して自爆したようなものである。水着は絶対堅実なものを買おう。


 ちなみにこういう帰宅風景が、オレと青山の日常である。最近距離が近い。

割り込み投稿で日常パートを差し込んでいってもいいでしょうかね……。需要あれば感想で頂けると幸いです。

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[一言] 日常パート読みたいです。
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