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男子やめました  作者: 是々非々
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青山仁の清算 前半

青山君がうじうじしながら目を覚ます話。

 俺の名は青山仁という。最近になって柊琴という女性の告白を、あろうことか受けてしまったうつけ者だ。

 なぜ告白を受けてしまったのか。これは俺がなんとも肝の座っていない意気地無しが故に起こった出来事なので、話すことに抵抗はあるが語ることとする。


 そもそもあの人がやって来たのは4月の末だった。段々と高校生活にも慣れ始め、中学からのグループから別のグループと話し始めるやつが出始める、そんな頃だ。

 俺はいつもの通り、練習前に黙想を行っていたのだが、どうにも廊下側が騒がしい。それでも無視して座っていたら、慌てたような手つきで先輩が俺の肩を揺すってきた。思わず目を向ける。


「……どうしたんですか」


「あ、青山っ、柊が呼んでるぞ」


「柊?」


 そんな人、剣道部にいただろうか?そんな疑問と共に、言われるがままに廊下に出ると、そこには一人の女の人がいた。

 とても綺麗な人だった。少しカールしつつも一切纏まりを失っていない長髪に、くっきりとした二重に長いまつ毛が印象的、流れるように通った鼻筋と薄く色付く唇は、彼女の美しさを引き締めていた。平均的な身長だが、ひどく華奢なことが伺い見れる。こんな人が俺に何の用だと、思わずその場で首を傾げた。


「あなたが青山仁君ね?」


「はあ、まあ」


 自ら名乗らずして何を言うつもりか。俺のことを高みから物色するような視線に居づらさを感じた。


「……うん、やっぱり良い……。今日一日、部活を見学するから、よろしくね」


「……はあ、ご自由に」


 何が良いと言うのか。見ず知らずの人物に値踏みされたことに内心立腹しつつ、俺は剣道場へと戻った。

 柊というらしい彼女もまた、剣道場へと入ってくる。「おじゃましまーす」なんて言って、顧問に何やら話している。顧問も問題ないとばかりににこやかに応対すると、彼女に椅子を勧めていた。


 まあ、そんなことは関係の無いことだ。俺はいつもの通りに竹刀を手に取った。


 その日の周りはなぜだか鬼気迫る雰囲気があった。俺はそれがよくわからず、打ち合いの終わった先輩に何があったのかと尋ねた。先輩は「あの柊が見てるんだ、ちょっといいとこ見せたいじゃないか」と照れながらも言っていた。

 あの柊か……確かに見た目は良いかもしれないが、どうにも第一印象が悪い。俺は周りほど入れ込めず、なんなら普段よりも淡々と練習を終えた。

 練習後、道着から着替える時間も与えられずに廊下に呼び出された。


「今日部活してるの見て、青山君はやっぱりカッコいいと思ったわ。ずっとクールに立ち回って、凛々しくて。一目見た時から気になってたんだけど、私と付き合ってくれない?」


「お断りします」


「……え?」


 何やら色々と言われたが、未だに俺はこの人から名乗られてもいない。態度を見ても、年下と分かっているとはいえ慇懃無礼な様子を隠そうともしない。

 後ろでざわめきが聞こえたが、俺はこの人のことをどうにも苦手にしか思えなかった。

 柊という先輩は目に見えて狼狽えていた。


「……え、どうして?」


 己が振られるとも思っていなかったのか、彼女は俺が振った理由を尋ねた。


「どうしてもです。では、失礼しました、先輩」


 一礼の後、俺は彼女に背を向けて着替えに向かった。部活のみんなからは「もったいねえ!」とお叱りを受けたが、あれがもったいないと思えるなら相当な面食いである。


 しかし、なぜかあの態度が彼女を燃え上がらせたらしい。彼女は俺が一人のところを見計らっては、美辞麗句と共に告白を敢行していた。その度断るのだが、彼女が諦める様子は無かった。


「私のことを絶対振り向かせてやるんだから!」


 と意気込み、めげてはいない様子だった。

 やり取り自体はほんの数十秒で終わるので、俺は構わず放っておいた。それに、女性に面と向かって「苦手だ」と言い放つのは気が引けた。姉には昔から優しくあれと、鉄拳と共に教え込まれているので、どうにも強く断れなかった。

 最近女になるという珍妙な事態に陥った友達に相談すべきかも迷ったが、彼女は自分のことで目いっぱいだろうとやめておいた。


 そしてある日、俺はもっと「あなたが苦手だ」と言い渡すべきだったと後悔した。

 体育祭の借り物競争にて、彼女がスタートラインに立った時は他人事のように眺めていた。しかし、借り物として俺を連れ歩く彼女のお題を聞き、俺は仕組まれたんじゃないかというほどに動揺した。


『私と付き合ってください』


 完全に不始末が招いた事態だと己に呆れた。あろうことか、彼女は全校生徒の前で告白をしてきたのだ。

 俺は振ることも考えたが、この場の雰囲気がそれを厭わせた。


 たいそう人気のあるらしいこの人が、体育祭にて俺に告白した。その事実が雰囲気を熱狂させ、俺に答えをせがんでいる。「喜んで」という答えを。

 仮に俺が断れば、ここまで周りを巻き込んでまで告白した彼女は、どれだけ惨めな思いをするだろうか。周りはどれだけ落胆するだろう。

 なにも彼女だけが悪いのではない。俺がはっきりと「苦手」と断らず、そのうち諦めるだろうと静観したのも悪いのだ。


「……はぁ、分かりました」


 言ってしまった。周りの空気は爆発的に熱を増し、男たちの雄叫びが聞こえる。彼女は嬉しそうに笑い、俺の腕に絡みついた。

 対して俺は、大きな後悔と、自己嫌悪に陥っていた。なぜこんなにも気に病むのか。

 それについて深く考える前に、先輩に腕を引かれ話しかけられ忘れてしまった。


 そんな後悔は、体育祭が終わった後に再びせり上がった。

 昇降口に着くと、そこには志龍がいた。なにか悩んでいる様子だったので、事情を聞けば靴を持って帰る袋が欲しいという。俺も持って帰ろうと持って来ていたので、それを渡した。汚れた俺の靴は、また明日持って帰れば良い。

 律儀に二度も礼を言ってきた志龍は、本当に良いやつだと思う。


 いつものように和んでいると、どこからとなく柊さんがやって来た。交際関係にあるのだから、一緒に帰ろうという話になった。

 待っていろと言われたので大人しくしていると、志龍が俺のこの関係をからかってきた。しかし、彼女の目は笑っていなかった。俺が勝手に気に病んでいるから誤解をしたのかもしれないが、「このままで良いのかよ?」と訴えられた気がした。


 良くは、ない。告白を受けただけで、まだ時間もそう経っていないのに、これだけははっきりと分かっている。

 しかし、一度受け入れておいて、すぐさま態度を変えるのはどうなんだ?しかし苦手と思いながらも付き合い続けるのも不誠実ではないか?いや、不誠実というなら初めから不誠実だ。


 俺は気づけば志龍にこのことを話すと約束していた。帰った後になんて情けなくて、彼女に甘えた考えなんだと思ったが、俺は自分のした事に対する正直な反応が知りたかった。

 すっかり錯乱した俺は、藁にもすがる思いで志龍にすがりついたのである。


 ーーー


 そして一週間後、俺はやっと志龍と話の出来る時間を見つけ、彼女と二人になることができた。

 柊さんといるのは、俺のいい加減な態度が悪いとはいえ居心地が悪かった。俺は、決して彼女が求めるような男性像にはなり切れないのだ。存外柊さんも悪い人ではないのか、「そのうち慣れてくれたらいい」と言うが、俺にはそれは無理そうだった。


 俺は少しずつ志龍に話をする準備をする。


「……志龍、俺に悩みがあると言ったら聞いてくれるか」


「もちろん聞く。オレにできることならさせてくれ」


「――今から言うことを聞いて、幻滅するなら罵ってくれても構わない」


「……はい?どういうことだよ、話が見えないぞ」


 自分でも歯に衣着せた物言いとはわかっている。だが、これが後ろめたいことなのは分かっているので、俺はどうにもためらってしまった。が、ようやく「……俺は、柊さんが……苦手なんだ」と打ち明けることができた。

 志龍は少し表情を鋭いものに変えつつも、俺の話を聞いてくれた。

 しかし、俺が「可哀そう」と言った瞬間、ゾッとするほど冷たい表情を浮かべて俺に詰め寄った。


「お前は本気になれるのか」


 その彼女の言葉だけで、俺は目が覚めたと思った。今まで俺がどれだけ身勝手な考えだけで悩んでいたのかと痛感した。姉がどうだの、誠実さがどうだの、御託を並べる前に自分の気持ちに本気になるべきだと思った。それこそ礼儀であり優しさだ。だからこそ、柊さんも本気なのだ。

 この友達は、本当にかけがえのない友達になれるかもしれない。


 思わず「ありがとう」と言っていた。すると志龍はきょとんとした表情を浮かべ、首を小さくかしげながら「……どういうありがとう?」と呟いた。俺はその仕草に、今の俺にそんな資格はないと分かっていながらも心臓をはねさせてしまった。

 かねてより、不覚にも心臓をかき乱すような彼女は、何とも厄介な友達だ。

 彼女は彼でもあり、きっと女性が好きなのだから、俺が相手にされるはずがないのだ。本気になれと言われたものの、本気になれない相手にほのかな想いを抱いていると、決して悟られてはならない。俺はすぐさま黙想した。

一時間後に次の投稿します。

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